おさるアイコン ほぼ日の怪談2010
怪・その44
「死亡事故現場」


私は地方都市で、
報道カメラマンの仕事をしています。


毎日様々なニュース現場へ出かけて行くのですが、
火事や事故の現場だと、時間に関係なく
電話一本で動かされるのが常です。

その日も、夜10時を過ぎてから
出動の要請がありました。

内容は交通死亡事故。
山間部を走る国道の、
長いトンネルの出口付近で、
対向車線に車がはみ出し、正面衝突の上、
運転手1名が死亡とのこと。

事故発生から2時間近く経過した今も、
現場付近は交通規制が敷かれたまま。
かなり大きな事故みたいだから、
出来るだけ急いで向かって欲しい。

電話の向こうからは、
記者の少し慌てた様子が伝わってきました。

ただ、現在もなお現場検証中で、
これ以上の事故の詳細は不明とのことでした。

私は取り急ぎカメラを準備し、服を着替え、
家族に出かける旨を伝えて家を飛び出し、
道のりで1時間ほど離れた現場へと、
車で向かいました。

時間が遅いとは言え、
報道カメラマンである私には造作もない仕事です。
この時も、いつもと同じに考えていました。


しかし、車を30分も走らせた頃でしょうか、
いつもとは明らかに違う経験を私はしました。

なぜか脳裏に突然、
それまで経験したことのない映像が
浮かんだのです。

前がグチャグチャに壊れた白い小型乗用車。
フロントがめくれ上がり、
ガラスも粉々に砕け散って、
血まみれのエアバッグが力なくしぼんでいます。
そして、辛うじて車種を判別できるリア部分に、
高齢運転者マーク。
さらには、車のナンバープレートの数字まで
ハッキリと‥‥。

私が記者から伝えられた情報には、
一切含まれていなかったものが、
映像として私の脳裏にハッキリと浮かびました。

そもそも第一報が伝えられる際に、
車種やそのナンバーが分かることなど
あり得ません。
警察がそこまでの情報を発表しないからです。
必ずしも報道する意味のある情報ではないので、
当然と言えば当然のことです。
にもかかわらず、
私の脳裏にはハッキリと事故現場周辺の映像や、
事故当事者の車のイメージが飛び込んできました。


不思議な体験ではあったのですが、
それでも私はまだ、
これまで取材した事故現場で見たものの残像が、
イメージとして甦ったのだろうとしか
思いませんでした。

ところが、現場について車を降り、
最初に目にした光景を前に、
私は立ち尽くしました。
さっき自分の頭の中で見たものと、
寸分違わぬ光景が目の前に広がっていたからです。
車の状態、色、車種、高齢運転者マーク、
そしてナンバープレートに至るまで、
完全にさっき見たものと同じでした。


現場にいた警察官に聞くと、
亡くなったのは80歳を超える高齢のドライバーで、
現場にはブレーキ痕がなかったそうです。

運転中に居眠りをしてしまったか、
あるいは急病で意識を失い、
そのまま対向車線にはみ出したかの
どちらかだろうと、警察官は教えてくれました。


私はぐしゃぐしゃに潰れた車に向かい、
手を合わせました。
人が亡くなった現場ではいつも
そうしているのですが、この時は特に
そうしなくてはならないような気になりました。


その後、何度も
死亡事故現場での撮影をしています。
しかし、この時のような経験は、
今のところこれっきりです。
特に霊感が強いわけでも、亡くなった方と
面識があったわけでもありません。

なのに、あの時だけあんなイメージが浮かび、
それが実際の現場の状態と全く同じだなんて、
未だに謎のままです。

(はなたろ)

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2010-09-06-MON