第3回
寝グルメ、提唱! |
糸井 |
それにしても、眠りって神秘の部分が多すぎて、
長い間、その神秘にさわらないようにしてきた、
みたいなところがありましたよね。 |
井上 |
私が睡眠の研究を始めたのは28年前ですが、
周囲から「よせ」と忠告されましたよ。
脳が何もしていない、
スイッチを切った状態のことを調べても意味がない、
無駄だと。
研究の意味が理解されるようになったのは、
ここ10年くらいのものです。
それだけに、睡眠についてはまだ謎が多く、
学問としてもほとんど
未開拓の領域ということになるんですが。 |
糸井 |
睡眠が関心を呼ぶようになったのは、
きっとパラダイムの転換期だからなんでしょうね。
先生がおっしゃったように、
まず眠りは生産的じゃないという
考え方がありました。
そしたら次にレジャーとか
リクレーションという言葉が出てきて、
「再生産するための休息」みたいな考え方で
睡眠をとらえるようになった。
どっちにしても生産指向、
工業社会型の考え方ですよね。
それで睡眠は生産に有用だと発見されてしまうと、
工場の管理みたいに、
より質の高い睡眠をとるにはということで、
睡眠への意識が高まっていくという図式になる。 |
井上 |
その前に、睡眠は生産性を妨げるいう
考え方もありましたね。
要するに、起きて働けば働くほど
生産性が上がって、ハッピーになるし、
リッチになる……。 |
矢 |
バブルの頃、“寝ない自慢”というのが
よくあったでしょう。
「僕は50時間寝てない」とか、
眠らずに仕事をすることが美談、美徳として
評価されたりして。
でも実際は、寝なければ効率が上がらないのに、
なぜかそこは抜け落ちてる。 |
井上 |
結果としてそれが裏目に出て、
ストレス社会になり、寝不足になって
睡眠障害も増え、健康に問題が出てきた。
そういう時代を経て、
糸井さんがおっしゃったようなところへ
つながってきたわけです。
そういうふうに、睡眠のとらえ方は、
短い間に劇的な変化がありました。 |
糸井 |
僕は眠りというジャンルを、
もっと快楽の部分でとらえたいと思ってるんです。
それでホームページに、
睡眠の快楽を語る〈寝グルメ〉という
コーナーをつくったりしてね。
靴下ははいたほうがいいのか、
脱いだほうがいいかとか、
自分でもいろいろ人体実験も繰り返しました。
僕にとっての、
眠りの『カーマスートラ』をつくりたかったんです。 |
矢 |
で、その実験の結果は? |
糸井 |
まず布団は、密着面をどれだけ減らして
体を自由に解放できるか、が勝負で、
これは絶対に無圧布団です。
自分の重力の負担が感じられなくて最高ですよ。
それから暗さも必要で、
これは遮光カーテンで実現できます。
枕は入眠期には無圧枕で、さあ寝るぞと
スタンバイスイッチが入ったところではずす。
そしてBGMは落語のCD……。 |
矢 |
私も「快眠」と名のつくものは
グッズからリラクゼーションの方法まで、
あらゆるものを試しました。
小川のせせらぎの音が
流れるマシンまで買いましたもん(笑)。
でも、心地よくても、眠りに入れるだけのものは
なかなかありませんでしたけど。
そう、抱き枕はけっこうよかった。
私はうつぶせ寝なんで……。 |
糸井 |
僕もです。うつぶせ寝なら、
今日から無圧布団を!(笑)
井上先生の眠りは? |
井上 |
私は朝型、夜型、規則的、不規則と
さまざまな眠りの変遷がありましてね。
いろんなパターンで眠ってきましたし、
起きているときの状況が
自分の眠りにつながると思っていますから、
布団や枕などはどんなものでもいい。
ただ80年代以降、睡眠への社会的な関心の高まりと
共に忙しさが増したもんだから、
自分の睡眠はどんどん削られる。 |
糸井 |
先生も睡眠不足ですか。 |
井上 |
ええ。
ですから今は定年になって、
