嘘に共感し、嘘に怒り、嘘に感動する。
ニュースやSNSを見ていると、
客観的な「事実」よりも、
感情に訴える「嘘」が人々を動かす
「ポスト真実」という考え方が、
より広がってきているように思います。
そもそも、なぜ人は嘘をつき、
嘘にだまされてしまうのでしょうか? 
許される嘘と許されない嘘のちがいは、
どこにあるというのでしょうか? 
世界中のセレブを魅了するマジシャンとして、
「嘘をつくこと」「人をだますこと」に
人生をかけてきた前田知洋さんに、
嘘とマジックにまつわるお話を、
たっぷりと教えていただきました。
担当は「ほぼ日」の稲崎です。

ぼくが「マジシャン」を続ける理由

──
前田さんは
ご自身のどういう素質が、
マジシャンに
向いていると思われますか?
前田
うーん、どうだろう‥‥。
正直、ぼくはマジシャンには
向いていないと思うんです。
──
えぇ、まさか!?
前田
マジシャンになって
30年になるんですが、
ぼくもはじめの5年目ぐらいまでは
「マジシャンに向いてるかも」
と思っていたんです。
──
はい。
前田
でも、10年目になるころには
「どうやらこの仕事に向いてないかも」
と思うようになって、
20年目になるころには、
「やっぱり向いてなかった」
と本気で思っていました。

でも、ぼくの場合は運が良くて、
自分が出演する場所があって、
お金を払って見てくれる人がいたから、
ここでまで続けられたというか‥‥。
──
はぁ‥‥。
前田
で、30年も続けていると、
またすこし気持ちも変化して、
「マジシャンには向いてないけど、
ここまできたらもうやるしかない」と、
ちょっとだけふっ切れる(笑)。
──
ふっ切れる(笑)。
でも、30年間ひとつのことを
続けられるわけですから、
それはそれで、
やっぱり才能のようなものが
あるような気も‥‥。
前田
まあ、そう信じるしかないですよね。
「30年続けられた」という事実を、
「向いていたから」と
ひと言でいうのはかんたんですが、
それって他人の経験則でしかないので。
──
しつこいようですが、
ほんとうにマジシャンに向いてないと
思われるんですか?
前田
向いてるかどうかでいったら、
すごく向いていないです。

本当は人前に出るのも、
人前で話すのも苦手です。
なによりぼくは、
嘘をつくのがヘタなので(笑)。
──
そうなんだ(笑)。
前田
でも、向いてないからこそ
「だったら、どうしたらいいんだろう」
ということはいつも考えてますね。
──
あ、なるほど。
前田
日本のスポーツ選手と同じで、
オリンピックや国際舞台で戦うときに、
欧米人とくらべて、
身体的なハンデはどうしてもありますよね。
それって日本人がスポーツに向いているか
どうかだけでいえば、
「向いていない」と思うんです。

でも、多くの日本人アスリートが
世界を相手に活躍しているのは、
「向いていない」からこそ、
たくさんの試行錯誤をするわけで、
その試行錯誤することが、
なにかを前に進めるような気がします。
──
試行錯誤ができるかどうか‥‥。
前田
何かを長く続けるためには、
そっちのほうが大切な気がします。
──
文章を書く人のなかにも、
書くことが好きという人と、
嫌いという人に分かれるんです。
で、嫌いっていう人は、
「こんな面倒なことはしたくない」
っていいながらも‥‥。
前田
おもしろいものを書く。
──
ほんとそうなんです。
イヤイヤ書いておもしろいわけだから、
本気で書いたら、
もうどうなるんだって。
前田
いまの話でちょっと思ったのは、
もしかしたら
動物が「出産」する理由と、
ちょっと似てるような気がします。
──
出産する理由?
前田
動物が出産するときって、
「向いてるから産む」
「向いていないから産まない」とか、
そういうことは考えないと思うんです。
まぁ、人間はいろいろと悩みますが‥‥。

ただ、動物の本能としては、
向き不向きは別にして、
それをやることに「価値」があると
DNAに刻まれているから、
子孫を残そうとするわけで。
──
ええ。
前田
つまり、人が何かに対して
「向いてる」「向いていない」と考えるのは、
個人の好みというか、
その人の気持ちの話だと思うんです。
──
はい。
前田
だから、ぼくがマジシャンに
「向いていない」と思っていても、
「前田さんのマジックが見たい!」
という人がいる限り、
ぼくはこれからもマジックを
やり続けるだろうし、
やるだけの価値があると思っているんです。

たとえ、嘘をつくのがヘタだとしてもね。

(終わります)
2018-01-11-THU