9月。
夏が終わった南会津高校を訪れた。
震災があった年の夏に来て以来だから、
2年振りだ。

この日は学校は休みだったが、
文化祭を目前にひかえていたため、
たくさんの生徒が準備のために登校していた。

文化祭直前の
中途半端に飾り付けられた(失礼)
校舎をぼくは、懐かしく見て回る。
そうそう、文化祭の前って、
こんな感じだったなぁ。





ぼくが南会津を訪れた動機はとても単純だ。
今年の夏の甲子園、福島大会の開会式で
すばらしい選手宣誓をした
齋藤怜摩(さいとうりょうま)くんに、
ちょっと話を聞いてみたかったのだ。


2ヵ月前、大観衆の前で
感動的な選手宣誓をした怜摩くんは、
教室の片隅で文化祭の準備をしていた。



うん。ユニフォームを着てないと、
ほんとにふつうの高校生だね。
こんにちは!



ぼくが怜摩くんに訊いてみたかったのは
なんというか、とても個人的な、
ただの好奇心、みたいなことである。

その前に、お伝えし損ねていた、
南会津高校の初戦について書いておきます。
ずいぶん遅れてしまって、すみません。



2013年7月14日、開成山球場。
南会津高校の初戦の相手は福島商業。
福島の県立高校のなかで
甲子園最多出場を誇る名門校である。


学校創立明治30年、野球部の創部は大正11年。
福島商業野球部の部員は63人。
一方の南会津高校はぜんぶで13人。

うーん、なかなか厳しい初戦だ。
しかし、なにが起こるかわからないのが高校野球である。




試合がはじまる。



先攻、南会津。
打席にはショート五十嵐くん。



三振! ワンアウト。
2番バッターは、キャプテンの怜摩くん。


しかし、怜摩くんも三振。
続く河原田くんも打ち取られ、無得点。


さあ、1回裏だ。
南会津贔屓のぼくが、
もっとも緊張するのはこの初回である。

福島商業に比べると、
正直、実戦も経験も乏しい南会津。
初回に崩れてしまうと
一方的な試合になってしまう可能性がある。
逆に、初回さえ無得点で乗り切って
曲がりなりにも「0対0」の状況をつくれば、
南会津ナインに「互角にやれる」というムードが生まれる。
優位と思われている福島商が得点できずに焦り、
南会津が自分たちの野球に集中すれば、
もつれる可能性は大いにある。

そのためにも、まずは初回。
緊張でストライクが入らなくてフォアボール連発、
というのが最悪のパターンだな‥‥
などとぶつぶつ言ってる素人カメラマンが約1名。
その耳に、「キン!」という
金属バット特有の打撃音が響く。




ライトオーバーのツーベース。
いきなり無死二塁のピンチ。



ワンアウトをとったあと、
三番打者を歩かす。
一死一二塁で、バッターは四番。




打った!
が、レフトフライ。
後続も打ち取り、なんとか初回をしのぐ。
よしっ、と小さくガッツポーズする、
おかしな素人カメラマンが約1名。



別に、自分の予想が正しかったというわけじゃないけど、
初回を0点に抑えたことで、南会津は落ち着いた。
ランナーは出すものの、要所を抑え、
古豪、福島商に得点を許さない。
一方、南会津も走者は出すが、得点には至らない。












六回表を終わって、0対0の同点。
絶好の展開、とぼくは見る。
このまま終盤へもつれ込めば、
むしろ流れは南会津にくる。



しかし、六回裏、福島商、
先頭打者がフォアボールを選ぶ。
ノーアウトのランナー。
バッターは四番。正念場だ。



打った、三遊間!
サードはじいて、オールセーフ。
ノーアウト一二塁。




送りバント、ピッチャー前、
捕って、思い切ってサードへ!




アウト! ワンアウト一二塁。
続くバッターを打ち取り、ツーアウト。
ふんばれ。



打った、レフトへ。





スリーベース!
六回裏、福島商、2点先制。
しかし、2点で食い止めた。
2点差なら、まだいける。




七回表、南会津無得点。
その裏、ランナーを一人出したあと‥‥。







レフトへの当たりを馬場大河くんが後逸。
打者走者が一気にホームインし、4点目。



レフトの大河くんは1年生。
落ち込む大河くんに、
キャプテンの怜摩くんが声をかける。
うん、難しい打球だった。ドンマイ。




4点差。8回表。
さあ、反撃しようぜ、南会津。



ワンアウトとなって、
バッターボックスに
レフトを守っていた大河くん。
さぁ、取り返そう。
気持ちを切り替えて行け、一年生。



打った!



抜けた、センター前!




