第5回 情熱を動機にして
糸井 でも、今までの鉄道模型のお話って、
今日、ぼくが原さんと話したかったテーマに
けっこう重なるところがあるんです。
そうですか。
糸井 原さんの鉄道模型って、
オーストリアに1人、スイスに1人、
イタリアに1人‥‥という単位の職人さんが
作っているわけですよね。
ええ。
糸井 ぼくは今、そのあたりのことに、
すごく興味がある。

つまり、
「少ない人数でやる」ということと、
「小さい規模でつくる」ということ。
ほう‥‥。
糸井 たったひとつの価値を作り出したとしたら、
それは「芸術」ですよね。

同じものを100個作ったら「作品」くらいになる。
1000個作ったら、まあ「大事なもの」くらい?

でも、テクノロジーが発達して
モノを大量生産できるようになっていったら、
みんな、そっちへ向かっていった。
おもしろくも何ともないよね。
糸井 そう、そうなんです。おもしろくない。

ですから‥‥とつぜん本筋に切り込みますけど、
原さん、焼き海苔はお好きですか?
焼き海苔? ええ、まぁ(笑)。
糸井 最近、「ほぼ日」で「30枚で4500円」の
「海大臣」という海苔を、販売したんです。
ええ。
糸井 ご存知かどうか、わかりませんけれども、
そういう種類の海苔って、
買う人がいないと、作ることができない。

逆に言うと、高級海苔の代金を出してくれる
「具体的なだれか」がいるから
海苔屋さんも作れる、という需給の関係です。
なるほど。
糸井 しかも、自然相手の商売ですから、
毎年毎年、同じクオリティのものが、
同じ量だけ作れる保証はない。

ようするに、
「できるかどうか、わかんないですけど、
 できるだけ、がんばります」
「じゃ、待ってるよ」という仕事なんですよ。
うん、うん。
糸井 この関係を「商売」として成り立たせることって、
今まで、
きちんと考えられてこなかったと思うんです。

少なくとも、ぼくは考えてこなかったし、
世のなかでも
「高いにしても、数じたいが少ないし、
 あんまり儲からないだろう」って理由で
おしまいになっていた。
そうですね。
糸井 だから、そのあたりのところを
どう考えたらいいのか、
原さんのご意見を伺ってみたかったんです。

だって、鉄道模型の技術者が
「オーストリアに1人、スイスに1人、
 イタリアに1人」‥‥って原さんが言うとき、
その3人の職人さんは
「食べていける」ってことじゃないですか。
そういう仕事を
ビジネスの文脈で「どう考えるか」は
たしかに興味深いですよね。

でも、それに対しての答えには
やっぱり、文化の問題が関わってくると思う。
糸井 こう言ったら、何なんですけれど、
たぶんそのへんが、
原さんの「おもしろい」ところなんですよね。

つまり、ベンチャーキャピタリストという
現代を象徴するような職業なのに、
ビジネス的な用語の前に、
好奇心というか、興味というか‥‥
文化的なことばが出てくるんですよね、常に。
わたしの父は、
鉄道模型に時間もお金もエネルギーも、
すべて、注いできたんです。
糸井 ええ、しかもどれも、膨大な(笑)。
鉄道模型って、興味のない人からすると
財産的に無価値な「オモチャ」ですから、
「同じ投資をするなら、こんな機関車の代わりに
 絵でも集めてたらよかったのに」なんて、
よくね、言われるんですよ。
糸井 儲かったのに‥‥ってことですよね。
でもね、やっぱり、そういうことじゃない。

鉄道模型に対する父の姿からは
「好きなことを徹底的にやること」の大切さを
学ぶことができたと思ってるんです。

そういう経験からすると、
ここをショートカットすれば最短距離だとか、
こうしたら、簡単に儲かるなんて考えかたで
仕事をやっても‥‥
あんまり、いいことはないだろうなって思う。
糸井 そう思いますか。
だから、ベンチャーキャピタリストとして
「会社をつくる」という仕事も、
「お金儲けの手段」として取り組んだことは
いちどもないんですよ、ほんとに。
糸井 ほう。
きれいごとを言っているわけではなくて、
それよりも、
わたしが「あったらいいな」と思う技術を
実現させたい。

そして、そういう情熱で取り組んだほうが、
結果として、
ビジネス的にも、うまくいくんですよね。
糸井 情熱を動機にしてるんですね。
そう、それが大切だなって、思ってます。

‥‥むかしはね、旧国鉄であれ、私鉄であれ、
鉄道会社の社屋には、
鉄道模型を展示するスペースがあったんですよ。
糸井 ええ。
ところが、だんだん顧みられなくなって、
今じゃあ、ほとんど「倉庫の肥やし」。
糸井 うん。
鉄道模型のような文化的なもの、
言いかえれば
儲からないもの、お金を生み出さないものは
見向きもされなくなってゆく。
糸井 うちの海苔の構造とも通じますね。
鉄道模型に関して言うなら、
わたしは、お金にならない「文化」を残したい。

ものすごく、時間もお金もかかるんだけれども
財産的に無価値かもしれないもの。

それが「鉄道模型」という文化ですけれど、
でもね、そんなところにこそ、
文化の「本物」があると思っているんです。
糸井 うん、うん。
糸井さんの海苔にも通じるかもしれませんね。
糸井 なるほど‥‥。

海苔が「おいしい」というのも、
ひとつの「文化」ですからね。
そうですよね。
糸井 だから、ぜんぶで650個のリベットを
1個1個打つんだって話も、
なんだか、うらやましく聞いてました。

だって、本物の文化の話じゃないですか。
うん。
糸井 そう思うと、ぼくにとっての海苔というのは、
原さんにとっての「鉄道模型」というか、
「身体が要求している何か」なんでしょうね。
<続きます!>

2008-07-30-WED


(C)HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN