第3回 カツラという正装
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糸井 |
安部譲二さんから聞いた話だけど、
安部さんのところにカツラのセールスの人が来て、
50何万円を32万円にするというので買ったんだって。 |
呉 |
あの人そんなにイッてないでしょ? |
糸井 |
でも買ったのよ。
それで請求書見たら、64万円になってる。 |
呉 |
2倍じゃない。 |
糸井 |
それで「なんでだ」と聞いたら、
カツラは2つで1セットなんだって。
つまりメンテナスで……。 |
呉 |
ああ、メンテナンスに出してるとき、替わりがいる。
それは意外な盲点だ。 |
糸井 |
毛点と言うんですか。(笑) |
呉 |
こりゃ、カツラメーカーは儲かりますな。 |
糸井 |
それでセールスの人、守秘義務はどうなってんだか、
「あの人もこの人もつけてますよ。わからないでしょ」
って言いながら薦めるそうです。
そのとき出た名前、安部さん、僕には、
「ああ、言いたい、言いたい」
って言いながら、結局、教えてくれなかった。(笑) |
清水 |
セールスの人が名前、教えてくれるんですか?
私、カツラ買いたいんですって
電話しちゃおうかしら。(笑) |
糸井 |
なかには、明らかにカツラだとわかる
“パンチョ”な人もいますが。 |
呉 |
本人も知られているのを承知で、
なおかつカツラという場合もあるね。 |
糸井 |
ネクタイみたいなものかな。 |
呉 |
うん。カツラをつけることで、
正装してるって気持ちになるのかもしれない。 |
糸井 |
カツラって、つけ始めるタイミングが難しいよね。
ある日突然フサフサも不自然だし。 |
清水 |
テレビ見ながら観察してると、
芸能人の方は「キテるな」というときは
まだ放っておくんですよ。
そして頭頂の地平線が見えてきたあたりで、
カツラでこう生やすみたいです。
結局、髪は顔の“額縁"なんでしょうね。 |
糸井 |
ひと口にハゲといってもグラデーションはあるし、
他人が
「私から見て、あなたはもうキテます」
とは言えない。
だから、キテるキテないは自分で判断するしかないけど、
それで思い出したのは、
南伸坊がビニ本の撮影に行ったときのことを
何かに書いててね。
お風呂場でランジェリー姿の女の子を
シャワーで濡らしながら、カメラマンが
「いいね、いいね」
と言いながら撮るとき、
女の子が
「乳首、透けてない?」
とか聞いても、
カメラマンは
「透けてない、透けてない」
って言うんだって。
で、全部見えてても、
「見えてない、見えてない」
って言うと、本人はまったくオッケーなんです。
そのマジックは頭が薄い人も同じで、
「まだイッテない、イッテない」
と自分で思えれば、人の目にはどうであれ、
自分はオッケーなんですよ。 |
清水 |
ハゲの場合、自分で見る位置、角度は決まってますし……。 |
糸井 |
鏡を見ていて、その範囲で
オッケーという角度と瞬間を見つけてさえいれば、
その美が全体を覆う。 |
清水 |
ある芸能人の方ですけど、
昔はもっと眉の位置が目に近かった気がするんです。
で、だんだん生え際が後退するにしたがって、
眉の位置が上がってるような……。
私、あれ、絶対に自分の意志で眉上げてると思います。 |
糸井 |
眉の位置を上げれば、これはハゲじゃない、
額なんだって言える。 |
清水 |
日本は“スダレ天国”ですよね。
バーコードとも言いますが。
あれ、自分で鏡を見たとき、
おでこの斜面が黒々と感じられるから、
実際よりハゲてないと思うみたいです。 |
呉 |
俺の場合、隠す路線はまったく考えなかったなぁ。 |
糸井 |
自然派。 |
呉 |
自然に、かつ見苦しくないようにしたいとは思ってた。
それで今から10年くらい前までは、
ある程度まだ毛があったから普通に横分けしてたのね。
ところが薄くなってくると、それがスダレになるんだよ。
でも社会的な目としてはそう見てくれない。
実際、いかにも必死で隠してるって感じで、
耳のあたりから強引に横分けしてるような人もいるからさ。
