第1回
眠れない人々 |
糸井 |
すいません!
ギリギリになっちゃいまして……。
僕は昨夜、矢さんのお書きになった
『不眠な人々』を読むうちに、眠れなくなりまして。
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矢 |
普通は眠くなるものなんですけど。
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糸井 |
いや、あの本、不眠症がうつりますよ(笑)。
それで本にも出てきた薬、
メラトニンを飲んじゃったんです。
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矢 |
睡眠を誘発する作用がある……。
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糸井 |
時差ボケ解消のために飲んだことはあるけど、
効かないと思ってたんです。そしたら……。
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矢 |
効いたんですか?
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糸井 |
効いた、効いた。
実は30分前に起きたばかりで。(笑)
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井上 |
メラトニンは、飲む時間がタイムリーじゃないと
効かないんです。
よほどタイミングがよかったのか。
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矢 |
ツボに入っちゃったんですね。
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糸井 |
入った……。
矢さんも不眠症に悩んでたんですよね。
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矢 |
ええ。
不眠症には「入眠障害」「中途覚醒」
「早朝覚醒」「熟眠障害」とありますけど、
私の場合は寝つくのにひどく時間がかかってしまう
入眠障害です。
眠りたいのに眠れない。
ようやく眠っても浅い眠りだけ。
そんな日が続くんです。
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糸井 |
それはいつ頃から?
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矢 |
ひどくなったのはここ1、2年ですけど、
会社をやめた10年前くらいから
不眠気味になりました。
フリーって、自分で生活を
全部コントロールしなくちゃいけないでしょ。
眠るのも自分次第みたいな。
それで普通の人が働いている時間に寝てると、
どこか怠けてる気になったりして。
私は知人から
「心臓を荒縄で巻いたような図太い性格」
と言われたこともあるけど、眠ることさえも
プレッシャーになっていったのかもしれない。
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糸井 |
眠れないときって、すごくあせるんですよね。
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矢 |
朝刊が配達されるバサッという音があるでしょう?
あれがイヤでしたね。
まんじりともしないまま朝を迎えて、
あのバサッを聞くと、
「ああ、今日もまた眠れないままこの時刻になった」
と思うわけです。
テレビをつければ、さわやかーな顔したお姉さんが、
「行ってらっしゃい。今日も1日元気で」
なんか言ってるじゃないですか。
それ見て、「まだ寝てないわよ!」って突っ込んで、
またドーンと落ち込む。
体のキツさ以上に、眠れずにいる4、5時間を
「どうしよう、どうしよう」
と思いながら過ごす、それがすごく辛いんです。
ついには、ベッドに入ること自体が怖くなって……。
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糸井 |
大変そうだなぁ。
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矢 |
でも本を書くために取材をしたとき、
「実は私も眠れなくて」という人が
まわりにもいっぱいいて、
不眠の人が増えてるという実感がすごくありました。
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糸井 |
不眠の悩みそのものは、昔からあったんでしょうか?
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井上 |
平安時代の『病草紙』という絵巻には、
まわりはみな寝ている中で、一人だけ起きて、
指を折って数える仕草をしている
女官の絵があります。
あれは、あきらかに不眠の現象ですね。
ですから今に始まったことではないんですが、
ストレスが多かったり、
不規則な生活を送りがちな先進国では、
なんらかの睡眠異常に悩む人の数は
増加の一途です。
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矢 |
成人の5人に1人は不眠を訴えているという
報告もありますもんね。
これ、アメリカに迫る勢いだとか。
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井上 |
アメリカには睡眠専門のクリニックが
1500くらいあります。
日本では専門の病院がまだまだ少ないから、
アメリカ以上に大変です。
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糸井 |
睡眠異常――と言うんですね。
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井上 |
眠っているべき時間帯に眠れなくて、
起きている時間帯に眠くてしょうがない。
そのために“生活の質”を
長期に渡って損なうというもので、
不眠症、過眠症、どちらも入ります。
睡眠異常は原因によって、
さらに34種類の疾患に分類できるんですが、
大まかに分けると3つです。
1つは精神的なストレスなど、
身体内に起因するもの。
最近よく聞かれるものでは、
突然眠くなって、意識を失ったように
ガクンと寝てしまう
ナルコレプシーという病気は遺伝的なものですが、
眠っているときに呼吸ができなくなる
睡眠時無呼吸症候群は、脳に欠陥があったり、
肥満で気道が狭くなっているなどの
原因が考えられます。
それから、寝室の環境が悪い、などの
身体外の原因によるもの。
そして、時刻というか、リズムの問題が
うまくいかないことによるものです。
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糸井 |
時差ボケなんかも、
リズムが狂うことで起こるんですよね。
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井上 |
睡眠異常の1つに分類されてますね。
それからリズムの問題で若い人に増えているのが、
学生時代に夜型の生活を送っていて、
就職して昼型に戻そうとしても戻らないというもの。
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糸井 |
それも病気なんですか?
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井上 |
病気です。
ずーっと時差を解消できない状態が
続いているわけです。
ほかには、24時間のリズムに
体を合わせられないという病気もあります。
もともと人間の生物時計は
およそ25時間周期だけど、
毎朝起きて光を浴びたときに、
自動的に24時間リズムにリセットされる。
だから、私たちは外界リズムに適応して
生活できるわけですね。
ところがそれがリセットされずに、
約25時間のリズムのままでしか
生活できない人もいるんですよ。
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矢 |
じゃあ、1日に1時間ずつ遅れていっちゃう。
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井上 |
「概日リズム睡眠障害」と呼ばれるもので、
そうしたリズムのズレが原因と思われる
登校拒否や出社拒否も最近すごく増えてます。
これ、赤ちゃんのときの
生活パターンの影響もあるんですよ。
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矢 |
えっ、そんな小さい頃の……。
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井上 |
人間は生まれて数ヵ月の間に、
外界と自分の脳との関係がつくられます。
そして、生物時計が昼夜のリズムに
同調できるような機能を自然にもつんです。
ところがこの時期に、1日中明るくて
昼夜の変化がない部屋で生活したり、
親とのコンタクトが不規則だったり、
要するに1日の単位がないような
環境で生活をしてると、
体内時計の約25時間周期を
1日のリズムに合わせて修正しないまま、
一生、自分の時計で生活することになる。
そして、そんな子どもたちが、
ここにきてどんどん増えつつあります。
子どもたちがキレるとか、
学級崩壊という現象が問題になっていますね。
躾の問題ばかりがよく言われるけど、
こうしたリズムの問題で
24時間社会に同調できないことが
背景にあるかもしれない。
そこのところは警告しておきたいですね。
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矢 |
そういう病気の人は、
光を当てる治療をしてもダメなんですか。
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井上 |
光を当てるとか薬を飲むとか、
いろいろ方法を試みるんですが、
なかなか24時間のリズムに同調できない。
深刻な問題です。
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矢 |
私、不眠の人たちを取材したときに
感じたんですけど、
女の人は自分の眠りの状況や
そのときの心理状態を
ちゃんと語ってくれるのに、
男の人はなかなか話してくれない。
不眠について男女のとらえ方の違いが
あるんでしょうか。
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井上 |
眠りというのはプライバシーの部分ですから、
見せたくないという心理が男には
あるのかもしれない。
睡眠障害という病気そのものは、
男性のほうが多いんですよ。
というのも、女性は男性よりも、
生物として緻密でデリケートにできている
高級品なんです。
それにくらべて男性は粗雑にできてる。
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糸井 |
ありゃ、粗雑品ですか。(笑)
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井上 |
子孫を残すのが至上命令の女性の体は、
生殖活動的な機能が男よりも多く、
睡眠もまたそのシステムをサポートしてるんです。
だから睡眠の質と量においても、
女性の方が男性より優遇されています。
ただ、現代社会はスイッチをオンにして
連続運転したり、オフで休ませるような
ロボットに近い社会ですからね。
男性は比較的それに合わせやすいけど、
高いレベルにある女性が
一挙に低いロボット並みに合わせようとすると、
大きなストレスになったり、歪みが生じたりする。
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糸井 |
精密機械であるがゆえに、
ちょっとの埃で狂ってしまうみたいな。
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井上 |
そういう意味では、女性が睡眠に対して
不満をもつ割合は、
男性より高いかもしれません。
それから女性の場合、
生殖活動の続いている時期には
睡眠も保証されますけど、その時期を過ぎると、
子孫を再生産する仕事は終わったとばかりに
急激に体が変化する。
そのため更年期以降、
不眠を訴える人は多くなりますね。
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