第3回
アリの国家戦略
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糸井 |
先生が虫の世界に魅せられたきっかけは、
何だったんですか? |
矢島 |
虫の生きざまというか、
何でこんなのがいるんだろう、
というところから入ったんです。
中学生のとき、池に行くと
ヒルムシロという小判型の葉っぱが浮いてる。
よく見ると、
葉っぱの一部分が丸く抉るように切られている。
これ、何かが食べたんだなと思ってると、
切られた葉っぱが二重になってる。
その二枚の葉の間から虫が顔を出してるんです。
偏平な形をしたミノムシで、
ずーっと見てると、
葉っぱのところに行っては少し食べ、
次に反動をつけて
その葉っぱを蹴飛ばしたりしてね。
ウンチをするときは、
わざわざお尻を水面に出して、
すごい勢いで糞を飛ばすんです。
ピョーンとね。 |
糸井 |
面白いやつだ。 |
矢島 |
でしょう。
それで
「こんなの見つけました」
と理科の先生のところに持って行くと、
たまたまその先生は昆虫学者でもあったので、
「面白いの見つけたなあ」
と、それがミズメイガという
蛾の幼虫であることを教えてくれたんです。
水中生活をし、
浮いてる葉っぱしか食べないということは
わかっているけど、
生活史は誰も研究していない。
「きみ、やらん?」
と言われて、
「よし、日本で俺が最初にやる」
と、こうなった。 |
糸井 |
なるほど。 |
矢島 |
その池は杉並の善福寺の池でしたが、
毎日、学校と池と家の往復ですよ。
観察記録のまとめ方を先生に教わって、
絵日記を書いてね。
1年半続けると、どうやって交尾して、
卵はどこにいて、
どんなふうに幼虫が大きくなるのか、
全部わかった。
こんな面白いものが、
ヒマラヤの奥だとか、どこか遠くに行かずとも、
すぐそこにいるわけでしょ。
先生は
「僕らのすぐそばに、
わからないことは山ほどある。
名前しかわかっていない虫もいっぱいいる」
とおっしゃってね。
何でこの虫はここにいて、
何でこんなことやってるんだ−−
それを解読する楽しさに引き込まれて、
それが僕の原点なんです。 |
糸井 |
僕も、日向ぼっこしながらアリを見ているだけで
ゾクゾクしますもん。
小さいものを追いかけきることで、
何か全体がつかめるような……。
昆虫って盆栽みたいだなぁ。 |
矢島 |
盆栽ですか。面白い説ですね。
アリの話のついでに……。
アリやハチは女王が核になってます。
その“女王”という呼び名は
非常に物語風ですが、
ほんとうはあれ、“おふくろ”なんです。
それも権力のないお母さん。 |
糸井 |
そうなんですよね。 |
矢島 |
巣から離れられないで、
ただひたすら卵を産む。
だから女王というより、“産卵奴隷”。
一方でオスのアリも情けないです。
働きアリは全部メス。
オスはといえば、
巣もつくれないし、食べ物も取ってこない。
生活能力はゼロです。 |
糸井 |
ただ生殖のためだけにいる。 |
矢島 |
精子提供者。
もともと交尾して産まれた卵−−受精卵は
全部メスになり、未受精卵だけがオスになる。
そして、結婚飛行といって、
空に上がってメスと交尾するその日まで
育てられるわけです。 |
糸井 |
空? |
矢島 |
アリは空で結婚するんですよ。 |
川上 |
えっ、飛ぶんですか。 |
矢島 |
飛ぶんです。
羽アリってご存じでしょう。
あれは地面にいるアリが、
交尾するために空に上がっていったの。
面白いのはね、巣が違うのに、
同じ時期に
全部一斉に羽アリとなって空に上がるわけ。
そっちの巣も、あっちの巣も、
みんな申し合わせたように一斉なんです。
どうやって、「今だ!」とわかるのか。 |
糸井 |
はぁー、不思議ですね。 |
矢島 |
気象条件に秘密があるんじゃないか
と考えられているんですけどね。
こうして空にどんどん上がっていくわけですが、
これはオスにとっての体力検定でもあるんです。