それで俺はオールバックに変えたんだ。 |
糸井 |
でも、毎日、同じ横分けという髪形を続けているうちに
スダレに行き着いたんだとすれば、
あれはあれで自然なんだという言い方もできます。 |
呉 |
横分け派に言わせれば、
俺のほうが作為的だってことになるんだろうね。
だけど、いかにも隠してるっていうのは、
やっぱりイヤなのよ。
いっそ剃る方法もあるけど、防備がなくなる分だけ、
ぶつけたときに皮膚が切れやすい。
産毛程度でも、毛はあったほうが頭を守ってくれるからね。
それで今の形になった。 |
清水 |
関西テレビに
山本アナウンサーという面白い方がいらして、
ご自分が司会をしている番組の中で、
カツラをはじめてとったんです。
そのとき、私、ゲストで呼んでいただきまして。 |
呉 |
知ってる、知ってる。
カミングアウトだって、彼はオーバーなこと言ってたね。 |
清水 |
番組の冒頭で、
「実は私はみなさまを欺いておりました」と。
もともと彼がカツラにしたのは、
6時のニュースに抜擢されたとき、
そろそろ薄くなり始めてて、ニュースを読むのに
ハゲだったら視聴者に信用してもらえないと
考えたからなんだそうです。
そんなものかなぁ?と、私、思ったんですけど。 |
呉 |
いや、そうなんだよ。
世の中のやつはハゲの言うことを信用しないというのが
俺の昔からの持論でね。
俺と筑紫哲也が並んで、
同じテーマで同じことを話しても、
みんなぜったい筑紫哲也の言うことのほうを
聞くと思うね。
だからハゲは人生の不条理だって言うのよ。 |
糸井 |
モテるモテない以上の大問題だ。 |
呉 |
大問題ですよ、言論人にとっては。
大統領選でニクソンはケネディに
顔で負けたというのは有名な話だけど、
最後は色男のほうが競り勝つとかさ、
心理学の面からもビジュアルって大きい。 |
糸井 |
でも契約書にハンコ押すときなんか、
ハゲのほうがよさそうだけど。 |
呉 |
町内のまとめ役とか。
嫁姑の争いで、ハゲの大家さんが
「まあまあ、そこは」と出ていくみたいな(笑)。
異性として見ない場面では、ハゲもいいんだけどね。 |
糸井 |
僕は、もし自分がハゲたらどうするかって
考えることがあるの。 |
呉 |
あんたはハゲないよ。 |
糸井 |
でも心の問題として考えるのよ!
で、俺なら、「ヅラにします」と発表してから、
かぶるなと思った。
で、バンバン替える。
赤毛とか。
外してるところをどうしても見たい人がいれば、
「あなただけ特別に」って
サービスで外して見せてね(笑)。
そのときは和服を着るとか。
刺青なんか入れてもいいね。
そのくらい表現しちゃったほうが面白い。 |
清水 |
カツラをとってくれたとき、
「私だけには見せてくれたのね」
っていう喜びもあります。 |
呉 |
女の側としてはね。 |
糸井 |
自分がヅラだったら、
誰かに打ち明けたいっていう気分はあると思う。
ずーっと隠し通してるのも、大変だし。 |
清水 |
私はハゲの本出してるくらいですから、
ハゲさんとハゲの話するのはまったく平気で、
そうするとみなさん、
すごくいろいろ話してくださるんです。 |
糸井 |
解き放たれる喜び。 |
呉 |
清水さんは聖母のような……。 |
糸井 |
その方面の方にモテるでしょ。 |
清水 |
禿頭の講演なんかやると、
ハゲさんがダーッとたくさん来てくださって、
すごく嬉しい。 |
糸井 |
どっかの党から国会議員に立候補するといいですよ。 |
清水 |
ハゲ党? |
呉 |
光る明るい頭の党で「こうめいとう」とか。(笑) |
清水 |
そういえば、ハゲについて、
「光る」とか「明るい」という表現を使うの、
日本だけみたいです。 |
糸井 |
「ピッカリくん」とか言わないんだ。 |
呉 |
でもさ、俺、自分なりに考えてみて、
恥ずかしいのはハゲてること自体じゃないの。
ハゲを「恥じてる」ことがいちばん恥ずかしいんだよ。
隠したがるのは、体面といったものを
常に自分は意識して生きてる
情けない人間だってことだもの。 |
糸井 |
体面のところで、カッコ「女への」って入れてほしい。 |
呉 |
