窓を閉め、なにも考えないようにして布団に戻っても、
とらえどころなく涌きあがるその感覚は
部屋だけでなく私のなかにも移り、
私は全身で煙を払うみたいに、
右へ、左へ、際限なく寝返りをうつ。
と、足の裏に激痛が走る。
こむらがえりだ!

無意識のうち、全身が反りかえる。
鉄棒のような張りが足から全身をつらぬいている。
私はなにもできず、息をひそめ、
横に座って見ているみたいに
張りが過ぎ去るのを待ち望むしかない。

夜のこむらがえりは十代のころまで
月に幾度となくやってきた。
中学一年、夏休みの夜のこむらがえりでは、
全身を突っ張らせているあいだ、
布団のまわりを何十もの黒い人が
お経を唱えながら歩く足音をきいた。
女子高に入りたてのある晩、
台所の廊下からカツカツ、カツカツ、と
鋭いものが弾く音が聞こえ、
仰向けに横たわりながら私にはそれが、
たくさんの手首から先だけが廊下に転がり、
ピアニストの手みたいな動きで爪で
カツカツ、カツカツと
床をかき鳴らしているのだとわかっていた。

こむらがえりはのたくる。
私のからだに抗いようもなく入りこんで、
ずるずると這い進み、
そうして気がつけば通り抜けている闇の生き物のようだ。
あのふしあなからさっき、這い出てきたのかもしれない、
そんな風に思いながら、
私は、それまであまりしなかったことをする。
こむらがえりをからだに入れたまんま
押し入れのほうを向いて、
なんだか安心した感じでいつの間にか寝入ってしまう。

光る物を転がすみたいな電子音で目がさめ、
洗面台に向かうとなんだか身が軽い。
押し入れを振り返り、
もちろん気にはなったけどしめたままで、
朝食のパンとヨーグルトを胃に収めると、
自然にスー、スー、と奥へ吸いこまれていく感触が残る。
ゆうべのこむらがえりは、私のなかを通るとき、
他の余計なひっかかりも全部、
一緒にこそぎとっていってくれたんじゃないか。

つづく
文・絵:いしいしんじ プロデュース:糸井重里 須貝利恵子(新潮社)
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