村口和孝 むらぐちかずたか
実業家。慶應義塾大学大学院経営管理研究科講師。
1998年に立ち上げた個人型ベンチャーキャピタルの
日本テクノロジーベンチャーパートナーズ代表。
投資成功例としてDeNAが知られる。
慶應義塾大学経済学部卒業。
「ふるさと納税」制度の提唱者としても知られる。
著書に『私は、こんな人になら、金を出す』。
ベンチャーキャピタルについて
学ぶためにシリコンバレーを訪れたとき、
「ベンチャーキャピタリストになるために何が必要か」と尋ねて、
君は何をしてきたのかと逆に聞かれ、
「シェイクスピア劇を演出した」と答えると、
「シェイクスピアの演出という経験こそが、
ベンチャーキャピタリストになるために必要な素養である」と
太鼓判を押された経験を持つ。1958年生まれ。
藤野英人 ふじのひでと
投資家。レオス・キャピタルワークス株式会社
代表取締役社長・最高投資責任者。国内外の資産運用会社で
ファンドマネージャーとして活躍した後、
2003年レオス・キャピタルワークスを創業。
中小型・成長株の運用経験が長く、
ファンドマネージャーとして豊富なキャリアを持つ。
明治大学商学部の講師も長年務めている。
『投資家が「お金」よりも大切にしていること』
『投資レジェンドが教えるヤバい会社』
『いい会社を見極める 株式投資入門』など著書多数。
1966年生まれ。
- 河野
- ここから、初回の講座でとりあげる
シェイクスピアの話をしたいと思います。
きょうは大学の英文学の先生ではなく、
ビジネスの世界の方をお招きしました。
といっても、これからのビジネスマンは
社会人のたしなみとして、
シェイクスピアのような教養を身につけなければ、
という話をするためではありません。実は、
私たちが最初にシェイクスピアをやろうと思ったのは、
このおふたりの存在が大きかったからなのです。
ある意味で、背中を押してくださいました。
- 糸井
- 学校を始めるとき、シェイクスピアを選んだのは、
テーマとして広がりがありそうだと
思ったからなんですけど、
きっかけは藤野さんと話したことでした。
藤野さん自身、
ピアノを弾いたり文学少年でもあったんですよね。
図書館の本をぜんぶ読んじゃうような。
- 藤野
- ええ。
- 糸井
- その藤野さんが、村口さんの話をしてくれた。
村口さん、シリコンバレーに行ったときのことを、
聞かせていただけますか?
- 村口
- 学生のとき、ベンチャーキャピタリストになろうと思って、
シリコンバレーに行きました。
そこで、キャピタリストに聞いたんです。
「キャピタリストになるには何をすればいいですか?
ぼくは学生時代シェイクスピア劇しか
やってないのですが」と。
すると、「大事なのは、ヒューマンアンダースタンディング。
MBAをとるよりも人間理解こそが大事なんだ。
シェイクスピア劇を演出してきたなら、
それでいい。That's it!」
そう、言われたわけです。
- 糸井
- 手品みたいに思えますよね、一瞬。
たとえば野球部の人が野球しかしてこなかった。
自分としてはそれしかしてこなかったのに、
「それでいいんだ」と言われた。
- 村口
- そうです。「それだ!」と。
実際やってみると、何もないところから会社を興して
企業を育てていく人に投資して、応援していくのは、
シェイクスピア劇を演出して、
芝居を世に出すのと同じだな、と思います。
ゼロから人生の1ページがはじまっていく。
同じじゃないかと勘違いした‥‥というか思い込んだ。
- 藤野
- そもそも、どうして村口さんの話になったかを
少しお話しましょう。
糸井さんと話しているとき、
ほぼ日の社員は、社員じゃなくて「乗組員」という。
そこから、「船は投資と関係あるんですよ」
という話になった。
- 糸井
- そうそう、そうでした。
- 藤野
- シェイクスピアが『ヴェニスの商人』を書いたのは大航海時代。
船でヨーロッパからインドなどに行って、
取引で大金持ちになる人がいる一方、
かなりの確率で船は沈んだ。板一枚、甲板の下は地獄です。
だから船に乗ってる人は互いに命を預ける運命共同体。
会社の役員のことを英語でボードメンバーといいますが、
ボードとは板、板の上に乗っている人、
つまり同じ船に乗ってる人のことですよね。
- 糸井
- 板は「舞台」のことでもありますね。
- 藤野
- はい。ボードメンバーは乗組員でもあり役員でもある。
会社経営と船と舞台は、つながった世界だと思います。
- 糸井
- 藤野さんご自身、シェイクスピア的な何かが、
いまの自分の元になっているという
実感はありますか?
