嘘に共感し、嘘に怒り、嘘に感動する。
ニュースやSNSを見ていると、
客観的な「事実」よりも、
感情に訴える「嘘」が人々を動かす
「ポスト真実」という考え方が、
より広がってきているように思います。
そもそも、なぜ人は嘘をつき、
嘘にだまされてしまうのでしょうか? 
許される嘘と許されない嘘のちがいは、
どこにあるというのでしょうか? 
世界中のセレブを魅了するマジシャンとして、
「嘘をつくこと」「人をだますこと」に
人生をかけてきた前田知洋さんに、
嘘とマジックにまつわるお話を、
たっぷりと教えていただきました。
担当は「ほぼ日」の稲崎です。

脱出王と
トゥー・パーフェクト・セオリー

──
前田さんが書かれた
人を動かす秘密のことば』という本のなかに、
脱出王のハリー・フーディーニの
話がありました。
前田
ああ、はい。下着姿のまま、
手錠をかけられたフーディーニが、
独房からかんたんに
脱出するという話ですね。
──
そして、そのフーディーニが、
どうやって脱出したかというと、
妻と最後のキスをするときに‥‥。
前田
妻と最後のキスをするときに、
「口移し」で手錠の合カギをわたした。
──
はい。
あの話を読んで
ちょっと不思議に思ったのが、
それだけ厳重なチェックを
していたにもかかわらず、
なぜキスの瞬間だけは、
だれも注意しなかったんだろうって。
前田
ああ、なるほど(笑)。
じつは、あの話には、
ちょっとつづきがあるんです。
──
つづき?
前田
フーディーニという人は、
脱獄トリックの天才なのですが、
だれにもタネをあかすことなく
死んでしまったので、
どういうトリックだったかは、
本当はだれも知らないんです。
──
あ、そうなんですか?
前田
じゃあ、なんで
その「口移しトリック」が
バレたかというと、
マジックの世界には
「トゥー・パーフェクト・セオリー」
というのがあるんです。
──
トゥー・パーフェクト・セオリー?
前田
トゥー・パーフェクトというのは
「完璧すぎる」という意味で、
トゥー・マッチと同じネガティブな
表現になります。
──
はい。
前田
フーディーニの脱出マジックは、
身体をすみずみまでチェックされ、
手錠をいくつもかけられ、
下着姿のままで独房に入れられます。
もう、だれがどう考えても、
そこから脱出するなんて不可能なんです。
つまり、状況としては
「トゥー・パーフェクト」なんです。
──
完璧すぎると‥‥。
前田
そんな状況にも関わらず、
いともかんたんに脱出したとなると、
もうトリックとして考えられるのは、
「妻と別れのキスをしたときに、
合カギを口移しした」
くらいなんです。

どこをどんなに検証しても、
怪しいところがない。
だから、スキがあるとしたら、
そのキスの瞬間しかありえない。
ということで。
タネがバレてしまったわけです。
──
へぇーー!
前田
もちろん本人がこの世にいないので、
真実はわかりません。
でも、多くの専門家が研究したところ、
もうそれしか考えられない、
という結論にいたっています。

だから「トゥー・パーフェクト」なマジックは、
「タネがバレやすくなる」という意味で、
マジックの世界では、
あまり良くないものとされています。
──
そうだったんですね。
ぼくがその話を読んだとき、
厳重にチェックするべき状況なのに、
「別れのキスをさせた」という事実が、
ちょっとおかしかったんです。
前田
人間らしいですよね。
──
人間らしいですし、
ちょっとマヌケだし(笑)。
前田
フーディーニがすごいのは、
脱出劇のプロットを
「妻と別れのキスをする」
というトリックの場面から、
逆算して考えたところだと思います。
──
あ、そっか。
はじめにキスシーンがあって‥‥。
前田
だって、脱出王のトリックとしては、
ものすごくダサいわけです。
キスで合カギを口移しするなんて、
もうテクニックもなにもない(笑)。

でも、彼がすごかったのは、
そのひとつの嘘を成立させるための
コストのかけ方と、
物語の組み立て方が、
とにかく完璧だったところです。
──
独房に入れられる直前に、
最愛の妻と別れのキスをする。

そこはチェックする側の
気がゆるむということを、
フーディーニは考えていたんでしょうか。
前田
いまから冷たく寒い独房に、
ひとりの男が入れられる。
その前に「あなた、がんばってね」と、
涙ながらに妻がキスをする。
その別れ際のシーンというのは、
みんなが「望んでる」ことなんです。

つまり、そのシーンはすごく
感動的でドラマティックなわけで、
それをみんなが見たくなるように、
仕向けていったのかもしれません。

真実はわかりませんが、
もしそこまで計算していたとしたら、
やっぱりフーディーニはすごいです。
でも、唯一の欠点は、
トリックが完璧すぎたこと(笑)。
──
はぁー、すごい‥‥。

前田さんが
マジックをされるときも、
「完璧すぎない」ということを、
意識されるのでしょうか。
前田
マジックの中身ではなく、
話し方や立ちふるまいに、
あえて「人間味」を
出すようにはしています。
そもそも昔は、
みんな「完璧な男」が好きだったんです。
映画やドラマの主人公は、
頭がよくて、ハンサムで、肉体美があって。

でも、あるときから「完璧な男」に、
人々が魅了されなくなってきたんです。
──
へぇー、そうなんですか。
前田
たとえば
『ロード・オブ・ザ・リング』の
ホビット族も、
そういうタイプですよね。
あの映画には、
すごい魔法使いもいれば、
弓矢が得意なのがいたり、
剣の達人がいたりします。
でも、主人公はなぜか
歩くのが得意なホビット(笑)。
──
たしかに、からだも小さいし。
前田
アメリカのヒーローも
そういう傾向があって、
主人公の過去に影があったり、
ふだんはさえない男だったりします。

ぼくはそれと同じことが
マジシャンにも当てはまると思っていて、
「不思議なエフェクト」と
「完璧な人間」との相性が、
あまり魅力的ではない気がしています。
──
つまり、
トゥー・パーフェクトになってしまう。
前田
そうなんです。
逆説的でもあるんですが、
「完璧すぎる」ものって、
その存在そのものが、
すでに嘘っぽくなってしまうんです。

(つづきます)
2018-01-10-WED