第3回 40代で、本を捨てた。

糸井
素人であること、不器用であることが
「イノベーション」には重要なんだという
お話の流れからすると、
出口さんのように
保険の業界を知り尽くした人が
新しい保険の会社を立ち上げるってときには、
それまでの知識なり経験なりを
いったん捨てないとダメだということですか?
出口
ある意味では、そうかもしれませんね。

ぼく、日本生命を辞めるときに、
生命保険入門』という「遺書」を書きまして、
それで「死んだ」気になっちゃったので、
それまで集めた文献や資料は、
ぜんぶ、会社の後輩にあげてしまったんです。

つまり、生命保険に関するものは
きれいさっぱり、自分の周囲からなくなって。
糸井
つまり、リセットボタンを押したと。 
出口
ところが、ライフネット生命をつくるときに
困っちゃったんですよ。

たとえば「商品の約款」からして手元にない。
糸井
あげちゃったから(笑)。
出口
仕方なく、近所の郵便局へ行って
「保険商品の約款をください」と。
糸井
おもしろいです(笑)。
出口
でも「入らないとあげない」と言われたので
保険業界の友人に電話をして
「ごめん、約款を送ってくれないか」とか、
そういうところから、はじめました。

もういちど、ゼロから積み上げたんです。
糸井
つまり、文字どおり「捨てた」んですね。
心の話じゃなく、具体的に(笑)。
出口
ぼく、本が大好きなんですけど‥‥。
糸井
ええ、存じ上げています(笑)。
出口
狭い社宅に住んでいたとき、
階段の上のほうにまで積み重ねていた本が
落ちてきたんですよ。

どうして、自分の家のなかで
こんな危ない目に遭わなければならないのか。
よくよく考えたら、
「本が、いっぱいあるからだ」と。
糸井
「そうか!」と(笑)。
出口
そのとき、ロンドン勤務の内辞が出たので
「いいタイミングだ」と思って、
持っていた本、ぜんぶ売っちゃったんです。
糸井
ぼくも、ひと部屋にあった本をぜんぶ、
捨てたことがあります。

何だろう、あの爽快感みたいなものは。
出口
でも、やっぱり人間ができてないんで‥‥。
糸井
また「やっちゃう」んですよね。
出口
そう、やっぱりあれだけは‥‥と思う本を
古本屋で買い直したりして。

そうしたら、2割ぐらい高くなっていて、
悲しかったりして‥‥。
糸井
ちなみに、それでも売らなかった本って、
何かありましたか?
出口
シェークスピアと『よりぬきサザエさん』と
『いじわるばあさん』ですかね。
糸井
すごい! とくにうしろの2冊(笑)。
出口
『よりぬきサザエさん』と
『いじわるばあさん』は
おもしろいですから、大好きなんですよ。
一同
(笑)
出口
シェークスピアについては、
演劇が好きで、
ロンドンへ行ったら「ぜんぶ観よう」って
決めていたので。

演劇を観る前に読み返したほうが
わかりやすいと思ったんです、内容が。
糸井
それ、何歳ぐらいのときですか?
出口
43歳か44歳くらい、ですかね。
糸井
まさしく「40代」のときの話ですね。

ぼくが43歳のときって
さかんに「釣り」ばっかりやってる時期で
「人生の後半戦に入った」
というイメージが強くあったんです。
出口
ええ。
糸井
出口さんがロンドンに赴任されたときって、
「人生を折りたたんだら
 ここらへんで、真んなかくらいだなあ」
という意識はありましたか。
出口
それは、あったと思います。

ただ、海外勤務ははじめてだったので
怠け者なりに
「ちょっとは、がんばらなアカンなあ」
という気持ちが強かったです。
糸井
うれしいという気持ちですか?
出口
そうですね、それはありましたね。

もちろん緊張感もありましたけど、
6割7割は
海外に暮らすというワクワクした気持ち。
糸井
なるほど。
出口
しかも、ロンドンでは
現地法人の「トップ」だったので‥‥。
糸井
「演劇見放題」じゃないですか(笑)。
一同
(笑)
出口
ええ(笑)、芝居もオペラも見放題なら
どんなに楽しいだろうって、
ワクワク感のほうが強かった気がします。
<つづきます>
2015-02-25-WED

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この連載のタイトルにも
「何でもできる50歳」とありますが、
本書の副題には
「『無敵の50代』になるための仕事と人生の基本」
とつけられています。
目次からいくつか拾ってみると
「50代ほど起業に向いた年齢はない」
「40代になったら得意分野を捨てる」
「仕事は楽しさで決まる」
‥‥などなど、
今回の対談で話されていることが
いっそう深く、詳しく語られています。
いま40代の人も、これから40代になる人も
「50歳は人生の真ん中」という
出口さんの言葉に希望を感じ、
同時に、やる気を掻き立てられるはず。
本連載を「副音声」のようにして読んだら
いっそう、おもしろいと思います。

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