2019年3月1日。
期せずしてちょっと特別な日に、
写真家の幡野広志さんにとって
はじめてとなる写真集が
ほぼ日から発売されることになりました。
しずかな海辺に佇む、
かつて生きていた建造物たちを捉えた
「海上遺跡」。
狩猟を通じて、生きることの意味を問う
「いただきます、ごちそうさま。」。
そして息子・優くんとの日々を記録した
「優しい写真」。
幡野さんの代表作ともいえる三作を、
年代順に収録しました。
タイトルは、『写真集』。
今回この『写真集』という名の写真集の発売を前に、
幡野広志さんが糸井重里と対談しました。
写真とはなにか、被写体とはなにか、
表現するとは、そして生きるとはどういうことか。
おふたりが写真を正面から語る、めずらしい機会。
構成はぼく、ライターの
古賀史健が担当しました。
どうぞおたのしみください。
(c) Hiroshi Hatano
- 糸井
- (写真集の出力紙をめくりながら)
いいよねえ。
これ、いつ発売になるんだっけ?
- ――
- TOBICHIでの先行発売が2月23日で、
一般発売は3月1日です。
- 幡野
- えっ!? その日、ぼく、誕生日です。
- 糸井
- 3月1日?
偶然ですか。合わせたんじゃなく?
- 幡野
- ぜんぜん偶然、偶然です。
ぼく、言ってなかったですよね?
- ――
- いま知りました(笑)。
- 糸井
- へえー。それ、あれだよね。
誕生日に合わせて発売したと思われたら、
ちょっと癪だよね(笑)。
- 幡野
- なんか、いやらしいですよね。
黙っていようかな(笑)。
- 糸井
- いやあ、すばらしい。
原稿の導入にぴったりの話じゃない(笑)。
おいくつになられるんですか、誕生日。
- 幡野
- 36歳になります。
糸井さんからすると、若いですよね。
- 糸井
- 若いですねえ。
- 幡野
- でも、糸井さんは36歳のとき、
自分は若いと思えていましたか?
- 糸井
- 思っていました。
ずっと青二才感がありました。
- 幡野
- もうずいぶん大人というか、
活躍されていたと思うんですけど、
じぶんの意識は違ったんですね。
- 糸井
- うん。そりゃ36歳にもなれば、
自分が投げた球の、球速だとかキレだとか、
そういうことはわかるじゃないですか。
つまり作品の出来も、
自分で判断できるじゃないですか。
そうじゃないと、仕事なんてできないし。
- 幡野
- ええ、そうですよね。
- 糸井
- でも、勝利投手はまた別ですよね。
球が速いからといって勝てるわけでもなく、
球種が多いからといって勝てるわけでもなく、
つよさはどこか、別のものですから。
- 幡野
- 勝ち負けかあ。うーん。
- 糸井
- たとえば幡野さんにしても、
いろんな写真家さんと並べてみたときに、
じぶんがどれくらいの階級で、
どういうボクシングができているのか、
わかっていると思うんです。
- 幡野
- はい、わかりますね。
- 糸井
- チャンピオンではないわけだし、
自信をもってる部分も、当然あるだろうし。
でも、こうやって写真集を出すことになって、
それがどこまで届くかというのは・・・・。
- 幡野
- ・・・・わからない!
