「じりりりりりりり」
小学校2年のときのことです。
家の建て替えをするために
私と、父母と、祖母との4人で
すこし郊外のアパートを借りて
1年間だけ住んでいたときのことです。
夏でした。
深夜、電話のベルの音で目が覚めました。
当時の黒電話はベルの音がたいへん大きく
留守番機能もついていなければ
消音の機能などもありませんから
どんなにぐっすり眠っていても
ひとたび鳴れば、かならず起こされたものです。
なのに、そのベルの音に気づいたのは私だけでした。
最初、目覚まし時計が鳴っているのかと思いました。
でも目をあけても真っ暗です。
電話が鳴っている。
でも、なにかおかしい。
なぜその音がおかしいのかと気づいたとたん、
恐怖で身動きができなくなりました。
人の声なのです。
「じりりりりりりり
じりりりりりりり
じりりりりりりり
じりりりりりりり」
無機質だけれど、
正確に繰り返される電話のベルは
どう聞いても、昼間、友達からかかってくる
電話のベルの音とはちがいました。
人の声なのです。
それも、かなり大きく、
電話のある玄関のほうから、聞こえてきます。
「じりりりりりりり
じりりりりりりり
じりりりりりりり
じりりりりりりり」
「電話、おかあさん、おかあさん」
私はとなりに寝ている母を起こしましたが
母は、なにも聞こえない、
きっと寝ぼけているんだねと言いました。
私は、怖くて、泣きましたが
母は、また眠ってしまいました。
「じりりりりりりり
じりりりりりりり
じりりりりりりり
じりりりりりりり」
私は暑いけれどタオルケットをかぶり、
耳を押さえてうずくまりました。
そのうち、その音は聞こえなくなり、
いつものように朝が来ました。
「じりりりりりりり
じりりりりりりり
じりりりりりりり
じりりりりりりり」
あとにもさきにも、私の恐怖体験は
それ一度きりです。
誰かが死んだ時刻だったとか、
いやだけれどそういう納得のいく理由が
まったくないままに、このことは、
私の見た悪夢だったと言われて
片づけられました。 |
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