怪・その28
「冷気の入るドアから」
怪談かは解らないのですが、私が見たことです。
12月、師走の帰省のときです。
その年は、実家で年越しをするため
仕事納めが終わるとそのままその足で、
それほど混んではいない夜の電車に乗りました。
いつも帰省で乗る電車は、冬の間は寒いので、
車両のドアは乗客がボタンで開閉します。
12月ということもあり、車内は寒く、
駅に着いて乗客の乗り降りが終わると、
ドアはすぐに誰かが閉めていました。
途中の駅で、
『車両連結のためしばらく止まります』
とアナウンスがあり、電車は止まっていました。
しかし、その駅で乗り降りが終わったはずのドアは、
誰も閉めてはくれず、
しばらく開けっ放しになっていました。
開けっ放しのドアからは、冬の寒さに夜の冷気が混じり
とても冷たい風が車内に入り込んできました。
当然、車内にいる人は誰もが寒いと思ったのでしょうが、
誰もその時は閉めようと動きませんでした。
私はしかたなく、ドアを閉めようと読んでいた本を閉じ、
立ち上がろうとしてドアのところに目を向けました。
すると、ドアの外に男の人の姿が見えたので、
あぁ、乗るのか。
と思い、席を立つのをやめてまた本を読み始めました。
ドアは、その男の人が閉めるものと思い、
気にしないようにしていました。
しかし、電車に乗ってきたその男の人も、
寒い風が入ってくるドアを閉めてはくれませんでした。
どうして閉めてくれないんだろう?
そう思いながら男の人の方に目を向けました
男の人は、
はぁ、はぁ‥‥‥‥
と、肩が上下するほど粗い息をしながら
ドアのそばに立っていました。
男の人の服は、どこかの工場の作業着のような服で、
上は半袖でした。
この寒い中、半袖?
走ってきた?
不思議に思いましたが、
いつしかドアは閉まり、電車が動き出したので
私はまた本に目を落としました。
ふと、その男の人の立っている方が気になり、
本の上の方へ目線をずらしました。
男の人の足もとに水が垂れていたのです。
水がポタポタと、続けて落ちていました。
その水は、下を向いて立っている男の人の顔から
落ちていました。
雨にぬれた?
と思いましたが、外は静かで、雨は降っていません。
私は怖くなり、その人のことを見れなくなりました。
必死に気にしないように、本に目を落として、
次の駅で降りてほしい、と願いました。
しかし、男の人は次の駅もその次の駅も
乗り続けていました。
そばに立っていた学生らしい男の子の集団は、
男の人のことは気にならず、
しゃべりながら、電車の揺れで
何度か立っていた男の人にぶつかっていました。
男の人はぶつかられても下を向いたまま、
まだ肩を上下させて息をして立っていました。
水もまだポタポタと床に落ちていました。
どうして他の人は気にならないんだろう
私は怖いので、顔を上げずに目だけで車内を見ました。
何人かは私同様気にして、
チラチラとドアの男の人を見ていましたが、
車内にいたほとんどの人は気にしていませんでした。
もうすぐ次の駅が近づき、
車内にもアナウンスが流れました。
『次は○○〜○○〜』
車内の大半がその駅で降りるらしく、
降りる準備をした人がドアの所に集まってきました。
当然、ドアの側に立っている男の人は
邪魔になる訳ですから、
その場から離れるはずと思っていました。
でも、ドアに集まった人の中には
その男の人はいなくなっていました。
車内を見回しても、他の場所にも移っていませんでした。
降りるにしても、まだ電車は駅に着いていないのですから。
(カントウ)