もちろんそうだよ。
女への体面。
こんなにも女を気にしてるのか、
ってことが恥ずかしいわけでね。 |
糸井 |
でも、「モテたい」というのは大きなテーマだね。 |
清水 |
ハゲがなぜ重要で深刻な問題かというと、そこです。
もちろん素敵なハゲさんもいるけど、
どうしても「モテない」につながってますし。
だから自分でハゲそうだと思っている人は、
ハゲる前に結婚しなきゃいけない。
結婚の締切が設定されてるのは、女の人とハゲさんです。
実際にハゲさんたちの話を聞いてみると、
結婚年齢は早いという印象ですねぇ。 |
呉 |
それでものすごく誤解されてて、
またイヤなんだけど……。
俺はたまたま独身じゃない? |
糸井 |
あなたは世捨て人だもん。 |
呉 |
前にテレビ局の連中とメシ食ってて、
女がどうのこうのという話になったとき、
一人がいきなり俺に向かって、
「女の人ってそんなにハゲを気にしてませんよ」
って言うんだよ。
俺、まだなんにも言ってないのにさ(笑)。
まるで俺が、ハゲを気にして
結婚しないみたいに聞こえるじゃない。 |
糸井 |
失礼だねぇ。 |
呉 |
励ましだとしても、ゲーハーだから
独身と邪推されるのはイヤなんだよ。
それから俺、若い頃から帽子が好きだったの。
明治時代の人はよく帽子をかぶってたけど、
あれ、大人にならないと似合わないんだよ。
だから俺も若い頃はあまりかぶらなかった。
で、そろそろ似合うトシになったからというのでかぶると、
ハゲを隠すためじゃないかと思われる。 |
糸井 |
結局、一つ大きなシンボルがあると、
すべてのことがその軸に一本化されちゃうんですよ。 |
呉 |
その人の行動様式、ポリシーを見るときに、
すべてそれと結びつけて語られるのはかなわん。
冤罪みたいなもんだ。 |
糸井 |
ただ、人を貶めるいちばん手軽な方法がそれなのよ。 |
清水 |
以前、『おじさん改造講座』で、
「陰でハゲさんのことを
『あのハゲ』と読んだことがありますか」
って質問をしたことがありましてね。
その回答が、
たまに呼ぶ=48パーセント、
呼んだことはない=25パーセント、
いつも呼んでいる=15パーセント。 |
呉 |
意外と少ないね。
さっきの糸井説に反するようだけど、一本化されてない。 |
糸井 |
社内で身近に接してたり、付き合いが長かったり、
そうじゃない要素もいっぱいわかってるからね。
ところが無名の大衆の前にさらされると、
「あのハゲ」になる。
亡くなったディック・ミネも、
いまだに「あの巨根の」だもの。 |
呉 |
だけどハゲって、個人の努力じゃ
いかんともしがたいところがあるからさ。 |
清水 |
インポの問題とすごく似てる。
社会的な偏見はすごくあるのに、
だからといって死ぬわけじゃないから、
薬に保険も適用されないし。 |
呉 |
そういえばバイアグラとほぼ同時期に、
毛を生やす薬でミノキシジルっていうのを使った
「リアップ」が出たじゃない。
俺、試したんだけど……。 |
糸井 |
試しましたか。
隠すのはヤだけど、あるならあれ−−ってことなんだ。 |
呉 |
生えるべく努力は普通にしてるの。
昔はマッサージもしたしね。
ただ、「リアップ」は俺にはぜんぜん効果なかった。
いちばん効いたのは、一時期、
話題になった中国の「101」。
だけど日本じゃ劇薬指定になるくらい
女性ホルモンが入ってて、
使ううちにだんだんオッパイが出てくる
って言われてやめたけど。 |
糸井 |
頭の形がいい人がハゲるという説がありますね。 |
清水 |
私は、ひしゃげた頭のハゲさんって見たことないです。 |
呉 |
それは多分、ひしゃげて頭の面積が少ない人は、
血の循環かなんかがいいから
ハゲないってことじゃないかな。
友だちの皮膚科の医者が言うには、髪の毛を引っ張って、
そのまま頭皮がグニョッって上がるやつは
ハゲないんだって。 |
糸井 |
カチカチはダメなんだ。 |
呉 |
俺なんか、進行するにしたがって、
カチカチになるのが自分でもわかったね。
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