聖光学院対白河

試合に敗れて、悔いが残ります、と
唇を噛みしめる球児がいる。
同じく、試合に敗れて、
悔いはありません、と断言して胸を張る球児がいる。

球場に何度か通ううちに、
こんなふうに考えるようになった。

あれは、精神論とか、
その人が前向きであるかどうかとか、
そういうこととは無関係に、
「後悔してしまう状況」と
「後悔のない状況」が
きちんと分かれているのではないか。

以前、南伸坊さんがこう言っていたことがある。

「ヘタだけどいい、っていう絵があるでしょう?
 あれは、その人の感じ方とかじゃなく、
 『ヘタだけどいい絵』っていうのが
 ちゃんとあるんだと思うのね。
 そういう絵はさ、誰が見ても
 『ヘタだけどいい絵』なんだよ」

ぼくが感じるのはその感覚と似ている。
悔いが残りますという状況と、
悔いはないと胸を張る状況は、
感じるのが誰であろうと、
そう感じる何かがそれぞれにあるのではないか?

こうしてほとんど毎日のように
なにかを書いていると、
書くことで自分の考えに気づいたりする。
誰かと話すことで自分の曖昧な考えが
はじめてはっきりと輪郭を持つのと同じで、
激しい自転車操業のように日々書いていると、
あ、それはたしかにそうかもしれない、と
書く瞬間に自分で気づいたりする。
ちょっと、おかしな話だけれど。

数日前に書いたことで、
妙に自分のなかに残っていたのは、
「この震災のもっとも哀しい側面のひとつは、
 人々が、きちんと別れも告げずに
 離ればなれになったことじゃないだろうか」
というフレーズだった。

もうひとつ、断片を。
先週の土曜日、開成山球場で4回戦を観た。
東日大昌平対原町の一戦だ。

試合は東日大昌平が初回に3点を先制し、
さらにリードを4点に広げたが
5回の表に原町が2点を返し、
ゲームはぐっと締まったようにみえた。

2点差、どっちへ転ぶかわからないぞ、
という感じでぼくは観ていた。

ところが6回の裏、
東日大昌平の打線がつながり、
守備の乱れなどもあって点差は一気に広がった。

たぶん、選手たちは
とっくに気づいていたのかもしれないが、
ぼくは、3点、4点と
つぎつぎに得点が重ねられるなかで、
はっと気づいた。

──これは、コールドゲームになる可能性がある。

5回以降に10点差以上の得点差がついた場合と
7回以降に7点差以上がついた場合、
コールドゲームが宣告され、
試合はそこで終わってしまう。
(甲子園の全国大会にはコールドゲームはない)

つまり、さっきまで、
9回をともに戦うものと思って観ていたこの試合が
5点、6点とその差が広がることにより、
急に終わってしまう可能性がある。

もっと、自分が感じたことに近いことばで言えば、
「この回が最終回になる可能性がある」
という事実にぼくははっとしたのだ。

とりあえず気持ちを切り替えていこう、
という感じで守っていた原町ナインの
守備位置が変わったのは、
この回7点目となる11点目が入り、
コールドゲームまであと1点となったときだ。


満塁。そして、あと1点でコールドゲーム。
当たり前だが、内外野はバックホーム体勢をとった。
要するに、同点の延長戦の守りと同じだ。
1点とられたら、終わりなのだ。

これは、勝手にぼくが感じたことだから、
ほんとうのところはわからない。

ぼくには、守る原校ナインも、
いや、攻めている東日大昌平も、
気持ちがはっきりと切り替わっていないように見えた。

事実、最後の打球が一二塁間を破ったとき、
観客を含めたほとんどの人たちが、
終わった‥‥んだよな? という確認を求めた。
両軍のチームが整列へ向かう前に、
一瞬の間があった。