一つの巣からメスが5、6匹出るとしますね。
と、その10倍のオスがメスを追いかける。 |
糸井 |
競争率10倍ですか。 |
矢島 |
そして、メスに早く追いついた
オスだけが交尾できる。
あとのオスは無駄な努力だったのね。
そうして、あぶれたオスは夜、明かりに集まる。
それで一巻の終わり。
電灯の傘なんかに
羽アリの死骸がいっぱいあるのを見て、
みなさん、
「気持ち悪い」ってイヤがるでしょう。 |
川上 |
掃除機で吸ったりして。(笑) |
矢島 |
あれはメスに巡り会えなかった哀れなオスたちで、
野垂れ死になの。 |
糸井 |
涙、出ますねぇ。 |
矢島 |
で、メスは1回交尾すると、
これも不思議だけど、
貯精嚢に8年とか10年とか、
死ぬまでその精子を蓄えておけるんです。
またまた面白いのは、
女王アリは空に飛んで受精が終わったら、
もう羽根はいらないわけでしょ。
すると自分で羽根を抜いちゃうの。
切り取り線のようなスジも、
あらかじめついてるんです。
羽根を動かすための筋肉もいらなくなるでしょう。
今度はその筋肉を胃に戻して溶かし、
それを栄養源として、
卵からかえった幼虫に与える。
そうやって働きアリとなる
最初の子どもを育てるんです。
あとは働きアリが巣を広げ、
餌を取ってお母さんに与え、
お母さんは
ひたすら産卵奴隷になるというわけです。 |
糸井 |
スペクタクル映画を見てるような……。
また、先生の話に川上さんが頷くタイミングが、
「わかってる」って感じ。(笑) |
川上 |
昔、ミツバチがうちにいたんです。
巣の分蜂も見たことがありますよ。 |
矢島 |
巣が二つに分かれるのね。 |
川上 |
たくさんの数のハチが塊になって、
ウワーッとゆっくりゆっくり移動する。
すごいなって思いながら見てました。 |
矢島 |
女王バチが働きバチを引き連れて古い巣を出て、
新しい巣に移る。
そのとき、次の女王になるべき
自分の産んだ処女王を巣に残して出るんです。
不思議なのは、明日、新女王が羽化するという、
まさに前日に巣分かれするんですよ。
なんでお母さんは明日、
娘が羽化することがわかるのか。
半分の働きバチを連れて出るけれど、
誰を連れていって誰が残るのかを、
誰がどうやって決めるのか。
それは謎です。 |
糸井 |
謎がいっぱいですね。 |
矢島 |
最近わかった話もあるんですよ。
アリもハチも餌は全部、口移しなんですが、
働きバチが女王や幼虫に与える餌は、
実は代償なんです。 |
川上 |
といいますと……。 |
矢島 |
たとえば働きバチや働きアリが近づくと、
幼虫は餌がほしいというサインを出すんです。
ハチなんか見てると、
カチカチ牙で音を立ててます。
そうして働きバチが近づいてくると、
幼虫は自分の唾液を働きバチに与える。
その唾液が働きバチにとっての嗜好品らしく、
それをもらった代償に、
餌を幼虫に渡すというわけです。
はじめに餌ありきではなく、
ギブ・アンド・テイク。
そうして、家族全部が唾液でつながっている。 |
糸井 |
唾液ネットワーク。 |
矢島 |
まさにそう。その唾液ネットワークに、
女王は秘密をもっている。 |
糸井 |
いいなぁ。ドキドキしますね。 |
矢島 |
女王の唾液の中には、
卵巣抑制ホルモンがあってね。
どういうことかというと、
働きバチはみなメスだから卵巣がある。
それが活性化しちゃ困るんです。 |
糸井 |
みんなが産んだら大変だ。
私ら産まないもんね、働くんだもんね、
みたいになってなきゃ。 |
矢島 |
ええ。
唾液の口移しによって、
女王が出す卵巣抑制ホルモンが
働きバチ全部に行き渡っているから、
巣は安泰なのですよ。
もし女王が急に亡くなったりすると、
卵巣抑制ホルモンがなくなって、
働きバチがみんな卵を生み出す。 |
糸井 |
戦国時代のようですね。 |
矢島 |
群雄割拠して、
だけど交尾していない未受精卵だから、
オスしか孵らない。
それで結局、巣は崩壊するんです。
女王バチが一度の交尾で
死ぬまで8年間も精子をかかえ、
しかも唾液ネットワークで
ホルモンをコントロールしている。
それにより巣の安泰がはかれ、
全員が安心して暮らせることを考えると、
まさに見事な「唾液国家」なんですよ。 |
川上 |
昆虫って、みんなメスのほうが大きいですよね。
クモは昆虫じゃないですけど、
やっぱりメスのほうが大きい。
あるクモなんか、メスがあまりに大きく、
オスは暴れて踏み潰されたりするので、
メスを糸で縛りつけて交尾するという話を
聞いたことがあります。
私、自分も体が大きいもので、
なんだか身につまされちゃって……。(笑) |
矢島 |
クモのオスは
メスの10分の1くらいの大きさしかない。 |
川上 |
こんなに小ちゃくって、
いつも巣の端っこのほうにいる。 |
矢島 |
オスはメスに会いに行きたいんだけど、
うっかりすると食べられちゃう。
クモはこれまた不思議で、
オスの前足の先にヘラのようなものがあって、
それをメスの生殖孔に差し入れて、
どうぞって精子を渡すの。
これがクモのセックス。
そのヘラも生殖器じゃないんですよ。
そして、ただそのためだけに、命がけ。 |
糸井 |
そうまでして、しなくてもいいような(笑)。
メスを獲得するのも大変。 |
矢島 |
ギンヤンマとかオニヤンマのような
大きなトンボは縄張りを持っていて、
縄張りをパトロールする力が強いほど、
メスを獲得できます。 |
糸井 |
より強いやつが残るための競争原理、ですね。 |
矢島 |
ところがトンボが誕生して2億年。
強いやつばかり残って、
弱いやつは淘汰されてきたかといえば、
弱くとも生き残っているやつがいるんです。
つまり要領がいいやつ。
メスが飛んでくると、
縄張りが接してるオスのAとBが
ウワーッと張り合いますね。
そこを狙う縄張りのないオスがいる。 |
糸井 |
オスCが。 |
矢島 |
AとBが争ってる隙に、
ぱっとメスを奪って逃げちゃう。 |
糸井 |
僕、Cがいいわ。(笑) |
矢島 |
カブトムシでも同じことが言えます。
カブトムシは角が武器でしょう。
もし強いものだけが常に残るとしたら、
小さい角のカブトムシなんかいなくなりますよね。
ところが調べてみると、
いつになっても小さい角のカブトムシがいる。
さっきのトンボと同じで、
力は弱くても、小回りがきいて、
強いオス同士が決闘している間にメスを奪い、
要領よく交尾しちゃうオスがいるんですよ。 |
川上 |
なるほど……。 |
矢島 |
生きものって、
力とか武器の大きさじゃないんだよなあ
ってことがわかって、
なんか人間の話をしてるみたいになるんですが。
こういうふうに昆虫の世界って、
ぜんぜん単調じゃない。
実にドラマティックでドラスティックで……。
そんな虫たちの生活を、
住んでる環境ごと、
誰もが見たり、触れたりできるよう、
今、群馬の新里村に
「昆虫の森」という施設をつくってるところなんです。 |
糸井 |
わぁ、楽しみだ。
そうそう、僕、今すごく興味ある虫がいるんですよ。
ユカタンビワハゴロモ。
昆虫なのに顔がワニそっくりで、
実はワニと関係あるんじゃないかと言われていて。 |
矢島 |
面白い話ではありますけど……。 |
糸井 |
じゃあ嘘ですか。 |
矢島 |
ハゴロモというのはセミの仲間で、
このユカタンハゴロモは10センチ足らず。
もし虫眼鏡で見たなら
ワニを連想させるものはあるかもしれないけど、
大きさがあまりにも違うし、
実際にはワニとは関係ないですね。 |
糸井 |
そうですか……。
川上さんは興味ある虫ってありますか? |
川上 |
フンコロガシの類でしょうか。
どちらかというと虫自体より、
フンを転がしてつくった作品のほうに興味があって。
それも洋梨型のフンを見てみたい。 |
矢島 |
だったら菅平の牧場がおすすめです。
あそこは牛の牧場なんですが、
ダイコクコガネという虫が、
見事な洋梨型の団子をつくりますよ。 |
川上 |
見に行ってみます。
(おわり) |