怪・その38
「巻き込まれている」
10年程前、私はT県の大学に通っていました。
3年生の時、必修科目で関数電卓が必要になり、
ショッピングモールに買いに行ったのです。
「車がないと生きていけない」
と言われる土地でしたが、
私は運転免許を持っておらず、
それに運動好きでしたので、
そのモールに3時間程かけて歩いて行きました。
着いてすぐ電卓は買えましたが、
せっかくなのでモール内にあるペットショップや
古本屋などいろいろ見て回って
ご飯も食べました。
帰る頃には夕方を過ぎていました。
薄暗い道を歩いて帰る途中に川があるのですが、
そこでふと、自分しか歩いておらず
誰ともすれ違ってないことに気付きました。
その時はそのことに
何かを感じたりしなかったのですが、
さらに1時間歩いて運動公園に出た時、
ここまで来ても人に遭わないなんて変だな、
と感じ始めました。
当時その運動公園で
ほぼ毎日ランニングをしていて、
そのランニングをする時間帯が
ちょうどその日その時歩いていた頃で、
いつもは必ず、
懐中電灯を片手に散歩する地元の方々や
部活帰りに自転車を飛ばす学生達と
すれ違っていました。
私の知らない何か、お祭りでもやってて、
そっちに人が行ってるのかななんて思い、
歩き続けました。
やがて道が右に90度折れる所に至るのですが、
その辺りで恐怖を感じ始めました。
歩道は車道に沿っていて、
車がちらほら走っていました。
歩道には民家も接していて、
ちゃんと灯りが点いていました。
ですが、いつもならある
民家からの人の声が聞こえず、
夕餉を準備してる香りもありませんでした。
そうゆう理由だけでなく、
第六感というのでしょうか、
なにか変だと感じたのです。
車も走ってる。
灯りも点いてる。
なのに、人の気配がない。
人の生きてる気配がない、
というべきでしょうか。
違和感を感じました。
道はやがて大学に隣接し、十字路に出ます。
そこに至る道を前にして、
私は猛烈に嫌な予感がしました。
このままいけば、帰って来れなくなる、
と直感が告げたんです。
十字路に出れば
私の住んでた下宿はすぐだったのですが、
私は咄嗟に脇道に入りました。
この時には、なんか変だなという疑いは、
得体の知れないなにかに巻き込まれてる
という確信に変わってました。
脇道は池に沿っていて、街灯はまばらで、
普通なら夜に歩こうとは思わない所でしたが、
そんなこと考える余裕もないまま
焦りで足を早めて歩きました。
その道はやがて田んぼに出て、
そして大学生のためのアパート群が並ぶ
地所に着きます。
学生街に住んだことがある方は
わかるとおもいますが、
大学生がたくさん居るところは
夜でも彼ら彼女らが騒いでて賑やかです。
ですが、アパート群に入った時、
その賑やかさがまったくなく静かで、
灯りは点いてるのに人の気配がなくて、
私はパニックになりました。
「ヤバイよこれ」とひたすら呟いてました。
とにかく焦ってました。
アパート群をいったん抜けるような形で
線路があって、そこに至るころには
焦りはピークになってたと思います。
とにかくもう怖くて
知らずに目をつぶってたみたいで、
線路の前まで来た時、
急に電車の走る音がしました。
その途端、
周りを包んでいた嫌な感じがなくなったんです。
気配が一転した、といえば伝わるでしょうか。
顔を上げると電車が走っていて、
首を右手にまわすと、
女子大生らしい2人組が歩いてくるところでした。
思わず、
戻って来れた、
と感じました。
今までで一番怖くて、かつ、
理解できない私の体験です。
(朝顔)