- 藤野
- シェイクスピアは大好きで、
子どものころに全作品を3回転くらい読みました。
たとえば『リチャード3世』には
人間の醜い心だけでなく、
美しい心や人を愛する気持ちが描かれている。
村口さんが、投資は人間に対する理解だと言ったように、
自分の投資に何が役立っているかというと、
経済や投資の知識はもちろんあるけれど、
シェイクスピア作品など
読んできた本にある人間に対する理解が、
自分の力になっているとすごく思うんです。
- 糸井
- 人間に対する理解というのは広い話ですが、
いま、ともすると、「いいもの」と「悪いもの」、
「賛成」か「反対」か、みたいにふたつに分けて
どっちなんだと問い詰めるようなことが
増えていますよね。
- 藤野
- そこは重要なポイントだと思うんですが、
割り切れない、というのを知ることが
大切だと思うんです。
- 河野
- シェイクスピア以前のお芝居は、
役柄そのものが、「善」とか「悪」とかに、
割りふられていた。
- 藤野
- いい会社・悪い会社というのを選別するのが
ぼくの仕事なんだけれど、
ひとつひとつの会社をよく見ると、
100%いい会社で悪いところがゼロという会社はない。
逆もまたしかりで、みんな、どっちもある。
ごちゃごちゃしたものである、
という理解をすることが重要なんです。
シェイクスピア作品にはいつも葛藤がある。
それがビジネスでも役に立つと思います。
- 糸井
- ものの考え方が同じ、ということでしょうか。
村口さんはどうですか?
- 村口
- ぼくはもう、未来にしか関心がない。
いまこの瞬間から未来だけ。
人間は未来をすばらしくする努力しかできないから。
- 糸井
- 聞いてて、気持ちいいくらいですね。
- 村口
- 未来の重要な点は「わからないこと」です。
コントロールできる範囲も、ものすごく狭い。
瞬間瞬間が過ぎ去って、刻一刻、歴史を刻んでいる。
シェイクスピア劇でいえば1幕1場の最初から、
5幕2場とかの最後まで、
さまざまに分岐しながら進んでいく。
- 河野
- はい。
- 村口
- 現実の世界も同じで、
ビッグデータを集めて人工知能で分析したり、
モデルを作ることはできます。
ある程度、モデルでわかることはあるけれど、
結局、意思決定をして判断して選択して対応して
前に進んでいくのは生きている人間です。
デジタル化すればするほど、
北朝鮮情勢や為替市場、仮想通貨の未来など、
わからなくなってくるわけです。
- 糸井
- そうですね。
- 村口
- シェイクスピアの芝居では、お互いわからないから、
コミュニケーションしながら必死でわかろうとする。
でも、わからない。
ロミオとジュリエットだって、
最初ロミオはロザラインという人に恋をしていた。
ところがジュリエットに会ったら急に恋に落ちて、
あれこれあって4日後には2人で死んでしまう。
金曜日の今日、ここで会った人が、
月曜日にどこかで死んじゃう、そういう話なわけです。
- 一同
- おおおおおおお。
- 村口
- そういうものの70億人の合計が人類の歴史。
それを読むのが投資家ですけれど、
来年の相場がどうなるかなんてわかりませんよね。
- 藤野
- わからないんだけれど、
村口さんがすごいなと思うのは、
ベンチャーキャピタリスト生活35年のなかで、
誰もそれが伸びると思わなかった分野に、
投資していることなんです。
たとえば、老人介護が必要になることが
まだ認知されていなかった‥‥
- 村口
- 1991年。バブルがはじける前でした。
- 藤野
- そんなときに老人介護の分野に投資している。
それから、「これからオタクの時代だ」と、
オタクの会社に投資したのが‥‥。
- 村口
- 1995年ですね。
- 糸井
- なんですか?