グータラ、ゴロゴロ生活に移れることを
ひたすら楽しみにしてまして。(笑) |
糸井 |
矢さんの不眠症はその後、どうなりました? |
矢 |
眠れるようになりましたね。
完全に克服した、というところまで
いったわけではないんですけど、
眠れないことがそれほど気にならなくなりました。 |
糸井 |
何かきっかけでも? |
矢 |
心療内科で、自律訓練の療法もやりました。
だけど緊張をとくための訓練なのに、
リラックスするためにこれをマスターしようと、
そこでも頑張ってしまう自分がいるんです。
そこを先生に指摘され、
「ダメだよ、頑張っちゃ」と毎回言われてました。
無駄な頑張りをするから
眠れないとわかっているのに、
してしまう自分を認識したうえで、
それはそれで置いといて、
まあ適当に、適当にというふうに
続けていくうちに、あるときふっと、
「あ、眠れてる」という感じ。 |
糸井 |
適当に……がよかったのか。 |
矢 |
思うに、私は“理想の眠り”に
すごく執着してた部分があったんですね。
だから思ったように眠れないと、
「こんなに眠れないなんて、私はダメ」
という状況にどんどん陥っていく。 |
糸井 |
“いい子症候群”ですね。
『発掘!あるある大事典』見てると、
どんどんいい子になりたくなるじゃないですか。
落ちこぼれになると苦しくなるみたいな。 |
井上 |
人が言うことと比べてみて、
「自分のはよくない」という評価になってしまうのは
現代人の不幸ですね。
結果として現状に不満足を覚える。
もちろん現代社会はストレスが多くて、
そのためにいろいろな睡眠障害が
出てくることもありますが、
それとは別に、自分の眠りに
不満をいだいている人の中には、
高すぎる基準で評価するために、
自分のものがみすぼらしく見え、
そこで傷ついているというケースも多いです。 |
矢 |
私も自分の眠りを獲得すればいいんだと
思うようにしたんです。
一度に長く眠らなくても、
分散した眠りでもいいんだし、
眠れないなら眠れなくてもかまわない。
2日眠れなければ3日目には眠れるんだから――
というふうに考えていくと、
すーっと楽になる部分があった。 |
糸井 |
お金の多寡で富を測るように、
睡眠も時間という数量単位でしか
比べる方法がないのも間違いのもとですね。
僕ら、目覚まし時計をセットするとき、
無意識に引き算してるでしょう。
今が何時だから、何時に起きれば
これだけ眠れる……。
僕はあるときから今の時刻を確認せず、
起きる時間だけ合わせるようにしたんです。
そしたら「何時間眠った」ということから
ずいぶん解放されました。 |
矢 |
私も、時間にすごく気持ちが左右されました。
「3時間しか寝ていない」という日が
1週間くらい続くと、
自分はもうダメになっちゃうんじゃないかと
思っちゃう。
もうちょっと長く眠らなくちゃ、
と数値にはまって
自分を追い込んでいくところは、
ダイエットと似ていますね。 |
糸井 |
「3時間しか寝てない」というのを意識しながら
起きてる10時間ずーっと、
自分は今ハンディを背負ってると思いながら
仕事することになっちゃうんですよ。
これがいちばん体に悪い。
逆に寝てないことを忘れられていればいい。
僕は釣りのとき、ほとんど眠らずに行くんです。
で、面白いから徹夜であることも
忘れて15時間くらいぶっ続けで釣ってる。
睡眠時間の短かさなんか、まるで気にならないの。 |
井上 |
脳へのダメージということでも、
本人が嬉しがって徹夜してる場合と、
眠りたいのに眠らせてもらえないのとでは、
結果はかなり違うんです。
いやいや起きているほうが、脳の壊れ方は早い。 |
糸井 |
要は、眠りの“唯我独尊”を
手に入れられるか、ですね。
(おわり)
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