第8回 世界でいちばん幸せな子ども。
糸井 いままでお話をうかがってきて、
僕は、アンリさんのような人が、
ビジネスが「上手に」できるとは思えないんです。
ビジネスの手伝いをしている人もいるんですか?
アンリ うーん、いないんですよね。
だから大変なんですよ。
もともと、大金持ちになりたいとか
そういうことは考えたことがありませんでした。
しかしやはり会社を持っている以上、
40人の職人さんに、
毎月、毎月のお給料をきちんと払うことと、
革屋さんにも遅れずにきちんとお金を払うことは
自分に厳しくしています。
それができていて、あとは自分たちが
きちんと暮らしていくぶんがあれば、
たとえ貯金ができるようなものではなくても、
それでいいと思っています。
糸井 うん、うん、ビジネスのことを
ちょっとでも考えるっていうことと、
この作品を作っていくっていうことの
両方をやるのは、大変ですよね。
アンリ 僕にとって豊かさとは、
朝、5時に起きて、一日を
「さあ、今日は何をやろう」
とはじめられること。
そういうような気持ちの豊かさと、
その作ったものをどなたかに
共感してもらえるということ。
それが僕にとって、いちばん豊かなことです。
糸井 ああ。今はじゃあそれができてるんですね。
アンリ そうです。あとはやはり、
自分が、職人さんたちに教える人になれたということ。
僕は自分の持っている全てを
みんなに受け継いで教えていきたいんです。
それも僕にとっては豊かなことです。
糸井 ああ、なるほど。
アンリ 別にそれは計算したわけではないし、
僕の直感で生きて来てしまったので、
ただそういうふうな自然な成り行きで
そうなっているんですけれども。
最初、1人で始めたことが、
だんだんオーダーが来るようになって
1人増え、2人増え、3人増えっていう、
スケジュール表のない人生なんです。
明日どうなるか分からないけれど、
つくったバッグがなくなったら
また作ろう、みたいな。
日本では、うどん屋さんが
店先でうどんをこねてますよね。
それと同じようなことです。
糸井 そこに出会った人はラッキーですよね。
アンリ そうですね、僕もラッキーです。
糸井 今、いちばん楽しいときってどんなときですか?
アンリ ふと、アイデアが出て来たときに、
あ、こんなアイデアが出て来た、
これを何とかしなきゃって、
その気持ちがどんどんどんどん沸き上がって来て、
夜だったら、朝5時まで待てないくらいになって、
それをかたちにしている間に、
別なアイデアが出て来ちゃうときですね。
その瞬間がたまらなくて。
終りがないんです。
糸井 楽しいですね、それは。
アンリ 楽しいですよね。
そのときに僕は世界でいちばん幸せな子どもだと感じます。

糸井 そろそろお約束の時間がなくなって来てしまいました。
もうちょっとだけ聞かせてください。
アンリさんに影響を与えたものや人を、
3つ、挙げるとしたら何でしょう?
アンリさんを作って来たものですね。
あなたの材料、3つ挙げるとしたら何でしょう?
人でもいいし、物でもいいし、事でもいいです。
アンリ いっぱいあり過ぎて選べないんですけど。
糸井 いっぱいあり過ぎて(笑)。
アンリ 長い間、こうやって生きてる以上、
とってもいっぱいあって。
でもその中で1つはやっぱり愛情です。
愛すること、愛されること。
その感情が僕の気持ちに届いたり、
その気持ちを与えたりっていう、
その感情っていうのは、
その、何て言うんでしょう、
心と心が通って、
その愛情があることによって
生まれるものがいっぱいありました。
その愛情が僕を進ませてくれたんです。
糸井 3つというより1つですね、それはね。
アンリ 3つというより1つ。そうですね。

糸井 わかりました。
じゃあ、ここでおしまいにしますけど、
10年後、何してるでしょう?
アンリ 10年後の今も、
「明日はどんなことができるんだろう」
と思っていたいです。
糸井 なるほど。
アンリ そして、息子がまだ小さいので、
その10年間の間にどれだけ多くの、
自分の気持ちを伝えていけるだろうかと。
今、何て言うんでしょう、
いろんなものがコンピューター化されて
人と人との通じ合いっていうのが
なかなか上手く表現できない。
そういう人と人との関係っていうのものも、
愛情というものも教えていきたいと思います。
満たしていきたいと。
糸井 そのとき息子さんは15歳ですね。
アンリ 15歳。
思春期ですね。
糸井 そうですね。
アンリ 口、きかれないかも。
糸井 まだまだ忙しいですね。
アンリ 糸井さん、日本語で話せないのが残念です。
糸井 いえ、短い時間でも、言葉がちがっても、
とても通じ合えたように思います。
アンリさんのバッグから
僕らが受け取ってるのと、
僕らが仕事してるのを
みなさんに受け取ってもらうのと、
同じぐらいな分量だと思うんですよ。
アンリ 僕も同感です。
やっぱり感情、情ですね。
エモーション。
糸井 ええ、ええ。
アンリ 何か、読んで感動するのと、
ものを、持って感動するっていうことは。
糸井 同じです。
アンリ それは読んでくれる人、
付き合ってくれる人に、
この感情を伝えることですからね。
今の時代に、大切なものを作ってるんだ、と。
糸井 はい。そうです。
アンリ 未来がないものを作りたくはない。
感動するってことは、
未来を呼ぶ、次の流れを呼びます。
その感情がないまま生きていると
人間ではなくなります。
世界が終わっちゃいます。
お金だけを求めていっても、
それは要するにイリュージョンで、
感情を皆さんにお伝えすることはできない。
お金を儲けるよりも、
クオリティのいい毎日を生きたいんです。
最後に言いたいのは、日本に来ると、
朝から夜まで、会う人、会う人、
知り合いでなくても、すれ違う人であったりとか、
お店やレストランに行くと、
人それぞれが、みんな、
人それぞれを敬って生活している。
僕はそれにとても感動します。
糸井 ほんとうに、そうならいいんですけどね‥‥。
日本人としては、そうじゃない人もいる、
そうならいいんですけれどって思います。
いやあ、アンリさんの作品を見たときと
アンリさんという人に会ったときとが、
同じような印象で、面白いです、
きょうは、ほんとうに、
ありがとうございました。
アンリ ありがとうございました。
糸井さん、ぜひ、いつか、
ヴィジェーヴァノの工房や、
エルバ島の家に、遊びに来てくださいね。
糸井 いつか、ぜひ。
ありがとうございました。

henri-itoi
協力:Henry Cuir 青山本店

2008-11-11-TUE