おさるアイコン ほぼ日の怪談2008
怪・その40
坂の上の人


ふだん、幽霊や亡霊の「ようなもの」は
よく見るものの、まったく信じておらず
「錯覚だ」と思っている私が
ある日見た、忘れられない風景を記します。

夕暮れ時、一駅手前で地下鉄を降り
長い長い坂をのぼって
家に帰ろうとしていたところでした。

坂の上のほうに、人影が見えます。
微動だにしないので、遠目にも
「ちょっと変だな」と思いました。

坂の中ごろまできたところで
その人が帽子をかぶり、
ひざ丈のコートを着ているのがわかりました。

見上げた坂の左手の歩道に、
左向きに立っています。
胸くらいの高さの、
駐車場の柵にもたれるようにして
右手を柵のなかに伸ばしています。

やはり、微動だにしません。

わたしはさらに坂をのぼり、
彼(彼女?)に近づいていきます。
変質者だったらいやだな、と思いながらも
狭い歩道で、反対側にわたるにも
ガードレールが邪魔でわたれません。

しょうがなく、足早にその人の後ろを
通り過ぎることにしました。

ちら、とその人を見ると
なぜだか、その人は「まっくら」なのです。
とにかくブラックホールのように
なにも反射するものがなく、まっくらなのです。
コートも古びており、髪も洗っていないようで
束になっていました。
顔は帽子で影になっていたからかもしれませんが
表情や性別などもわかりません。


そして、その人がのばす右手の先を見ると
柵のむこうには、
ぼろぼろになったアヒルのぬいぐるみが、
落ちていました‥‥。


なんだかやばいぞ!
と脳が警鐘をならしたので
心臓をばくばく言わせながら
足早に家に帰ったのですが
今でも、あの「まっくら」な人が
またどこかに現れるのではないかと思い
夕暮れ時にあの坂を上るのが怖くなるのでした。

(S)
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2008-09-01-MON