怪・その56
「物音の距離」
会社の仕事のため、遠方のビジネスホテルに
部署内20人くらいで泊まりにいった日のことです。
わたしはホテルに着くなり疲れもあって、
これから酒を飲みに行くという同僚たちと別れて
一人先に部屋に入ることにしました。
個別で部屋をあてがわれていたのですが、
わたしの部屋はエレベーターすぐ横。
「もしかしたら夜中まで
人の出入りで物音がしそうだなぁ」
と残念に思っていました。
シャワーにも入り、
すぐに布団に入ると、
ものの数秒で眠りについた私。
ふと、気づくと
大きな何人もの靴音で目を覚ましました。
「あぁ、やっぱり壁が薄いなぁ。
この靴音は同僚たちかな?
しかし、すごく近くで聞こえる。
安いビジネスホテルは本当に困るよ」
なんて思いながら
そのまま眠りにつきました。
しばらくして、また物音がします。
エレベーターが上がって来た機械音、
そして続く人々の
ちょっとした話し声と足音。
どうやら、同僚たちのようです。
その物音にも気づいた私は、ショックでした。
明らかに先ほどの靴音に比べて
小さいんです。
彼らの足音や遠ざかって行く話し声。
降りて行くエレベーターの機械音。
ちゃんとドア一枚隔てたボリューム感。
比べて、一番最初に聞いた音はとても生々しく、
室内で、もしくは
耳の横を横切るように聞こえたこと。
どうやら、最初の物音は
私以外誰もいない室内で
なにかが歩き回っていた音だったのだな、
とわかりました。
あの時、目を開けて
辺りを見回さなくて
本当に良かったなぁと思いました。
なにかが見えても、
見えなくても私は震えたと思います。
(j)