2019年3月1日。
期せずしてちょっと特別な日に、
写真家の幡野広志さんにとって
はじめてとなる写真集が
ほぼ日から発売されることになりました。
しずかな海辺に佇む、
かつて生きていた建造物たちを捉えた
「海上遺跡」。
狩猟を通じて、生きることの意味を問う
「いただきます、ごちそうさま。」。
そして息子・優くんとの日々を記録した
「優しい写真」。
幡野さんの代表作ともいえる三作を、
年代順に収録しました。
タイトルは、『写真集』。
今回この『写真集』という名の写真集の発売を前に、
幡野広志さんが糸井重里と対談しました。
写真とはなにか、被写体とはなにか、
表現するとは、そして生きるとはどういうことか。
おふたりが写真を正面から語る、めずらしい機会。
構成はぼく、ライターの
古賀史健が担当しました。
どうぞおたのしみください。
- 糸井
- 荒木(経惟)さんって、
なんでもない静物を撮ることが
あるじゃないですか。
- 幡野
- ありますね。
- 糸井
- あれもやっぱり、
写っている花瓶とか果物じゃない、
荒木さんの目のほうに
「ああ・・・・」ってなりますよね。
借りて見た、荒木さんの目の、その奥に。
- 幡野
- あれ、すごい表現ですよね。
- 糸井
- だから写真家って、
作品名よりも個人名で記憶されるんですよ。
アラーキーとか、ブレッソンとか、キャパとか。
- 幡野
- そうですね。
作家としてはたぶん、
作品を残したいんですけど、
そうするには写真そのものに
作家が写り込まないといけないんですよね。
- 糸井
- 写っちゃわないとね。
- 幡野
- それでいうと「海上遺跡」のころは、
作品のことを考えすぎて、
じぶんを写さないよう、写さないようにって、
消してしまっていた気がします。
これはこれでよかったんですけど、
もっとじぶんを写した写真にしても
おもしろかったでしょうね。
- 糸井
- 「海上遺跡」の前は、
どんな写真を撮っていたんですか?
- 幡野
- この直前までは・・・・海外ですね。
海外に行って、日本じゃないところで撮れば、
それでみんなと違う写真になるんじゃないかって。
なにが撮りたいというよりは、
どうすれば差別化できるかってことばかり、
考えていました。
それで通用する世界もあるんですけど、
やっぱりよくなかった。間違っていました。
- 糸井
- その間違いは、
自分で経験しないと抜け出せないですよ。
- 幡野
- そうですね。あそこで転んでよかったです。
これじゃダメだって気づけて、
ほんとうによかった。
- 糸井
- そういうアシスタントみたいな
若い写真家たちにありがちな間違いがさ。
どこか外国の公園に行って、
寂しそうに座っている老人を撮って、
子どもが鳩と遊んでいる姿を撮って、
ホームレスのひとたちを撮って(笑)。
- 幡野
- はいはいはい。
もう、おっしゃるとおり(笑)。
- 糸井
- あれはなにを撮っているかというと、
撮っても怒られない被写体を撮っているんです。
盗んでもいい被写体だけを撮っている。
こっそり「盗っている」だけなんですよ。
- 幡野
- まさにそう!
