怪・その45

「気に入った芝居」

小劇場で芝居をやっていたころの話です。

カーテンコールが終わって幕が降り、
演出の私は、退場してくる役者ひとりひとりを
舞台袖でねぎらっていました。

ほとんどの役者が出ていき、あと数人、というとき。

あれ? と思いました。

今ハケてきた女神役の子‥‥、
最初に、わたしが見送りに立つ前に、
出ていったはずだけど?

舞台袖を出た役者は、
お客様の見送りのため、
ロビーへ直行します。

舞台袖を、
二度も通るはずがないのです。

「さっき、わたしの前を通った?」
と聞く私に、
彼女はキョトンとして首を振りました。

でも、確かに私はさっき、
彼女の肩をぽんとたたいて
「よかったよ」と言ったのです。

衣裳の感触も覚えているのです。
彼女はニコニコして通り過ぎたのです。

あとでみんなに話すと、
その劇場は「出る」のだと言われました。

しかも、気に入った芝居を選んで出る、と、
芝居関係者の間では言われているそうです。

怖いというより、
気に入ってもらえたのだと思って
嬉しくなりました。

そういえば、女神役の衣裳は、
古着屋で買った打掛けで、
その芝居でいちばん華やかでした。
着てみたかったのかな。

(w)

こわいね!
Fearbookのランキングを見る
2019-09-05-THU