おさるアイコン ほぼ日の怪談2008
怪・その25
黒いシルエット


3年ほど前の夏、当時自転車通勤をしていた私は、
その日、いつもとは一本違う道で帰っていました。

といっても特に変わった道ではありません。
人通りがなかったので、
人がちょうどすれ違えるくらいの、
狭めの歩道を走っていました。
道路より一段高くなっている歩道です。

ふと前方を見ると、50メートルくらい先でしょうか、
道沿いに居酒屋のようなものが一軒ありました。

夜なので周りは暗いのですが、
そこはお店の灯で明るい状態でした。

そのお店の前に、人が立っているのが見えました。
私が進んでいく歩道の上です。

誰かを待っているのでしょうか。
こちら向きにビシッと仁王立ちをしています。

灯の関係なのか、シルエットしか見えません。

「このままだと通れないけど‥‥
 近づいていったら少し横にどいてくれるだろう」

そう思ってどんどんこいで行きました。

が、いくら近づいても
ピクリとも動く様子はないのです。

じっと見るのも失礼なので、
私はその人(女性のようです)のことを
視界のかたすみで見るような感じで見ていました。

黒いワンピース(?)から出た異様に細い黒い足、
ヒールのある黒い靴、長い黒い髪、
そして、マスクをしているようです。

お葬式とかあったのかなーなんて思いつつ
深く考えずに進みます。

が、まったく、どいてくれる気配はありません。

10メートル、5メートル‥‥

微動だにしないその女性。ふと、気づきました。

いつまでたってもシルエットのままなことに。

こちらを向いているのは分かります。
マスクが見えるからです。

でも、顔が、
表情が全く見えないのです。

居酒屋の灯は横にあるのであって、
その女性の後ろにある訳ではありません。

すれ違い際に、
もっとちゃんと顔を見てみようか迷いましたが‥‥

「だめだ」、と思い、ぶつかる直前、
ガタンっ、と衝撃など気にする余裕もなく、
私は車道に降り、そのまま進んでいきました。

ドキドキしながらも、それでもまだその時は、
きっと、気難しい人なんだ。そう思っていました。

‥‥その直後、ほんの少しだけ進んだところで、
歩道をスイスイ走って、
後ろから私を抜かしていった
サラリーマンを見るまでは。


怖くて、後ろを確認する事はできませんでした。

(g)
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2008-08-20-WED