オタクの会社って。
- 村口
- いまは上場している会社ですけど、
当時は、コスプレのパーティと同人誌の印刷を
マンションの一室で夫婦がやってるような会社でした。
これはひょっとしたら来るかもしれない、と思って。
- 糸井
- それは、どういう感覚なんでしょう。
彼らの会社や事業で上昇気流の物語を作れるな、
という作家的な気持ちですか?
- 村口
- そうとも言えるかもしれませんが、
長期期には、こっちの方向に大きな風、
時代の風が吹くなあと思う、
その機会のど真ん中なのに、
なぜか誰もやっていない。
それを発見する感じですかね。
- 糸井
- そういった視点は、
「いまの職業のための勉強」をしたんだったら
得られなかったという確信はありますか?
- 村口
- そりゃ、確信ありますね。
シェイクスピア劇をやっていた当時、
まさかこんな仕事をするようになるとは、
まったく思っていませんでしたから。
- 河野
- 芝居で食おうと思っていた人が、
実業の世界で活躍しているんですからねえ。
- 村口
- 芝居で食えると思っていたんですよ、学生時代は。
ほんとに大間違いでしたよ。田舎の人間ですから。
- 糸井
- どこですか?
- 村口
- 徳島県海部郡海陽町大里字‥‥
住所録に書ききれない長さ。海辺の町です。
「テンペスト」を演出したときなんて、
1幕1場、いきなり嵐ですよ。
そりゃあ、まかしてください。
本物の嵐を見てますから(笑)。
役者が演じると、
「きみら、これが嵐? ちがうでしょー」と。
- 河野
- リアリズムですね。
- 村口
- シェイクスピアはリアルなんです。
なんだ、単にリアルに書いてあるだけじゃないか。
そう思いましたね。
- 糸井
- 情報が少ない時代の人間の心は想像するしかない。
田舎で過ごしたとか、没頭して古典を学んだ人の心には
余計なノイズが少ない分、遠くまで走れそうですよね。
- 村口
- ええ。でも、東京にいても
感じることはいっぱいあると思うんです。
その感じたものを、パンっと出せる舞台が、
もっとあってもいいですよね。
たとえば今日1日の相場の動きを
夕方には1分くらいの劇にするとか。
- 糸井
- 瓦版的発想の劇ですね。
八百屋お七の事件が歌舞伎になるように。
- 村口
- そうです。
シェイクスピアも同じで、
テームズ川のほとりで聞いた大航海の話などを
「それいいなあ」と組み合わせて、
あっという間に書いた。
- 藤野
- 私は、SNSのシェアに近かったと思うんです。
ベニスの商人も、噂話とか昔あった話を
3つくらい組み合わせて作っている。
誰かが語った内容を、
シェアしているようなところがあるんです。
- 一同
- ほぉ。
- 藤野
- すべての文学とか芸術がそうだと思うけれど、
何かをまねて、まねたものに自分の解釈を少し加えて
世の中に提出している。
だからSNSも古典の文脈と変わらないと思うんです。
シェイクスピアとフェイスブックはつながっている。
- 糸井
- 現実につながった話ができるんですね。
- 河野
- 古典そのものが、読んでおもしろいのはもちろんですが、
同時に、今の感覚で古典を咀嚼したら、
いろんなヒントが得られることがわかりました。
現在と地続きの部分がけっこうあるということが、
お話からよく伝わってきました。
村口さんには『ヴェニスの商人』の講義を
お願いしていますが、「ほぼ日の学校」では、
そうした古典の読み直しを大いに
やっていきたいと思います。
どうもありがとうございました。
(終わり)
2018-2-1-THU
このイベントの編集映像は、
春にスタートする「ほぼ日の学校」
オンラインクラスのひとつとして、
ご覧いただけるようにする予定です。