なかは暖かかった。
板壁に開いているとは思えないほど木肌はやわらかく、
うねり、波打ち、薄桃色に輝いて、
私のからだを前から後ろから包み込む。
ゆっくりと運ばれていくのを、私は全身で感じていた。
ちょっぴり怖かった。
薄桃色の壁は生き物のようにたえまなく揺れ動き、
私をふしあなの先へ先へ、光が散乱し、
何か感じたことのない風が吹き寄せてくるほうへと、
丁寧に運んでくれているのがわかった。
むこうでふしあながやわらかく割れた。
光の雨を浴びている、と思った。
それはまた私のからだから発している光でもある。
ふしあなに見送られて真新しい場所に出る。
私は真っ裸で寒く、やはり真新しいピンク色で、
まるでうらがえしになったふしあなみたいだ。

目まぐるしく光がまわり、
私は、ヒクン、ヒクン、とからだを波打たせる。
すぐそばで嬉しげに揺れているのが、
三十数年前のなつかしい猫くちびるか、
たえずささやきかける鼻音まじりの声なのか、
乱反射する光がまぶしくてはっきりとはわからない。
笑うつもりで、全身が泣き声になって部屋に響く。
いち、に、さん、し、ご、ろく、しち、はち、
そして九番目のからだの穴に、ぷうと空気が入りこむ。
最後に、私の腹から暖かい闇へつづく、
細長い管が鋭いもので断ち切られ、
今日まで意識したことなかったけれど、
それが私にとって、十番目に開いた穴になった。

つづく
文・絵:いしいしんじ プロデュース:糸井重里 須貝利恵子(新潮社)
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