HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN

物理学者・小林誠先生に聞いた素粒子とノーベル賞と宇宙の謎。

ほぼ日サイエンスフェロー早野龍五の“オタク”な研究者探訪シリーズ VOL.1 ほぼ日サイエンスフェロー早野龍五の“オタク”な研究者探訪シリーズ VOL.1

ある分野を深く、深く研究する人がいます。
その人たちは世間一般に「研究者」と呼ばれ、
おどろくべき知識量と、なみはずれた集中力と、
子どものような好奇心をもちながら、
現実と想像の世界を自由に行き来します。
流行にまどわされず、批判をおそれず、
毎日たくさんのことを考えつづける研究者たち。
ほぼ日サイエンスフェローの早野龍五は、
そんな研究者たちを敬意を込めて
「オタクですよ(笑)」といいます。
世界中のユニークな研究者と早野の対談を通じ、
そのマニアックで突きぬけた世界を、
たっぷり、じっくりとご紹介していきます。

小林誠先生ってどんな人?

第4回 1972年の「予言書」

早野

ここに小林先生と益川先生が
共同で書かれた、
6ページの論文があります。

小林先生はこの論文を書いたことで、
2008年にノーベル物理学賞を
受賞されています。

乗組員A

え、たった6ページ、ですか?

乗組員B

意外とすくないんですね。

早野

すこしだけ内容を説明すると、
1ページから5ページにかけて、
4種類のクォークと
「ワインバーグ=サラム理論」の枠内で、
どこまでいけるかを、
考えられる限りを尽くして、
いろいろと試されておられます。

小林

ま、4種類のクォークだけで
説明できる可能性がないことは、
すでにわかっているんだけどね。
それでもちゃんとつぶしておかないと、
次には行けないから。

早野

つまり、5枚目までは
「小林・益川理論」の前フリになります。
先生たちが本当に言いたいことは、
最後の6ページ目に
インパクトのある数式で登場します。

乗組員A

じゃあ、要点は1枚だけ?

乗組員B

すごく気になります。

早野

先生、この数式は何を表しているんですか?

小林

そんなにむずかしい話じゃありません。
つまり、クォークの数が4種類だと、
いろいろとつじつまが合わないので、
「クォークを6種類にしたらうまくいくよ」
と書いているだけです。

乗組員A

クォークを6種類に?

小林

そうです。

早野

いま、小林先生はすごくサラリと
「クォークを6種類にした」と
おっしゃられましたが、
当時、これはとんでもない発想だったんです。

だって、1972年のころって
「クォークは全部で3種類」と
思っていた時代なんです。
つまり、4種類でもなかった(笑)

小林

4つ目のクォークが見つかったのは、
論文を書いた2年後でしたね。

早野

つまり、小林先生は
「世界は3種類のクォークで成り立っている」
と信じていた時代に、
「いや、クォークは6種類あるよ」
といいきってしまったんです。

乗組員A

なんかすごい‥‥。

乗組員B

あの、すみません、
クォークって、
本当は何種類あるんですか?

早野

先生が予言したとおり、
全部で6種類が確認されています。
6番目のクォークは、
1995年にはじめて観測されました。

乗組員A

つまり、論文の21年後。

乗組員B

論文というより、もはや予言書ですね。

早野

先生ご自身としては、
「小林・益川理論」を発表した72年の時点で、
どのくらいの確信がありましたか?

小林

確信なんて、全然なかったですよ。

早野

なかったんですか?

小林

全然なかったけど、
おもしろいメカニズムとは思いました。

論文の中にも書いていますが、
最後の式が出てくるメカニズムは、
自分たちとしても非常に興味深かった。

早野

それにしてもなぜ先生たちだけが、
「クォークの数を増やす」という、
突拍子もないアイデアを
思いつくことができたんでしょうか。

小林

当時のことでいうと、
「場の理論」に関する議論は
とても活発だったんですが、
当時の常識を拡張させようという人は、
そんなにいなかったんです。

早野

ほう、なるほど。

小林

CPの問題を議論した論文も、
いくつかありましたけど、
クォークの数を増やすという話には、
全然いたってなかった。

つまり、世界的には
「常識の中でどう問題を解決するか」
という傾向が強かったんです。

早野

みんな常識にとらわれすぎていたと。

小林

そんな気はします。

乗組員A

‥‥あの、ひとつ質問してもいいですか?

小林

どうぞ。

乗組員A

この論文を発表されたのが1972年で、
ノーベル賞を受賞されたのが2008年です。

なぜそんなにもあとになってから、
受賞が決まったのですか?

小林

それは簡単なことです。
ぼくのような理論物理学者が
ノーベル賞をもらうには、
ある条件をクリアしないといけないからです。

乗組員A

ある条件‥‥。

(条件って、なんだろう‥‥。つづきます)