開会式

7月13日、午前10時。郡山市、開成山球場。
第93回全国高等学校野球選手権、福島大会開幕。

開始1時間前に着くと、
開成山球場の周辺はすでに
ユニフォーム姿の高校生たちで活気づいていた。

どういえばいいんだろう、この高揚感を。
そう、まず、伝えておくべきは、快晴である。
この大事なはじまりの日が青空であることに、
まずは、漠然と大規模な感謝を。
ありがとう、ありがとう。







あちこちを野球部が歩いている。
福島中の野球部が、ここに集まっている。
福島県でいちばん野球がうまい高校生たちが
いまここに集まっている。
うーん、みんな、かっこいいなあ。

球場に入ると、たくさんのお客さんたち。
関係者の方々、ファンの人たち、
いろんな人がこの日を待ち望んでいたのだろう。

そして、観客席にも、
ユニフォーム姿の高校生たちがたくさん座っていて、
ああ、そうかとぼくはしみじみ思う。
あいかわらず、そういうことにぼくは、
いちいち直面してから気づく。

入場行進に参加できない野球部員も
たくさんいるのだ。
開会式、芝を踏んでグラウンドに降りられるのは、
背番号を勝ち取り、大会に登録された20人だけ。
大きな学校の野球部では、
グラウンドに降りられなかった3年生だって
たくさんいるのだろう。


球場の空気が動いて、
一塁側と三塁側の通路から、選手たちが入ってくる。

今年の福島大会は開会式の入場行進を短縮。
一校ずつぐるっと一回りして
内野に入ってくるのをやめて、
いったん全員外野に集まり、
それからまっすぐ入ってくる。


選手の入ってくる通路の真上へ。
おお、凛々しいなあ、と感じ入ってたら、
ふと気づいたよ。

俺、グラウンドへ降りていいんだった。
ちゃんと取材許可もらってるんだった。
腕章つけたまま、観客席をうろうろしててどうするよ。

降りようとして階段のほうへ回ったら、
あ! 知ってる人がいる!
誰だっけ、この人、知ってるぞ。


監督! 南会津高校の猪股監督!

「こんにちは。先日は、どうも」

どうしたんですか、監督。
今日は何の用でこんなところに?

「‥‥‥‥」

冗談ですよ、冗談。
しかし、ポロシャツとか着てると、
ほんとにただの日焼けした
近所のおにいちゃん‥‥
あ、いえいえ、なんでもないです。
また会いましょう、監督。

グラウンドへ降りると、まさに開会直前。
大会関係者、球場職員、取材陣、お客さん。
独特の緊張感のなかでそのときを待っています。

そして、外野の芝生の上で
そのときを待っている球児たち。
ああ、いよいよです。
ずっと思い出すことになる夏がはじまります。







そしてこの夏は、選手たちだけでなく、
関わった大人たちにとっても特別でした。
さまざまな苦労があったことと思います。
大会を開くために尽力された関係者のみなさんに
高校野球ファンとして、ちいさく感謝を。

さぁ、はじまります!

選手が行進してきます。

一番手は、昨年度優勝校、
そして今年も優勝候補筆頭、聖光学院。

歳内投手の姿も見えます。

一段と大きな拍手に迎えられて、相双連合。
手前は対戦相手の喜多方高校。

実力校、光南高校。
福島第一原発から30キロ以内にある高校の
生徒を受け入れる、サテライト校でもある。

相馬高校は、巨人の鈴木尚広選手の母校。
長い伝統のある公立校。

過去、夏の甲子園に、福島県代表として
最多となる9回出場の名門校、学法石川。


開会式直後の第一試合に登場する
郡山高校と安積高校。名門福島商業も。
ああ、ぜんぶ紹介できなくてすいません。

浪江高校も原発に近い、警戒区域にあります。

原発30キロ圏内にある原町高校はシード校。
夏の甲子園7回出場の日大東北もシード校。

かつて甲子園を沸かせた磐城高校。
福島高野連理事長、宗像さんの母校でもあります。
そして、どうしてもつけ加えておきたいこととしては
『ドカベン』のいわき東校のモデルとなった高校。
読者の方からメールで教えていただきました。

バックスクリーンのオーロラビジョンには、
各校からのメッセージが表示されています。
小高工も震災の影響を受け、二ヵ所に分かれて練習。

双葉高校は、原発からもっとも近い高校。
部員の半数近くが転校してしまったそうですが、
単独チームとして、堂々の参加。

ああ、来た、来た、南会津高校。
おーーーい、みなみあいづーー!

この、見事なまでの身長差というか、
でこぼこした具合がたまらない。
おーい、スキー部の1年生、
かたいよ、もっとラクに、ラクに。

あ、このユニフォームいいなあ。
個人的にベストコスチューム賞です。
須賀川高校。副賞は、とくにありません。

どんどん続く行進。
すべての高校を紹介しきれなくて、すいません。

最後に行進してきたのは、学法福島。
こちらもシード校です。

全89校、87チームが参加。
甲子園へつながるたった1枚の切符を目指して。

開会の挨拶は、宗像さんです!
福島高野連理事長にして、
1971年磐城高校全国準優勝のときの名センター。
開成山球場に、宗像さんの声が響きます。

「おはようございます。
 本大会が、福島県復興の希望の光となることを願い、
 ただいまより第93回全国高等学校野球選手権
 福島大会を開催いたします!」

万雷の拍手。

そして、そのすぐあとに、
たいへん個人的な話になりますが、
開会式においてぼくがもっとも
心を奪われてしまう儀式が行われます。

それは「優勝旗返還」です。

高校野球では、前年度の優勝校が、
勝ち取った優勝旗を開会式で返還します。
つまり、優勝旗は、各大会の優勝校から優勝校へと
渡って行く、たったひとつのものなのです。

ですから、前の大会で勝ち取った優勝旗を、
つぎの年がはじまるときに還す。
この律儀さ、様式美を、ぼくはたいへん好みます。

福島大会の優勝旗を還すのは、
前年度優勝チームの聖光学院。
堂々とそれを持って歩いてくるのは、
取材にも答えてくれた、キャプテンの小沢くん。

甲子園においても、この儀式はくり返されます。
つまり、夏の深紅の大優勝旗は、開会の日に、
去年の優勝校である沖縄の興南高校から返還されます。
なぜなら、それは、たったひとつのものだから。

ちなみに、甲子園の前年度優勝校が、
地方大会で敗退して、甲子園に出られなかった場合、
優勝旗返還はどうなるかご存じですか?

キャプテンがひとりで還しに来るんです。
だから、甲子園で優勝したチームの選手たちは、
優勝した瞬間につぎの目標として
しばしばこう言うのです。
「全員で優勝旗を還しにきます」と。

夏の福島大会を四連覇している聖光学院。
キャプテンの小沢くんの表情が、
こんなにも厳しく、凛々しいのは、
いま手放す優勝旗をかならずまた持ち帰るぞという
強い決意の表れなのでしょう。

優勝旗が前年度の覇者の手から離れた瞬間、
どちらかといえば祝祭の雰囲気を持つ開会の場に
勝負を感じさせるぴりっとした空気が流れます。
それが、ぼくにとって開会式の醍醐味なのです。







いま、優勝旗は、誰のものでもありません。
決勝戦が行われる予定の7月27日まで、
この旗は誰のものでもないのです。

その後、福島県知事や日本高野連の会長といった
たくさんの方々が挨拶されました。
今回の福島大会の意義を感じてか、
どの挨拶もたいへん心を打つものでした。

なかでも、とりわけ印象に残ったひと言を紹介します。
福島県高等学校野球連盟会長
岩渕賢美さんの挨拶のなかに登場した一節です。

「もとより、高校生の未熟なプレーに、
 福島県民を勇気づける力などはありません。
 しかし、感謝の気持ちを胸に、若者らしく、
 はつらつと、爽やかに、謙虚に、礼儀正しく戦う姿は、
 必ず見てくださる方々の心に響くものと信じます」

すごいことを言うなぁ、とぼくは驚いてしまいました。
「君たちのプレーに福島県民が励まされる」と
まとめるほうが挨拶としてはふつうだと思います。
しかし、高校生のプレーに、そんな力はない、と。
見ていただくべきは、謙虚な姿勢と感謝の気持ちだと。

聖光学院の斎藤監督のおっしゃった
「震災を簡単に背負うのは傲慢だ」
ということばと通じる気がします。

おそらく、高校生たちになにをどう伝えるべきかと
真剣に考えた結果、岩渕会長も、斎藤監督も、
同じような方向に道を見いだしたのではないでしょうか。

さぁ、そして、開会式最後の飾るのは、これです。









選手宣誓をするのは、
学校法人松韻学園福島高等学校野球部主将、塩瀬龍くん。
全文を掲載しますね。

「宣誓、2011年、思い返せばあれから4カ月、
 とてつもなく長く、そして、
 とてつもなく短い時が流れ、
 ここ、福島にも待ち遠しかった夏が
 ついにやってまいりました。

 東日本大震災で、被災された方々、そして、
 その中にいる福島球児の仲間たちと共に、
 新たな季節を迎えることができ、
 いま、心から感動しています。

 思い返せば、この数カ月、
 ほんとうにがっかりするような嫌な思いをしました。
 しかし、その一方で、ほんとうにうれしく、
 感動に溢れる、人とのふれあいもありました。

 そのたびに、わたしは生きててよかった、
 と「生(せい)」に素直に、
 感謝することができるのです。

 まだまだ福島の困難は続きますが、
 この特別な夏を89校の仲間たちと共に、
 支え合う夏、助け合う夏、思いやる夏、
 勝ち負けという枠を取り払い、
 人と人とのつながりを大切にした
 日本一熱い夏にすることをここに誓います。

 平成23年7月13日
 選手代表、学校法人松韻学園福島高等学校
 硬式野球部主将、塩瀬龍」







さぁ、いよいよ、はじまります。
いったい、自分がなにをどんなふうに目撃するのか、
見当がつかないからこそ、たのしみです。

(つづきます)



2011-07-21-THU