これはあくまでもぼくの想像であり、
原校ナインに悔いがあったのではないかと
言いたいわけではない。
失礼があったらほんとうにすいません。

ぼくは、彼らはきちんと
終わりを意識できただろうか、と思った。
というのも、試合の展開を追っていると、
それはとても難しいことのように感じられたから。


もうひとつだけ、断片を重ねる。
糸井重里がかつてこんなことを言っていた。

「人が人とお別れするときには儀式が必要なんだ。
 お葬式という『区切り』があるからこそ
 人はつぎの日からきちんと生活ができる」

人は悲しみを憶えている。
けれども、それを強烈に引きずったままでは
日々を過ごすことが難しくなってしまう。
そこで、儀式によってそこに区切りをつける。

それは、永く暮らしをつむいできた先人たちが
生きることを続けていくために
編み出した知恵なのかもしれない。

さて、そこで、ぼくは総合的にこう感じる。
人は、終わりをきちんと意識し、
そこにしっかりと別れを告げられたなら、
その哀しさやつらさを受け入れ、
また、つぎの一日を
暮らしていくことができるのではないか。

その人の強さや哀しみやつらさの量でなく、
大事なのは、きちんと終わりを意識し、
そこに向き合えたかどうかなのではないだろうか。

だからこそ、震災をはじめとする事故は無念だ。
逆の意味でいうと、ぼくもこの年になったから、
「大往生」といわれるような人の
お別れの場に何度か出席した。
そこには、湿り気をしみじみと味わうような
悲哀ももちろんあったけれど、
どことなく、晴れやかな区切りも感じさせた。

それは、当人と周囲とが、きちんと終わりを意識し、
お別れを言い合えたからではないかと思う。

もちろん、話は野球に戻ってくる。

福島県の高校野球において、
聖光学院は別格の強さを誇っている。

高校野球はなにが起こるかわからない
という原則を承知のうえで、
単にデータを拾っただけでも
その認識は揺らがないといっていい。

たとえばこの夏の大会に入る前、
聖光学院は福島県内で55連勝を重ねている。

堂々の第1シードとして登場し、
初戦の小野高校戦は10対0で6回コールド勝ち。
つぎの田村高校との試合は11対1で5回コールド勝ち。

そして、続く4回戦。
聖光学院に挑んだのは、喜多方高校だった。
そう、相双連合を8対1でくだした、
あの喜多方高校だ。

3人の好投手を中心にした喜多方高校は、
相双連合に勝ったあとも
福島成蹊、会津農林と連勝した。
ぼくは喜多方の勝利をニュースでチェックしながら、
やはり実力のあるチームだったと納得した。

その喜多方高校が、あの聖光学院に挑む。

高校野球のファンとして、
勝手ながらちょっとわくわくした。
その一戦には間に合わなかったけれど、
球場に着いたとき、
試合結果を急いでチェックした。

驚いた。

10対0のコールドゲーム。
やはり、聖光学院は強い。
記者室にあったその速報を見て、
ぼくはひとりで息を飲んだ。
これで、県内58連勝となる。

こと、2011年夏の福島県の高校野球にかぎるなら、
聖光学院の強さを別格と表現しても
差し支えないと思う。

7月24日、福島県のベスト8が出そろった。
87もあったチームが、
いまはたった8チームしかない。

さまざまな運やめぐり合わせはさておいて、
今年、もっとも強い8つの高校が、残ったのだ。

そして、8強が激突する準々決勝を取材するため、
郡山の開成山球場を訪れたぼくは、
試合のはじまる前に、
ふと、こんなことを思ったのだ。

準々決勝で聖光学院と当たる球児というのは、
それだけで、ある種の達成感があるのではないかと。

もちろん、目指すのは、勝利だし、
優勝だし、甲子園だ。
けれども、聖光学院以外の高校生たちが、
甲子園を夢見る場合、ふつうに考えるとそれは
どこかで聖光学院に当たり、勝つことを意味する。

そして、勝ち負けを、
これから自分たちが最善を尽くしたすえに起こる
ある種の預かり知らぬこととしてとらえれば、
まず、準々決勝で聖光学院に挑む自分たちに、
ここまできたという達成感や
手応えを感じるのではないか。

誤解を恐れずいえば、
たとえここで敗れようとも、後悔はない。
その領域に踏み入れた自分たちを
少なからず、誇らしく思うのではないか。

そう感じたのは、
聖光学院との準々決勝がはじまるわずか数分前、
ベンチで気合いを入れている
白河高校のナインの表情が、
とんでもなく明るかったからだ。





整列を待つ、ほんのわずかな時間、
彼らはこぼれそうになる笑顔を
互いにいたずらっぽく確認し合っているように見えた。
それは、ここまで来たよな、という誇らしい事実を、
チームメイトといちいち確かめ合っているようだった。





