ほぼ日 |
うちのお父さんは、
明らかに友だちのお父さんと違うなって
思われるところって、ありますか? |

英 |
うちの両親は、格好が凄かった。
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みんな |
あああっ! |

英 |
僕が61年生まれなので、
60年代から70年前後が小学生だったかな?
父の髪の毛が腰まであって。
そして、破れたジーンズを履いていた。
母はいつも長~い服、古着を着て。
でも、僕と妹は、ふつうにハイソックスを履いて
半パン履いて、っていう格好をさせられてました。
参観日は両親とも来てくれたから、
そこで、「あ、ぜんぜん他の親と格好が違う」、
っていうのに気がついて。
で、僕の親友のお父さんとお母さんは、
ふつうにスーツ。
お母さんは今で言うシャネルスーツぽく。
そういう格好をしたお母さんに、
すごい憧れていました。
お父さんも、
きれいに髪を横分けにしてスーツを着てて。
そういうお父さんが良かったなーって思った。
とにかく嫌だったのが、その両親の格好でしたね。。
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賢作 |
カッコイイと思うけどなー。 |

英 |
今思えば、ね。 |

賢作 |
今思えば、なんだよなぁ。
子どもの頃って、意外と、
みんなと同じがいいみたいな
意識があったよね。 |

英 |
ほんとに。僕がピアノを買うっていうときも、
もう、僕、ほんっとにふつうだったから、
黒か、せいぜい茶色がいいって言い張ったけど、
現れたのが白いピアノでした。
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賢作 |
いいな、いいな(笑)。
なんか横尾さんに、ピアノに
ペイントして欲しかったな。 |

英 |
本人はたぶん、そういう感覚があって
白にしたんでしょうね。
ぼくは、父がそばにいるときは、
そばに寄らないで、しゃべりかけないでって、
拒否し続けていましたので、
そんなふうに思ってるかもしれない、ってことを
当時は気づきもしなかったんだけど。
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あんだ |
何が普通か、わかんなくなってきちゃう
っていうのもあるんですけど、
うちは、ちょっと違うっていうか、
恥ずかしいって思ったのが、
年をとるにつれて、
涙腺が弛んできているらしくて(笑)。 |

賢作 |
わかります。わたしもそうですから。 |

あんだ |
映画とかですごく泣くんですね。
『シンドラーのリスト』を
一緒に見に行ったときに、
映画館で、横ですーごい震えてて。
オエツとかしちゃって(笑)。
私は横で「この人、すごい泣いてる!」
って思って(笑)。
中学2年とかだったと思うんですけど。
どうしよ、どうしよ?とか思いながら。
『ジュラシックパーク』を見に行ったときなんて、
足下からバクッて恐竜が来るシーンがあったときに、
自分のところに恐竜が来たみたいに、
「ワァ~ッ!」って叫んでよけたりとかしてて。
さすがにちょっと恥ずかしくって。
「ここ、家?」みたいに思ったりとかして。 |
みんな |
わははははは!!! |

さとみ |
そういうときには
「もー、静かにして」って言うの? |

あんだ |
言えないですよ!
「今日は凄かったね・・・」って言います(笑)。
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るか |
父兄参観とかに来てくれたりしたんですか? |

あんだ |
はい。ニコニコして見てました。
でも、咳払いがうるさくて。
授業中とか、それがけっこう気になった。
他のお父さんとかは、咳払いとかしないんだけど、
耳につくっていうか、
自分のお父さんだからなのかも知れないけど。
やめて、やめて!って思ってました(笑)。
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さとみ |
うちの父は、昔から子どもを大人扱いする人で、
幼稚園の年長ぐらいで、
なんか『アラビアのロレンス』とか
『影武者』とか名作見せられて、
その感想文を書きなさい、
っていうのがあった。
A4のノートを渡さちゃって。 |

るか |
へえ! |

賢作 |
うちもうちも。
『東映まんがまつり』『東宝怪獣まつり』、
そういうの、ぜんぶ禁止でした。
で、夕刊持ってきて、
自分でいくつか映画欄から選んで
「この中から好きなの2つ、連れてってやる」
って言われました。
だから『2001年宇宙の旅』、8歳で見ました。 |

