ある分野を深く、深く研究する人がいます。
その人たちは「研究者」と呼ばれ、
おどろくべき知識量と、なみはずれた集中力と、
こどものような好奇心をもって、
現実と想像の世界を自由に行き来します。
流行にまどわされず、批判をおそれず、
毎日たくさんのことを考えつづける研究者たち。
ほぼ日サイエンスフェローの早野龍五は、
そんな研究者たちのことを敬意をこめて
「オタクですよ(笑)」といいます。
世界中のユニークな研究者と早野の対談から、
そのマニアックで突きぬけた世界を、
たっぷり、じっくりご紹介していきます。
佐藤たまき先生ってどんな人?
佐藤たまき(さとう・たまき)
古生物学者。東京学芸大学准教授。
専門は中生代の生物の分類・記載。
東京大学理学部地学科、
シンシナティ大学大学院修士課程を経て、
カルガリー大学大学院博士課程修了、Ph. D.取得。
2003年からフタバスズキリュウの研究に参加し、
2006年に新属新種とする論文を発表。
2016年に優秀な女性科学者に贈られる「猿橋賞」を受賞。
風景は描けなくても、
骨は描ける。
- 早野
-
数年前になりますが、
ぼくは先生の書いた記載論文を
読んだことがあるんです。
普段、物理じゃない論文を読むことは、
あんまりないんだけど(笑)。
- 佐藤
-
わけがわかりませんよね。
- 早野
-
そう、よくわからなかった。
知らない専門用語もいっぱい出てくるし。
でも、わからないなりに、
とても感銘を受けたんです。
特に論文の中に出てくる、スケッチ?
あれ、すごくいいなぁと思いました。
- 佐藤
-
わぁ、うれしいです。
ありがとうございます。
- 早野
-
これ、わざわざ絵にしなくても、
化石の写真があるんですよね。
- 佐藤
-
はい、あります。
- 早野
-
ぼくは物理の実験をやってるので、
エビデンスとかデータとかが、
とても大事な分野なんです。
そういう分野のぼくがこれを読むと、
化石という現物データがあるのに、
それをわざわざ絵にしているところが、
ちょっと新鮮でした。
他の方もこういう絵は描くんですか?
- 佐藤
-
描く人もいれば、描かない人もいます。
プロに頼む方もいらっしゃいますし。
- 早野
-
描くことは義務ではない?
- 佐藤
-
義務ではないです。
なのになぜ描くかと言うと、
三次元の化石の凹凸を
二次元で説明するときに、
写真だと細かいディテールが
わかりにくいんです。
- 早野
-
あ、なるほど。逆にわかりくい。
- 佐藤
-
私が絵を描く目的のひとつは、
凹凸を正確に表現するためで、
点描画にしてるのもそのためです。
- 早野
-
絵を描くということは、
古生物への興味と並行して、
子どものころからあったとか?
- 佐藤
-
ないです。
- 乗組員A
-
即答ですね(笑)。
- 早野
-
描き方は誰かに習ったんですか?
- 佐藤
-
完全に独学です。
われわれの業界って
標本自体がとても定性的なので、
数字やデータで表現ができないんです。
なので、現物をよく知るために、
まずはスケッチをします。
- 早野
-
まずは形を知るために描く。
- 佐藤
-
お医者さんになる人は、
医学部で骨のスケッチをしますが、
あれもスケッチをすることで、
形を三次元で覚えられるからです。
目で見てるだけだと、
骨の形って意外と理解できませんが、
スケッチをしていると
「ここは出っ張ってる」とか
「ここはへっこんでる」とか、
描きながら認識できるんです。
- 早野
-
かなり練習されたんですか?
- 佐藤
-
最初はだいぶん練習しましたが、
苦労とは思わなかったですね。
- 早野
-
もしかしたら絵を描くのが
得意だったりするんですか。
例えば、風景画とかも。
- 佐藤
-
うーん、どうでしょう。
私、骨しか描いたことがないので。
- 早野
-
骨しか(笑)!
- 佐藤
-
骨しか描かないので、
風景画とか描いたことがないんです。
だからどうなんでしょう‥‥。
たぶんうまく描けないと思います。
- 早野
-
風景は描けなくても骨は描ける。
- 佐藤
-
はい。
- 乗組員A
-
骨を描くときって、
いつもフリーハンドなんですか?
- 佐藤
-
はい。紙とペンだけで。
どうやって描くかというとですね、
例えばこういうのだと‥‥。
- 早野
-
それはなんの骨?
- 佐藤
-
ウミガメの頭蓋骨の模型です。
すごくざっくり説明すると、
はじめに鉛筆を使って、
骨の形と凹凸がわかるように
正確に描いていきます。
- 早野
-
まずは鉛筆で下絵を描く。
- 佐藤
-
下絵が完成したら、
その上にトレーシングペーパーをのせて、
ペンでなぞります。
それから輪郭をなぞって、
凹凸にそって点描で影をつけていく。
影といっても、
光をあてたときの影ではなくて、
奥行きを表現するための影です。
- 早野
-
通常のデッサンとはちがいますね。
- 佐藤
-
ここでは光と影ではなく、
凹凸を表現することが目的なので、
飛び出してるものは白っぽく、
へこんでいるところは黒っぽくなるように、
ひたすら点々を打っていきます。
- 早野
-
ほとんど手描きなんですね。
- 佐藤
-
これも独学なので、
人によって描き方はちがうと思います。
本番の絵をつくるときは、
写真にトレペを置いて描くこともありますが、
いちばん最初は、
目で実物を見ながら描くようにしています。
- 早野
-
写真を見るだけでは、
細かいところがわからないんですね。
- 佐藤
-
そうなんです。
実際に目で見て、手でさわって、
「ここは本物の骨。ここは補修部分」
というのを発見しながらスケッチします。
- 早野
-
いやぁ、おもしろいなー。
- 乗組員A
-
ちなみに早野先生は、
研究のときに絵を描くことはないんですか?
- 早野
-
ない。
- 乗組員A
-
こちらも即答(笑)。
- 佐藤
-
データが測れる人は、
絵を描く必要がないですもんね。
- 早野
-
描かないですね。
それこそ学生のころは、
データのグラフを手で描かないと、
指導教官に叱られる時代もありましたが、
もういまはないですよね。
先生の論文は内容もさることながら、
この絵にもすごく感銘を受けました。
- 佐藤
-
ありがとうございます。
私も絵の部分に関しては、
かなりこだわって描いていたので、
そこをほめていただけるのは、
とてもうれしいです。
(つづきます)