怪・その73
「夜の百貨店」
友人から聞いた話です。
20年ほど前、
彼女が大手系列の百貨店の
ショップ店員をしていた頃のこと。
その店舗は実務の忙しさに反して人員が少なく、
友人はなんとか切り回そうと無理をし続けて
体調も崩しがちでした。
その日もバックヤードで残業をしていたところ、
周りはみんな帰って
彼女1人になってしまいました。
薄暗い事務所で黙々と作業をしていると
気持ちが落ち込み、両肩に疲労が
重たくのしかかってくるようだったそうです。
ようやく残務を終えて帰ろうとした時です。
椅子から身を起こした彼女は
目まいと立ちくらみを起こし、
そのままよろけてバタンと床に転倒してしまいました。
幸いに大きな怪我はなかったものの、
痛いやら情けないやら悲しいやら。
友人はすっかり色んなことに嫌気がさして、
誰も見ていないのを良いことに
そのまましばらく床でぼんやりしていました。
すると、
何故か目の前に小さな足が見えたそうです。
彼女はデパート店員ですから、
まず考えたことは(迷子だろうか?)でした。
しかし、考えてみれば
閉店後の百貨店です。
そしてフロアより奥の事務所です。
子供がどうやって
ここまで入ってこられたのだろう?
顔は角度的に見えませんでしたが、
小さな気配は男の子のように思えました。
子供はしゃがんで彼女を覗き込み、
ひとこと言いました。
「たのしい?」
何も言えず固まる彼女の側から、
それきり気配は消え失せたそうです。
慌てて起き上がって見回してみても、
ドアは閉まり、足音もせず、
事務所の中に子供なんて居ませんでした。
結局それがなんだったのかはわかりませんが、
彼女はその後すぐに百貨店を辞めたそうです。
(JM)