こちらから覗けるのなら、
当然むこうからも覗けるわけだ。
それは盆栽のときにわかってたつもりなんだけど、
私が覗いた瞬間にちょうど合わせて
ドミノが倒れだしたのは、
私がふしあなに目を当てていないとき、
ひょっとして、ずっと向こうから伺ってでもいるのか。
あるいは「私がふしあなを覗いたから」、
その瞬間、ドミノが倒れはじめたのか。
「私が覗くこと」と「ドミノ倒し」は、
私には想像もできないしかたで、
ふしあな越しにつながりあっているのだろうか。

月曜、火曜、立ち仕事がつづく。
母、義妹とは何度か電話で話す。
小学校の、焼却炉を見つめていた生徒たちの
幾人かが親につきそわれ、
目をガーゼで覆ってやってくる。
目を瞑っても暗くならない、
夜ぜんぜん寝られない、
流れ星みたいなのがびゅんびゅん走る、
その音まで耳のそばで聞こえる、等々。
そのうちにひとり、
つきそいのいない男の子がいた。
ガーゼで目を覆ったり、
泣きべそをかいたりもしていない。
私は名前を呼び、
白いリノリウムの上を歩いてくる彼の目を見つめ、
椅子に座るよう促す。
正面に座り覗きこむ。
訊ねると、男の子は目を動かさず、こたえる、
「どこ見ても、黒い穴があいてる」。
学校でも家でも、誰かの顔を見あげても、
視野の真ん中あたりにひとつ、
直径三センチほどの黒い小穴が、口を開けている。
私は息をのみながら、訊ねる。
煙騒動の日からそうなったの。
正面をむいたまま男の子はこたえる。
「前からときどきそういうことあったけど、
 あの日から、急になんかずっと消えなくなって」。
お父さんは? 「仕事」。
お母さんは? 「いない」。

私の両腕は男の子を抱きすくめそうになる。
けれども、そんなことしたら、
小穴が一瞬にして無限大に広がって、
彼の世界全体を吸いこんでしまいかねないことも、
経験上知っている。

つづく
文・絵:いしいしんじ プロデュース:糸井重里 須貝利恵子(新潮社)
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