一塁ベース上で、
一年生が誇らしく拳を突き上げる。
スタンドで素人カメラマンは
少し、泣きそうになっている。



ツーアウトとなって、打順はトップに戻る。
ひとり出れば、背番号8番、
キャプテンの怜摩くんに回ってくる。
いい場面だ。



しかし、南会津、無得点。
怜摩くんまで回らず。
八回表を終わって4対0と福島商リード。
厳しい展開だけど、最終回にかけるしかない。
9回表の攻撃は怜摩くんからだ。
まずは、八回裏を抑えたい。





しかし、八回の裏、1点を失う。
なおも、ツーアウト1塁。
あと一人、なんとか抑えてくれ、とぼくは祈る。
少し、嫌な予感がする。

振り抜くバット。鋭い金属音。
打球はレフトを襲う。



一塁走者に続き、バッターも三塁を回る。
ホームイン、この回、3点目。
つまり、7対0。

そしてぼくは、地方大会ならではの
切ない場面を目撃する。




【福島県高等学校野球大会規定:1ー(1)】
 5回表裏完了もしくは5回表終了以降10点差
 または、7回表裏完了もしくは
 7回表終了以降7点差以上ある場合には
 コールドゲームとする。



つまり、7回以降の表裏が終わって
7点差がついた時点で、
コールドゲームとなる。
試合は終了してしまうのだ。



あと、アウト1つだった。
南会津の9回表の攻撃は、なかった。



甲子園で行われる全国大会には
コールドゲームはない。
だから、この切なさを味わうこともない。



この大会規定が間違っているとも思わない。
学校によって実力差の大きい地方大会において
すみやかに大会を進行させるために、
必要な決まりだと思う。

しかし、この、
「唐突に終わりが訪れる感じ」は
やはり、独特である。




よくやった、と思う。
古豪、福島商業を相手に、
終盤まで完全に互角に渡り合った。
けれども、ほんとに、
しかたがないことだけど、
怜摩くんを最後の打席に
立たせてあげたかったなぁと思う。



なんともいえぬ感覚を噛みしめながら、
何枚か写真を撮る。
自分のなかの感情を少し落ち着けて、
ベンチ裏へ行った。

彼らはどんな顔をしているだろう、と、
のんきに思ったぼくは、
「3年生の夏」の重さを
忘れてしまっていたのかもしれない。

背番号8番は、突っ伏していた。





そして、涙は、広がっていく。
後片付けが終わって、
ふっとやるべきことが終わってしまうと
とたんに夏の終わりがこみ上げてくる。






野球部としての長い伝統がある高校は、
いろんなことに慣れている。
勝つことにも、負けることにも、慣れている。

しかし、数年ぶりに野球部の部員がそろった
南会津高校の野球部は、
いろんなことに慣れていない。
だから、うまく泣き止むことができない。

まだ二十代の監督も、
泣き続ける彼らを見守るばかりである。
ぼくにはその全体の光景が、まぶしく映る。



長く彼らは泣き続けていた。
そんななか、動き出したのは
キャプテンの怜摩くんだった。

彼は、泣いている仲間たちに、
ひとりひとり、声をかけて回った。
まだ、自分が泣き止んでもいないのに。










ふう。編集しながら、深呼吸。
撮影しながら、もちろんぼくも高校球児なみに
あふれていたりするのですが、
ほら、カメラって、
顔が隠れる利点があるんですよ。

ふう。
南会津高校の夏は、
そんなふうに終わりました。

球場の外では、ずっと応援してくださった
父兄の方とか、先生方が待ってます。
最後の挨拶をしにいきます。





儀式がひとつ終わるごとに、
新しい涙がこみ上げる。
最後の儀式は、応援団を含めた記念撮影。
南会津高校野球部は
泣きながら笑顔をつくる。
だって、記念撮影だからね。






最後の最後に、
3年生どうしがお互いの夏の終わりを讃え合う。

お疲れさま、南会津高校野球部。

でもさ、これは南会津高校だけじゃなくて、
ぜんぶの高校にいえることかもしれないけれど、
今回、ぼくは発見したことがあるんだ。

最後の夏が終わったとき、
みんな、解放されたように、
讃え合うように、泣くけれど。

女子マネージャーは、
裏方としての誇りがあるから、
みんなが泣いてる輪のいちばん外で泣いてるんだよ。
声を押し殺して、隠れるように、
自分が主役にならないように。







そして、最後の輪がほどけたときに、
キャプテンの怜摩くんに近寄って声をかけたのは、
お母さんだった。




2013年7月14日。
福島県郡山市、開成山野球場。



そう、それで、
ひとつ、訊きたかったことがあるんだよ、
怜摩くん。


(つづく)
2013-09-13-THU