怪・その74
「丸い重み」
母の知り合いの家で
仔猫が母猫を虐めてしまうので
母猫を貰って欲しい、と言われ
飼い始めた猫のことです。
アメショ模様で顔が丸く
雌なのに「ぽん太」と名付けられ
成猫でしたが人懐こくて
我が家にもすぐに馴染みました。
ある時家の前を通った子供たちから
「マリーじゃ無いの?
マリー(おそらく前の名前かと)」
と呼ぼれた時、振り返り、
ちょっとそちらに行きかけたのを見て
思わず
「ぽん太おいでー!」
と呼ぶと、
トコトコと駆け寄って来たのを抱きすくめ
「お前はうちの子だからね、
行っちゃダメだよ」
と耳元に囁いたのを覚えています。
夜は私の部屋に来て
布団の足元に丸まり
時には脚を枕に寝ていたぽん太。
そうして3年程経った冬の日でした。
会社から帰ると
いつも出迎えてくれるぽん太が姿を見せません。
いつも寝ている座布団にも見当たりません。
「どうしたの? ぽん太は?」
畑から戻って来た父がひとこと。
「あいつ、裏に出て轢かれちまった」
ぽん太の亡骸は
私の帰る前に既に埋められていました。
仏壇で拝んでも
悲しい気持ちは晴れません。
「ぽん太〜ぽん太〜」
私がぽん太の墓の前に座り込んで
暗くなっても名前を泣きながら呼んでいると
「ごめんな、
お前が来るまで埋めなきゃよかったなぁ」
父もぽん太を可愛がっていたので
自分が責められているように感じたのでしょう。
その夜中、なかなか眠れずにいた私は
遠くから近づくペタペタという足音を聴きました。
そして右脚に小さな物が寄りかかる気配。
ぽん太です。
いつものようにねんねに来たのです。
ああ、来てくれた、ぽん太。
助けられなくてごめんね、
道が近い家でごめんね。
涙がまた溢れて来ているうちに
そのまま寝てしまいました。
その事を誰にも言えず仕事に行きましたが
悲しい気持ちが湧いてきて
結局早退してしまいました。
その次の夜も同じ頃にぽん太はやってきました。
丸くて軽い存在が確かにそこにある。
微かに上下しているような気配もする。
ありがとう、今日も来てくれたんだねぽん太。
ありがとうね、おやすみなさい。
3日目の夜もぽん太はやって来ました。
ペタペタという足音は
最初足元に来て止まり
布団をひと回りすると枕元で止まり
「にゃあ」と鳴いたような気が。
ハッとして起き上がると
もうそこには何の気配も有りませんでした。
今夜が最後だったんだね、
もう泣かないでねって言って帰って行ったんだ。
また毛皮を変えて帰っておいでね。
今の猫達を飼う前ですから
20年以上も経っているのですが
あの時の丸い重みを覚えているのです。
(T)