さとみ |
好きな映画を選べるのは、いいなあ! |

賢作 |
あの映画、前半40分くらい、感動しました。
あー、すげぇ、宇宙ってすげぇ、みたいな感じで。
でも、後半はぜんぜんわかんなかった(笑)。 |

さとみ |
あの当時にあの映画観たら、
びっくりしますよね。
今、ビデオで観るのとの違いって、
やっぱりすごいと思う。 |

賢作 |
そうだね。
子どもがわかんない映画、
早くから連れてっちゃうのは賛成だな。
あー、でもエッチ系はダメだったな(笑)。 |

るか |
もう、ほっといても行くでしょうって。 |

賢作 |
うちの他の父親と明らかに違ってたところは、
「あ、夜から働く人なんだな」
っていう認識がすごくあった。 |

英 |
ああ、そうですよね。 |

賢作 |
やっぱり、朝、働きに行く人が多いじゃないですか。
「うちはお父さん、朝寝てるんだよ」って言うのも、
けっこう恥ずかしかったんですよ、友だちに。
「なんで?」って聞かれて、
「いや、夜中に仕事するから」って。
よく考えたら、
子どもってお父さんのこと、
恥ずかしいんじゃないかな? |
みんな |
はっ! そうかも。 |

賢作 |
どうもそんな気がする。
ぼくも、娘の友だちが来て玄関先で喋ってるときに、
ガーンてドア開けてさ、
「おっ、帰ってたのか?」って声かけると、娘に
「ウ~ッ、行ってっ! 行ってっ!」みたいにされる。
もう俺は、この歳でそういうこと
やられちゃうの?って。
悲しーっ(笑)。
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さとみ |
確かに、
パンツ一丁でもなんでもなく、
服着て普通にしてるのに、
「お父さん」を友だちに見られてしまうことへの
恥ずかしさは、なーんかありましたねえ。 |

英 |
さっきの大人扱いのお話ですが、
うちの父も、僕がまだ小さいころ、
それこそもうほんとに、
歌舞伎から展覧会から何から、
小学校の低学年ぐらいから連れていってくれてました。
あと、そのころ父とつながりがあった
著名な方々のところに、
僕みたいな子どもを連れてってくれて。
今から思うと、小っちゃいときに、
いろんな家に連れていってもらったっていうのが、
ありがたかったなあって思います。
今の自分の価値観を形成してくれたって思います。
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ほぼ日 |
なかなかできない体験ですよね。 |

英 |
平野レミさんのお父様の威馬雄さんが、
「おばけの会」っていうのを作ってらして。
それが松戸にあったんですけど、
ウチの父は免許がなかったので、
僕を連れて、父がめったに乗らない電車に乗って、
松戸まで月に1回か半年に1回か、
その会に連れてってくれるんですよ。
本人からじかに教えられたっていうことは、
あまり覚えていないけど、
今思えばそういうところに行って、
そういった人たちに接する機会を
すごく与えてくれたことから
学んだことがたくさんあったと思います。
さっきも言ったけど、そういう経験によって、
今の自分が、多少なりとも
形成されているのかな?
って、やっぱ思います。
これ、ちょっと褒め言葉になるかな?
愚痴ばっか言ってたから(笑)。
そんな父は、良い父です!
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賢作 |
ほんと、そうですよ。 |

さとみ |
わたしも父が建築会社をやっていた頃に、
プレゼンシートのようなものを、
見せてくれてました。
この建物は、
これからこういうコンセプトで作りたいから
こういうイメージ写真をはってるんだよ、とか。
そういう話は、やっぱりなんとなく
今でも思い出すっていうか。
ああ、そういうふうに物は作られるんだな、
っていうことが、なんとなくでもわかったのは、
その後、色々と役立った気がしましたね。 |

るか |
そうやって小っちゃいころに経験したことって、
すっごい鮮明に思い出せるよね。 |

英 |
憶えてる。
たぶん、父も憶えていないような変なことを、
子どもの自分のほうが、憶えてたりなんかしますね。
その変なことが、けっこう今、
自分の価値観に結びついてるかも。
色々と連れていってもらっていた、
その家にある物とか食器とか、
壁の色とか掛かってるものとか家具とか、
そういう物をよく憶えてるかな。
そこで出されたものとか。
自分の好き嫌いっていうのは、
そういう子どものときの体験が、影響してますね。
父はそれがわかってて、そうしてたのかなあ。
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あんだ |
うちは腕立て伏せやりなさい、
って言われました。 |
みんな |
へ? |

あんだ |
で、手描きの腕立て伏せ日記を
書かされていました。
何月何日、何回、みたいな。
これ、ぜんぶ書き込みなさい、って。
全然しなかったんですけど(笑)。 |
みんな |
なんで、腕立て伏せ・・・。 |

さとみ |
他の運動じゃなくて、腕立て伏せ限定? |

あんだ |
はい、腕立て伏せです。
なんか、とにかくしたほうがいいよ、
みたいな感じで。 |

賢作 |
いやね、きっと映画観たんだよ、腕立て伏せの(笑)。
こっ、こっ、これだーっ!
って思ったんじゃないかなあ。
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<あさってに、つづきます!>
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