西條 | こんど、パソナと日建学院といった 大手の企業と 「ふんばろう東日本企業連合」というのを組んで 就労支援のプロジェクトをはじめたんです。 |
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糸井 | ほお‥‥。 |
西條 | 企業の営利活動と矛盾しないかたちで 支援のプラットフォームをつくる。 いま確実に雇用があるのは「建築系」なんですが、 そこには「ふんばろう」の 重機免許取得プロジェクトもつなげていけますし、 これからは いかに持続可能な形にするかが鍵だと思います。 |
糸井 | なるほど。 |
西條 | 今は、仕事がないため 若い人が出て行ってしまっているので、 若い人たちを呼び戻せるような 就労支援の形を作っていく必要があると。 そのためには、やはり、 将来的にある程度の規模感を出せる スキームで 進めなければと思っているんです。 |
糸井 | それは、実感的な部分ですね。 |
西條 | 逆に、先ほど見学していただきましたが、 被災地のおばあちゃんたちに ミシンをお贈りして 将来的に「仕事」につなげてもらおうという ミシンプロジェクトなどは、 小さいお子さんをお持ちのお母さんや ご高齢のかたにも 家で仕事をしながら あるていどの生活費をサポートできるもの。 |
糸井 | 楽しそうでしたもんね、みなさん。 |
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西條 | やはり「お金」と同時に 「生きがい」の部分が、出てきたらいいなと。 |
糸井 | 奥さんたちが元気だと 「はたらき手」たちも元気になるんですよね。 |
西條 | うん、うん。 |
糸井 | 被災地の復興についても、 身近に「拍手をしてくれる人たち」が いるかいないかで、 前へ進めるかどうかが、決まると思う。 |
西條 | なるほど。 |
糸井 | 妻が社会参加しようとしている家の旦那って、 概して元気ですから。 |
西條 | ああ、たしかに、そうですね。 |
糸井 | じゃあ今は、国とか企業なんかの方向にも‥‥。 |
西條 | そうですね。 「被災地の復興支援」という目的のもとに さまざまな企業をつなげる、 ひとつのプラットフォームのような役割を 果たせればいいなと思ってますね。 |
糸井 | その動きには、期待だなぁ。 |
西條 | もちろん、参加企業にはきちんとお金が入り、 持続可能な形の 被災地の復興支援につなげていく。 あくまでも 「地元の企業が地元の人を雇用できる」 ようにするので、 外から企業が入ってくるのと、違うんです。 |
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糸井 | うん、うん。 |
西條 | はじめは建築系のプランを組みますが、 現地のニーズにあわせて 医療福祉にも応用できるし、 教育ビジネスにも、応用できますし。 |
糸井 | 使い回しできる構造を考えたってことですね。 |
西條 | やっぱり‥‥今、あらためて思うのは 自宅が、会社が、故郷が、 すべて流されて、夢も希望も持てない、 そのことの「大きさ」です。 |
糸井 | うん。 |
西條 | 重機プロジェクトを立ち上げた 5月の段階では ほとんどの人が避難所で暮らしていて‥‥ 何もやることがなかった。 |
糸井 | そうでしたね。 |
西條 | そこで、重機の免許を 無料で取得してもらうプロジェクトを 立ち上げたら、 どんな物資よりも 「ビラを受け取った人」の目が いちばん輝いたんです。 |
糸井 | ああ‥‥。 |
西條 | プロジェクトには、申し込みが殺到しました。 被災地から逃げずに、誇りを持って、 自分の手で 自分たちの町を復興させるんだという希望を 持ってもらうことができたからかなと 思うんですね。 |
糸井 | それは、大きいですよね。 |
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西條 | ミシンプロジェクトのときに思ったのも、 「大量生産・効率追求」の 市場主義的なパラダイムに乗ってしまったら ぜったい勝てない、ということ。 |
糸井 | 勝てないし、そのパラダイムに乗ったところで 心から幸せというふうには、ならなさそうだし。 |
西條 | そうそう、そうなんです。 |
糸井 | つまり、どういったプロジェクトであれ、 「誇り」を持つことのできる、 誰かの目を輝やかせるものでありたい‥‥と。 |
西條 | やはりいま、あらためて感じるのは、 「人間」にとって 「仕事」というものがいかに大切か、なんです。 |
糸井 | うん、うん。 |
西條 | 「心の支援」が大事と言われてますし、 それはその通りなんですが、 仕事がなければ不安にもなるし、心がすさみます。 |
糸井 | そうですよね。 |