自信がないんですよ。
- 糸井
- じぶんなんですよね、あれが。
- 幡野
- 自信があるひとって、
ああいう写真は撮らないんです。
けっこう勇気いるんですよ、
知らないひとにカメラを向けるって。
- 糸井
- なんでこういうことを言うかというとね、
いま「ほぼ日の学校」で万葉集講座をやっていて、
それがあまりにもおもしろいものだから、
表現について、考える機会が多いんです。
- 幡野
- へええ、万葉集ですか。
- 糸井
- それで短歌についての本を読んでいたら、
たいせつなのは「名詞」なんだ、
って書いてあるわけですよ。
名詞を探しなさいって。
- 幡野
- 名詞。
- 糸井
- つまり、
「閑さや 岩にしみ入る 蝉の声」という歌がね、
まあこれは俳句だけど、
そういう歌があったとして、
気持ちだけを詠えば「静かだなあ」じゃないですか。
「静かで気持ちいいなあ」じゃないですか。
- 幡野
- はい。
- 糸井
- でも、そこに岩、蝉、声という名詞を見つけて、
蝉が止まっている木の緑まで描いて、
静けさのなかにある無限の時間が歌になり、
表現になっているわけで。
そこでの名詞って写真でいえば、
まさにじぶんだけの被写体ですよね。
- 幡野
- ああー、なるほど。
- 糸井
- だから幡野さんも、
海の遺跡みたいな被写体を見つけたとき、
それまでの公園の老人とは違った、
「これだ!」というよろこびがあったと思うんです。
- 幡野
- ありました。
すごく、ありました。
- 糸井
- それはただの被写体を見つけたんじゃなくって、
じぶんの気持ちを言い表してくれる
名詞を見つけた、ということなんですよ。
- 幡野
- いや、切羽詰まっていたと思います。
これが評価されなかったら、
もう写真家をあきらめようと思っていましたから。
たしか27歳くらいで、
いまの妻とも付き合っていて、
あっちはもう結婚とかも考えはじめている時期で。
- 糸井
- 切実(笑)。
そうですね、このテーマを追いかけるのは、
17歳にはむずかしいでしょうしね。
- 幡野
- 無理だと思います。
建物を見つけるだけじゃなくて、
天候とか潮位とかも調べながら
車で全国をまわって撮っていましたから。
(c) Hiroshi Hatano
- 糸井
- おおきく言えば、
フリーの事業家として、
おおきな投資をしていたわけですね。
- 幡野
- ものすごいお金と時間を投資しました。
それは作品の裏側というか、
見る側にはなんの関係もないことなので、
かっこ悪いからあまり言ってないんですけど。
あそこまで投資したから、
「これでダメだったらあきらめよう」と
思えたんじゃないのかなあ。
- 糸井
- そういう「これでダメなら」の勝負って、
誰しも一度はありますよね。
- 幡野
- ただ、この写真を撮っているとき、
ぼくは「死」を撮っているんだと思っていたんです。
でも、こうやってまとめてみると・・・・。
- 糸井
- 違いますよね。
「生きていた」ということを、
ここでは撮っていますよね。
そこに命があった、ということを。
- 幡野
- そうなんですよねえ。
生きることの写真なんです、どれも。
これって撮っている最中は、わからないんです。
まとめて振り返って気がつくだけで。
- 糸井
- じぶんがいちばんおもしろいですよね。
- 幡野
- おもしろいです。
だから、この「海上遺跡」は、
写真集にする話があったんですよ。
でも、震災が起きてから、
やっぱり津波のことを連想しちゃうということで、
いったん立ち消えになっていて。
いま、こうやって並んだ写真集になると、
あのとき出さなくてよかったと思いますね。
一冊にまとめて、価値が変わる。
- 糸井
- うん。この写真集を三部構成だと考えると、
二部の狩猟と、三部の優くんは、
もう私小説じゃないですか。
- 幡野
- 完全にそうですね。
- 糸井
- その私小説がはじまる前に、
じぶんを写さないこれが入ったというのは、
またよかったですね。
- 幡野
- はい。
- 糸井
- ここで様式美というか、
じぶんの文体を見つけたから、
次のジャンプができたわけですから。
(c) Hiroshi Hatano
(つづきます)
2019-02-21-THU
幡野広志さんのはじめての写真集
写真集
書名:写真集
著者:幡野広志
発行:ほぼ日
定価:本体2700円+税(配送手数料別)
ISBN:978-4-86501-379-5
発売日:3月1日(金)
※TOBICHI東京およびTOBICHI京都にて、
2月23日(土)から先行発売します。
※ほぼ日ブックスを取り扱っている全国の書店や
Amazonや楽天といった、
大手のネットサイトにも流通いたします。
取り扱い書店に関しては、
こちらからご確認ください。
余命3年とされる多発性骨髄腫、
血液ガンの一種であることを公表した写真家、
幡野広志さんのはじめての『写真集』です。
今日までの幡野さんの代表作である「海上遺跡」、
「いただきます、ごちそうさま。」、
「優しい写真」の三作品を収録しています。
ほぼ日ストア、TOBICHIの購入特典は
「小さい優くんの写真集」。
はじめての「写真集」、先行発売。
幡野広志
写真集の写真展。
2月23日(土)〜3月10日(日)
TOBICHI東京・京都 同時開催
(C) HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN