怪・その1
「吊り橋のたもとで」
それは大学時代の後輩たち3人が
遠くから遊びに来てくれた日の
初冬の夜のことでした。
働き始めたばかりの私は先輩風を吹かせて
ある有名なリゾート地のレストランへ
彼らを車に乗せて連れていきました。
食事後、土地勘があるところを見せたくて
私は車を幹線道路から地元の人しか知らない道へと
走らせました。
しかし夜のせいか道に迷い
車はどんどん山の中の細く街灯もない道に入り込み
みんなだんだん心細くなってきました。
おまけに、目前には吊り橋が現れ
怪談話に現れがちなそのシチュエーションに
後輩たち(もちろん私も)は
すっかりびびり始めました。
「これ、まずいんじゃないですか」
「やばいですよー」
しかし戻ろうにも道が細すぎて
Uターンもできません。
進むしかない。
「あ。」
何かを見つけた後輩が、安堵の声をあげました。
その吊り橋の手前左側に小さな空き地があり、
そこにパトカーが1台、
停まっているのが見えたからです。
中には人が乗っているようだったので
私はパトカーの横に車を止めて、
道を聞こうと思いました。
でもできませんでした。
私たちはスピードをゆるめ、
パトカーに近づき
その横を通り過ぎた後、
細く危険な山道を全速力で走り
何とか幹線道路に出た時まで
誰一人喋ることもできませんでした。
それでもまだスピードをゆるめることができず
「なにあれ」
「なに!?」
「なんなんだ、あれ!?」
口々にそれだけ言い続けながら
一目散に私の家に帰りました。
そのパトカーには
5人ぎっしりと警官が乗っていました。
彼らは全員、ヘルメットを被り、
棒のようなものを抱えて
私たちの車が近づいても微動だにせず
まっすぐ前を見ていました。
後から思えば
エンジンもかかっていなかったし
そうはいっても寒い冬の夜遅くなのに
車のガラスはまったくくもっていませんでした。
普通は寒いとき、そんな狭い空間の中なら
ひとの息で窓は
だんだんくもるものではないでしょうか。
窓ガラスをぴったりと閉めて
まっすぐ前を見続ける5人の警官たちは
何かとてつもなく怖くて
私たちはみんな心の底から
とにかく早く遠ざかりたくなったのでした。
(T)