怪・その27
「立ち並ぶロッカーのむこう」
ほどほどの規模の会社で
事務を務めているのですが、
めずらしく遅くまで残業になってしまった時のことでした。
私は着替えるために、女子更衣室へ向かいました。
更衣室のドアを開けたとたん、
部屋の奥の方から
ばんっという音がしました。
スチール製のロッカーの扉を閉めるような音です。
ずいぶんと遅い時間だったので、
女子社員はだれもいないだろうと思い、
私はノックもせずに更衣室のドアを開けたのです。
とっさに私は、
残っていた誰かが、
びっくりしてロッカーの扉をしめたんだと思いました。
ロッカーは入口に向かって垂直に並んでいるので、
奥に誰かいても、すぐにはわからないのです。
こんな遅い時間に、
着替えているところを驚かせてしまって、
悪いことしちゃったな、と思いました。
ちょっと声をかけておこうと思い、
音のした奥のロッカーへまわりこんでみました。
が、誰もいなかったのです。
ロッカーの入口から反対の端は
壁につけて設置してあるので、
反対側から回り込んだりできないはずです。
確かに音がしたし、なんとなく人の気配もしたのに。
なんだか狐につままれたような気持ちになりました。
また自分のロッカーに戻り、帰り支度を始め、
おかしいな、なんてぼんやり考えていました。
もしかして、幽霊?
ふと思い浮かんだとたんに、
だんだんこわくなり始めました。
誰もいないことを見ているはずなのに、
ロッカーの向こうに誰かいるとしか思えなくなってしまい、
冷や汗をかき、心臓がどきどきして
思うように手が動きません。
ようやく着替えて荷物をさらうように持ち、
更衣室を出ようとドアに手をかけた時、
もう一度後ろでばんっと音がしました。
悲鳴をがまんするのがやっとで、
振り返る勇気などありません。
逃げるように会社をでました。
他の女子社員にこのことを話していません。
冷静に考えたら、
誰かのロッカーの中で
何かが落ちただけかもしれませんし、
室内の気圧の関係で、そんな音がしただけかもしれません。
結局何だったのかわからずじまいで、
これが怪談なら拍子抜けのお話でしょう。
でもあの時は、誰もいないのに、
ロッカーの反対側に絶対に誰かいるとしか思えなかった。
それは単なる思いこみにすぎないのか、
それとも本当は、見えないだけで
そこには確かに何かがいるのか。
これ以降、残業しても早めに切り上げるようになりました。
この次は音だけじゃなかったら、怖いですから。
(ひとみ)