西條 | DVなどの問題は 家庭生活が追いつめられたとき、起きやすい。 |
糸井 | ああ、なるほど。 |
西條 | もちろん、 子どもたちの「学習支援」も大事です。 たとえば、 勉強したくてもできない子どもたちのための 学習支援プロジェクト。 今は、ニッケンアカデミーさんの 映像教材と問題集を 無償提供し、 パソコンも貸与しますというかたちで 学習環境を整える支援も行っています。 |
糸井 | いいですね。 |
西條 | ただ、現地のサポートのスタッフが 足りていなかったり、 まだこれから体制を強化していく必要があるので、 関心のあるかたは フェイスブックのグループに入っていただけると ありがたいです。 |
糸井 | うん、うん。 |
西條 | とはいえ、 やはり「子」を育てるのは「親」なので。 雇用創出や就労支援によって、 親の状況を整えることは 子どもの根本的な支援につながるんです。 |
糸井 | ‥‥いま「本職の顔」に戻りましたね。 つまり「子ども」って もともと西條さんの研究対象ですものね。 |
西條 | はい。 じつは「母子間の抱っこの研究」で 博士号を取って 「抱っこの絵本」を出したりしています(笑)。 |
糸井 | そうそう、そうなんですよね。 |
西條 | 親がはたらいてる背中を見て子は育ちますし、 仕方ない部分もあるとはいえ、 はたらけるだけの技術や体力があるのに 失業保険があるからと働かないのでは、 子どもの誇りも、育ちにくいと思うんです。 |
糸井 | 東北の話をしていると、 期せずして 「誇り」って言葉が出てくるんですよね。 「誇り」とか、「尊厳」とか。 |
西條 | たぶんそれが、大事なことなんでしょうね。 家電プロジェクトのときも 被災地では「一方的に配る」スタイルは 取りませんでした。 |
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糸井 | つまり‥‥。 |
西條 | 「みなさん、手伝ってください」と。 |
糸井 | なるほど。 |
西條 | 直感的に「お客さん」に「サービス」するのは、 ちがうなと思って。 案の定、そう呼びかけると みなさん喜んで、家電を下ろしてくれるんです。 「ただもらうだけ」より、 ずうっと生き生きしているんですよ。 |
糸井 | うん、うん。 |
西條 | ミシンプロジェクトでも 1回目、受講してくださったかたに 2回目、「先生」になっていただいてるんです。 するとみなさん、受講生だったときより、 「先生」やってるときのほうが、生き生きして。 |
糸井 | 誰かの役に立てているから。 |
西條 | はい。 もらってばかりでは バランスが悪くなりますし。 誰かの役に立つ、頼りにされる‥‥というのは とても大切なことですから。 |
糸井 | つまり、「生徒が先生になる」やりかただと 「誇り」とか「自己尊厳」を 「リレー」していくことができるんだ。 |
西條 | だから、現地の人にやれることがあるなら どんどんやってもらうのが自然だし、 そうすることが、 本当の意味での「エンパワーメント」に つながると思うんです。 |
糸井 | ‥‥ぼくらが、まずは「2年間」と決めて 気仙沼に支社をつくったのも、 「どういうことを、いつまでやるのか」が わかんなくなるのが、嫌だったから。 |
西條 | なるほど。 |
糸井 | はじめに「2年間」と決めておけば、 「もう少し、いさせてもらおうか」 というのも、 「もうやることないけど、あと3ヶ月かぁ」 というのも、 どっちもありだな、と思ったんです。 |
西條 | うん、うん。 |
糸井 | 以前、MIT(マサチューセッツ工科大学)に行ったとき、 「義足」の研究をしてる人がいたんですね。 |
西條 | ええ‥‥義足。 |
糸井 | そう、博士課程に在籍している人だったんですが、 片足を失った教授が その人の指導教官であり「実験台」だったんです。 |
西條 | へぇー‥‥。 |
糸井 | その教授にいろんな義足をつけてみるんですけど、 ふつうの人より 歩くのが速くなったりしてたのを見たんですよね。 |
西條 | ええ、ええ。 |
糸井 | ‥‥ぼくたちの「在りかた」についても 「義足」という発想で 考えられたらいいなぁと思ったんです。 |
西條 | ああ‥‥。 |
糸井 | 歩くのは、あなた。 でも、この「義足」をつけたら ちょっと速く歩けるようになるかもしれないし、 すこし遠くに行く気になるかもしれない。 |
西條 | うん、いいですね。 |
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糸井 | 2年経ったら 使えそうなものを残して帰って行くんだけど、 今度、こういう義足つくったんだよーって また遊びに行ったっていいし。 |
西條 | なるほど‥‥被災地の「義足論」。 |
糸井 | そんなふうに捉えたらいいなじゃないかって。 |