さっき駐車場の前を通ったとき、
アパートの外壁には、やはり、
というより当たり前だけど、
鳩小屋や、箱みたいな構造物が、
外工事で取り付けられてる、
なんてことはまったくなかった。
壁は壁、鉄筋に沿って
灰色のコンクリートブロックを積み上げた、
どこにでもいる横分け頭の会社員みたいな
アパートの外壁だ。

本を机の上に戻し、押し入れの戸を引き開ける。
衣装ケースふたつを全て外へ出し、覗きこむと、
はじめは曖昧でわからなかったけど、
合板っぽい縦羽目板の中央あたり、
ほの明るい光がこちらへ漏れだしている。
見た瞬間からだの芯が、ヒクン、と跳ねる。
こむらがえりのこだまかもしれない。
私は四つんばいになって這い進み、一度深く息を吸い、
両目をぱちぱちとさせ利き目を確かめ、
薄い光の漏れるふしあなに当てた。

明るい部屋。ちゃぶだいは消えている。
家具という家具がなんにもないがらんどうの場所なのに、
暖色を帯びた灯りのせいか、無機的な印象はうけない。
ゆうべよりまだ人がいるって感じがするくらい。
サッ、と突然真っ暗になる。
しばらく経ち、また明るみをとりもどした部屋は、
午後の池みたいに光がゆったり波打ってる。
電球や蛍光灯でなく、
どこが切れ目かわからない床や壁一面、
あるいは空間そのものがうねりつつ、
やわらかな光を全体に拡げてるといった風で、
そこがまた唐突に暗くなり、
しばらく経つと明るい場所に戻る。

単調ではあるけれど、
暗くなったり明るくなったりのそのリズムに目が慣れ、
からだがヒクン、ヒクン、とまた跳ね出したとき、
私は自分が見てるものが、
たったいままで思いこんでたものと、
まったくかけはなれてることにようやっと気づく。

つづく
文・絵:いしいしんじ プロデュース:糸井重里 須貝利恵子(新潮社)
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