HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN

物理学者・小林誠先生に聞いた素粒子とノーベル賞と宇宙の謎。

ほぼ日サイエンスフェロー早野龍五の“オタク”な研究者探訪シリーズ VOL.1 ほぼ日サイエンスフェロー早野龍五の“オタク”な研究者探訪シリーズ VOL.1

ある分野を深く、深く研究する人がいます。
その人たちは世間一般に「研究者」と呼ばれ、
おどろくべき知識量と、なみはずれた集中力と、
子どものような好奇心をもちながら、
現実と想像の世界を自由に行き来します。
流行にまどわされず、批判をおそれず、
毎日たくさんのことを考えつづける研究者たち。
ほぼ日サイエンスフェローの早野龍五は、
そんな研究者たちを敬意を込めて
「オタクですよ(笑)」といいます。
世界中のユニークな研究者と早野の対談を通じ、
そのマニアックで突きぬけた世界を、
たっぷり、じっくりとご紹介していきます。

小林誠先生ってどんな人?

第9回 スーパーシンメトリーの世界

小林

「スーパーシンメトリー」は、
「超対称性理論」とも呼ばれています。

乗組員A

超対称性理論。

小林

物理の大前提の話として、
エネルギーというのは、
質量に関係しています。

早野

アインシュタインの「E=mc2」ですね。

小林

質量というのは、
軽いものから重いものまで、
いろいろとありますが、
重さの基本的なスケールが
何によって決まるかというと、
いまは2つの可能性があります。

ひとつは、最近発見された
「ヒッグス粒子」に関係したもの。
物質に質量を与えることから
「神の粒子」とも呼ばれています。

それからもうひとつは、
重力に関係しているもの。
これはとんでもなく
巨大なエネルギーのスケールで、
標準スケールよりも
10ケタ以上も大きいとされています。

早野

10ケタどころか、
実際には17ケタのちがいです。
兆の上の単位の、
10京(けい)倍くらいちがう。

小林

はい、そうなんです。
「ひとつの宇宙」のことを、
物理学で解き明かそうというときに、
それだけ異なるエネルギーのスケールが、
理論の中に無関係に存在するのは、
どう考えてもちょっと気持ちが悪い。
それは「本当の理解じゃない」気がする。

そういうときに、
スーパーシンメトリーの理論があれば、
あきらかにちがう2つのスケールに、
ある程度の理屈がつけられます。
そういう理由から、
この理論を支持する物理学者はけっこういます。

乗組員A

なるほど‥‥。

早野

スイスのジュネーブに
「LHC」という加速器があります。
この加速器がつくられた
いちばんの目的は、
先ほどの「ヒッグス粒子」を
発見しようというものでした。
そのヒッグス粒子は、
念願かなって2012年7月に発見されました。

乗組員A

ニュースでも大きな話題になりましたよね。

早野

つまり、LHCの当初の目的は
すでに達成されたわけです。
それにも関わらずLHCでは、
いまもなお実験がつづいています。
その理由は、
スーパーシンメトリーを証明する未知の粒子を、
たった1個でもいいので、
なんとかして見つけだそうとしているんです。

乗組員A

もし、それが1個でも見つかったら‥‥。

小林

それは人類が誰も知らない、
未知なる世界が存在する証拠になります。
いまLHCは、
その未知なる世界の端っこを、
力ずくで引っかけようとしているんです。

乗組員B

未知なる世界を‥‥。
ほとんどSF映画のような話ですね。

早野

もし、スーパーシンメトリーの端っこが
ちょっとでも観測されたら、
それはもちろんノーベル賞ものだし、
その事実はまぎれもなく、
人類の大きな転換点になります。

乗組員A

ちなみに、それが見つかる可能性は
どのくらいあるんでしょうか。

早野

小林先生、そのへんはどう思いますか?

小林

うーん、なんともいえませんが、
未知の粒子の「質量」しだい、
ということになります。
スーパーシンメトリーの粒子の発見には、
巨大なエネルギーが必要になります。
そのエネルギーというは、
LHCの中を加速する陽子の
「運動エネルギー」のことです。

LHCが生み出す運動エネルギーが、
未知の粒子をつくるのに
十分なら可能性はありますが、
もし足りないようであれば、
いくらやってもダメでしょうね。

乗組員A

エネルギーを増やしたりは、
できないんですか?

早野

加速器という装置は、
つくりだせるエネルギーの限界値が
ある程度は決まっていて、
簡単に「2倍、3倍」という
わけにはいかないんです。

乗組員A

そうなんですね。

早野

じゃあ、新しい加速器をつくればいい、
という話になるのですが、
建設する土地や費用のことなど、
クリアすべき問題はたくさんあります。

ちなみに、ジュネーブのLHCは、
大きな輪っかのような装置を
地下に埋めているのですが、
その装置の全周は「JR山手線」くらいで、
建設費用は1兆円近くかかっています。

乗組員A

ひゃーー!

乗組員B

いろいろケタ違い(笑)。

小林

「小林・益川理論」を証明した
つくばの加速器は
「Bファクトリー」と呼ばれていましたが、
もともとは「トリスタン」という名前の、
別の加速器だったんです。

乗組員A

あ、そうなんですか。

小林

「トリスタン」を開発した目的は、
当時まだ未発見だった
「6番目のクォーク」を、
世界で最初に見つけようというものでした。
でも、「6番目のクォーク」が、
予想をはるかに超える重さで、
「トリスタン」ではエネルギー不足ということが、
建設したあとに判明したんです。

乗組員A

うわぁ、それはショック!

小林

ただ、その「トリスタン」があったからこそ、
その後継の「Bファクトリー」を建設するとき、
費用を安く抑えることができました。
トンネルもそのまま使えましたからね。

早野

トンネルから何からつくるとしたら、
もっと予算が必要になるので、
計画そのものが承認されなかった
可能性もありますよね。

「トリスタン」があったからこそ
「Bファクトリー」計画が承認され、
そこで「小林・益川理論」の正しさが証明され、
小林先生はノーベル賞を受賞されたわけです。

乗組員A

へぇー、おもしろい。

乗組員B

ノーベル賞の裏に、
そんな物語があったんですね。

小林

物理だ、科学だ、といっても、
すべてのことには人間が関わっています。
論文や数式ばかりを知るだけじゃなく、
人間ドラマや歴史をいっしょに知ると、
物理学というものが、
もっとおもしろく感じると思いますよ。

(終わります)