それが、後悔がないということかもしれない、
とぼくは思った。
もちろん、勝ち負けは、
違う次元の信念としてある。





つまり、考えてみるとおかしなことだけれど、
彼らの笑顔の礎には、聖光学院の強さがある。

そして、それを、当然のものとして期待される
いいようのないプレッシャーのようなものも、
聖光学院には‥‥‥‥いや、そういうことを、
感じているようではだめなんだと、
斎藤監督は言うのかもしれない。

先発は、歳内宏明。
いまや全国にその名を轟かせている、
聖光学院のエースだ。



一回表、積極的に打っていく白河打線。
しかし、一番、二番と凡退。
三番根元くんは、三振!

そして聖光学院の攻撃。
投の主役が歳内くんなら、
打の中軸は遠藤くん。
ツーアウトからライト前へヒット。
しかし、ピッチャー松本くん、
ここは後続を押さえた。

2回は両軍、ランナーを出すも無得点。
迎えた3回表、歳内くん、
3つのアウトをすべて三振で奪う!

最速は145キロといわれている歳内くん。
おそらく、球速だけなら、
全国にはもっと速い投手がいるだろう。
見る限り、この日も球速は140キロ前後。

すばらしかったのは、
スプリットボール(落ちる球)。
おそらく、直球と同じ軌道から落ちるようで
奪う三振のほとんどは、この球。
しかもほとんどが低めに制球されていた。

威力のあるストレートでストライクを先行されて、
低めに緩急のついたあのスプリットが来たら、
なかなか打てないのだと思う。

そして、その裏、ゲームが動く。

聖光学院、7番川合くんがツーベースヒット。


歳内くんがバントで送って1アウト3塁。

その後、フォアボールとデッドボールで、
1アウトフルベース。
白河高校、最初のピンチ。
背番号15の伝令が走る。

それでも、笑顔がある。
それは、強がりや楽観論ではないとぼくは思う。

好打者、遠藤くんの当たりは、サードへ!

サード捕って、ホームには投げられない。
一塁へ、しかし、これがそれる。

この間にもうひとりランナーが返り、
聖光学院、2点を先取!

なおも、ワンアウト二三塁。
犠牲フライでもう1点追加したあと、
ツーアウトからさらにライト前にタイムリー。

遠藤くんが返って、4点目!
その後、バントヒットとライト前ヒットで
さらに1点! あっという間の5点!

気づけばこの回、相手のミスを逃さず、
ふたつのバントを見事に機能させて大量得点。
とくに、ツーアウトからの3連打が見事だった。





しかし、白河ナインの笑顔は健在。

先頭の根元くん、
ライト前にぽとんと落ちるヒットで出塁。
内野ゴロで2塁に進む。

ここで、鈴木智くんが、レフト前へヒット!

根元くん、三塁を回る!





ホームイン! 1点返した!

俄然、盛り上がる白河ベンチ。

歳内投手から1点とったぞ!
盛り上がる白河高校応援席。

この機にたたみかける白河高校、
ヒット・アンド・ラン!
ファールになったが、
2球連続でヒット・アンド・ランを敢行。

しかし、ここは歳内くんも踏ん張って、三振!
白河高校、1点どまり。

でも、おもしろい展開だ。



4回裏、聖光学院無得点。
5回表、白河高校無得点。



5回裏、聖光学院、遠藤くんが出塁。
続く福田くんがフォアボールを選んだところで、
エースナンバーをつけた辺見くんに投手交代。

センターへ十分な犠牲フライ。
聖光学院、1点追加!





その直後、ただの送りバントではなく
セーフティ気味に転がしてくるあたりがさすが。

6回表、根元くんがまたしてもヒットで出塁。
そして、スチール!



送球がそれる間に、三塁へ!
白河高校、チャンス!

しかし、歳内くんがふんばる。

小松くん、辺見くんと連続三振!

鈴木智くんのとき、
この日、最速となる142キロを確認。

そして、鈴木智くんも三振!
この回、ヒットのあと、三者連続三振!
低めのスプリットボールがさえる。
この試合、早くも9つ目の三振。



そして6回裏、2本のヒットで
聖光学院、ツーアウトながら一二塁のチャンス。
ここで、迎えるは三番遠藤くん。



マウンドに集まる白河ナイン。
またしても、笑顔。
けっきょく遠藤くんを歩かせて満塁に。

ここで一打出ると、試合が決まりかねない。
辺見くん、満塁のランナーを背負って、投げる。

聖光学院、四番福田くん、打った!

白河高校、なんとか無失点で切り抜けた。

その後、白河高校、ヒットでランナーを出すが、
後続が押さえられ、無得点。

7回裏、エラーで出塁した中村くんが3塁へ。
ワンアウト三塁、聖光学院、ダメ押しのチャンス。

白河高校、この試合、3度目の伝令。
マウンドに三度集まる。

スクイズーーー!!

聖光学院、スクイズで7点目!

さあ、どうにかしたい白河高校。
円陣を組む表情もかわってきた。
だって、もう、終盤。8回だ。
あと、2イニングしかない。
点差は6点。もちろん、とりにいく!

しかし、歳内くんが立ちはだかる。



三振!



連続三振! ツーアウト!

ツーアウトランナーなしから、
四番小松くんがライト前へ!

辺見くんもヒットで続く!

沸く、白河ベンチ!

しかし、続く鈴木智くんの当たりは
ピッチャー横へ、ぼてぼてのゴロ‥‥。
が、これを歳内くんがお手玉!

ツーアウトながら‥‥。

満塁のチャンスが転がり込んできた。

聖光学院は、マウンドにまだ行かない。
ひとり、呼吸を整える歳内くん。

腕を振って、投げ込む!

三振! 8回表、白河高校、無得点!

残す攻撃は、あと1回。
まずは8回裏を0点でおさえたい。
声を出す、白河高校の控え選手たち。

8回裏、聖光学院の攻撃は、三者凡退。
さあ、白河高校、最終回の攻撃!

座って円陣を組み、
監督が、いつもより長く、
ナインにことばをかける。

もう、笑顔はない。行くしかない。





ものすごい気合い。



見つめるナイン。
しかし、サードライナーでワンアウト。

おそらく、「勝つ!」という信念のもとに集中し、
意識せずに済んでいた夏の終わりが、
じわじわと、現実味を帯びてくるのだと思う。
いくら声をあげても、その雰囲気が忍び寄る。
9回表、ワンアウト。





打った! 右中間を深々と破る!
スリーベースヒット!

白河ベンチが息を吹き返す。



そして、だからこそ、こみ上げる気持ちもある。

応援席からも、声が響く。

センターフライ!
タッチアップは‥‥しない、自重。

あとはもう‥‥。

信じるしかない。

歳内くん、表情は変わらず。

ツーアウト、ワンボール、
ツーストライク。









聖光学院、ベスト4進出。





ある種の達成感とともに、
この日を迎えたかのように見えた白河ナイン。
引き上げてくるその表情は‥‥。





ベンチのすぐ横のカメラ席からは、
彼らの表情がとてもよく見えた。



7対1、聖光学院の勝利。



応援席へ深々と頭を下げると、
あとはもう、とまらない。





試合前の笑顔と同じぶんだけ、
涙があったように思う。

そして、ベンチ裏まで彼らを追って、
またしてもぼくは、これまで知らなかった
ちょっとした現実に直面する。



彼らは、ただ、泣いているわけにはいかないのだ。
青春の終わりに、ようやく訪れた、
感情を解放できる貴重な時間なのだけれど、
彼らは、道具を片づけなければいけない。





泣きながら、讃え合いながら、
それでもやはり、高校生の彼らは、
すべてを放り出して感情に流されるわけにはいかない。
片づけたり、取材に応えたりしなくてはならない。

そんなことは、やっぱり想像していなかった。
敗れて泣く高校野球の選手たちが、
讃え合いながら、最後の思い出の瞬間にさえ、
きちんと礼儀を当たり前に守っているなんて。





ものごとには、近づいたぶんだけ、
なにか見えてくるものがある。
それは、この取材を通して、
ぼくが痛感することである。



そのころ、歳内くんは、
アイシングした状態で、
たくさんの報道陣に囲まれ
ひとつひとつ、質問に答えていた。

いよいよ、準決勝。