ほんっとわからないです(笑)。
不安ですもん、だいぶ不安ですもん。
- 糸井
- ほらほら、いいな、こういうセリフ(笑)。
いま、どういう不安がありますか。
ぼくでよければ、聞きますよ。
- 幡野
- やっぱり、
「ひとんちの子どもの写真なんて、
誰が見てくれるんだろう?」
っていうのは、いまだに思いますから。
- 糸井
- そうですね、年賀状の家族写真は、
送るひとがいちばんよろこんでいるわけだしね。
- 幡野
- 今回の写真集でいうと、
最初の「海上遺跡」だったら、
見てくれるひとがいるのはわかるんですよ。
第三者の目を意識して撮った写真なので。
(c) Hiroshi Hatano
- 糸井
- うん、ちゃんと「表現」をしていますよね。
- 幡野
- でも、息子の写真はプライベートだから、
じぶんでは判断がむずかしくて。
- 糸井
- これはねえ、
すごくおもしろいテーマですよ。
「ひとんちの子どもの写真を、
よそのひとは見てくれるのか」。
大問題だと言ってもいい話だと思う。
つまり、ぼくらが写真を見るときって、
そこに写されたものを
見ているわけじゃないんですよね。
たとえば幡野さんが、
バラの花を撮ったとしますよね。
それでお客さんたちが
バラを見ているかというと、そうじゃない。
「バラを見ている幡野さんの目」を
借りているわけです。
- 幡野
- そうですね、そうですね。
- 糸井
- そして目っていうのも、
ただのレンズじゃないですか。
幡野さんの目を借りるということは、
レンズの奥にある脳みそを、
つまり「こころ」を読んでいるわけです。
幡野さんはなにを感じたんだろう、って。
- 幡野
- はい。
- 糸井
- だとしたら、写っているものは、
バラでも空でも犬でも子どもでも、
なんだってかまわないんですよ。
ぼくらは、こころを読んでいるんだし、
被写体との「関係」を見て、
たのしんでいるわけだから。
- 幡野
- なるほど。
- 糸井
- つまり「ひとんちの子どもの写真」は、
作品として「あり」なんですよね。
- 幡野
- うーん。いま考えてみて、
アラーキー(荒木経惟)さんの写真なんかは、
たしかにそうなっていますよね。
ぼく、いちばん好きな写真家なんですけど。
- 糸井
- とてもよくわかります。
- 幡野
- 荒木さんって、
一枚一枚の写真ももちろんすごいんだけど、
やっぱり見る側は、
「このとき、荒木さんはなにを感じていたか」
を味わっている気がします。
- 糸井
- うんうん。
- 幡野
- 何年か前に愛知県の豊田市美術館で、
荒木さんの大写真展が開かれていたんです。
デビュー作の「さっちんとマー坊」から
現在の作品までを網羅した写真展が。
それで、並べてみるとやっぱり
初期の作品には硬さや青さや甘さがあって、
奥さまとの別れ、チロ(猫)との別れ、
あとは震災もおおきかったなあ、
いろんな悲しみを経るごとに、
作品のレベルが急上昇していくんですよね。
そこはぼく、ほんとうに感動して。
- 糸井
- 荒木さんのレンズの、
その奥にあるものの話ですからね。
- 幡野
- それで思うのは、
今回ぼくの写真集に入っている
「海上遺跡」というシリーズは、
ちょっと肩に力が入っているんです。
やってやるぞ、という感じが伝わってくる。
- 糸井
- 完成に近づけようとしていますよね。
- 幡野
- そうですね、
完成形をめざしていますよね。
それはそれでひとつの表現方法なんだけど、
やっぱりちょっと若いんです。
いや、いまもまだ若いから、なんだろう(笑)、
青いんです、すごく青いんです。
もっと、力を抜いてもよかった。
- 糸井
- それはさあ、
若いピッチャーは、球速に頼るものだよ。
速い球くらいしか、
すがるよすががないんだもん。
- 幡野
- そうなんです。
技術にしか自信がないから、
技術を極める写真に持っていくしかなかったんです。
だから今回の写真集で、
過去10年のじぶんを振り返ってみたときに、
ちゃんと成長できていることがわかって、
それはほんとうにうれしかったですね。
力を抜けるって、成長ですから。
- 糸井
- その10年が凝縮されているわけだからねえ。
ぼくらはもっとおもしろいですよ。
(つづきます)
2019-02-20-WED
幡野広志さんのはじめての写真集
写真集
書名:写真集
著者:幡野広志
発行:ほぼ日
定価:本体2700円+税(配送手数料別)
ISBN:978-4-86501-379-5
発売日:3月1日(金)
※TOBICHI東京およびTOBICHI京都にて、
2月23日(土)から先行発売します。
※ほぼ日ブックスを取り扱っている全国の書店や
Amazonや楽天といった、
大手のネットサイトにも流通いたします。
取り扱い書店に関しては、
こちらからご確認ください。
余命3年とされる多発性骨髄腫、
血液ガンの一種であることを公表した写真家、
幡野広志さんのはじめての『写真集』です。
今日までの幡野さんの代表作である「海上遺跡」、
「いただきます、ごちそうさま。」、
「優しい写真」の三作品を収録しています。
ほぼ日ストア、TOBICHIの購入特典は
「小さい優くんの写真集」。
はじめての「写真集」、先行発売。
幡野広志
写真集の写真展。
2月23日(土)〜3月10日(日)
TOBICHI東京・京都 同時開催
(C) HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN