ひどい目☆その1  武装した銀行強盗の一味と 密室に閉じ込められ 拳銃を突きつけられた件。
── パリ生活7日目、
強盗事件の被害者だと思っていた男から
知らぬ間に
銃口を向けられていたTOBIさん。
TOBI はい、それも二丁ね。
── そのとき‥‥どういう気持ちでしたか。
TOBI 不思議なことに、怖くなかったんです。

ぼくのおなかに向けられているのは
たしかに「拳銃」というものなんだろうけど
その「使用目的」にまで
あんまり頭が回らなかったといいますか。
── ‥‥どういうことですか。
TOBI うーんと、なんて言ったらいいのかなあ。

そのときは目の前の人のフランス語を
聞き取れないことがショックで、
脳のすごく浅いところで、
「はいはい拳銃ですね」ということは
認識してたんですが、
そこで「終了」しちゃった感じなんです。
── ものすごい勢いで
意味不明の言語を浴びせかけられている状況が
「拳銃」の意味を薄れさせた‥‥?
TOBI とにかく焦っていたことはたしかです。

日本でも、英語しゃべれないのに
道ばたで外国人に
「フジヤマ、ドッチデスカー」と聞かれたら
焦るじゃないですか。
── たしかに。ただ、いまのは日本語ですけどね。
TOBI ようするに「いまオレ危険」ということが、
サッパリわかってなかったんですよ。
── その状況、どうやって切り抜けたんですか。
TOBI 怒れる男ふたり組が
ぼくに銃口を向けたまま意味不明な言葉を叫び、
ぼくが
「ジュ・ヌ・パルル・パ・フランセ」と言う。

そのやりとりを何度か繰り返していると、
通用口がバッと開き、
屈強な黒人の警備員がものすごい形相で、
両腕をガーッと高く掲げて
「ウェーーーオゥゥ!」と恐ろしい声を出しながら
こっちへ走ってきたんです。
── エリマキトカゲみたい‥‥。
TOBI そうそう、まさしく。

通用口から、黒いエリマキトカゲが
いわば、エリマキを全開にしている状態で、
ワーッと威嚇しながら
ぼくらのほうへ、走って来たんですよ。
── そしたら?
TOBI その異形にさしもの強盗団も驚いたのか、
いきなりバーッと駆け出して
建物の中庭へ抜け、
なんか裏手のほうへ逃げていったんです。

で、やつらが中庭へ抜けるときに
「パ!パ!パ!」と、乾いた音を出した。
── 銃声?
TOBI そう、映画とか漫画に出てくる
「ズキューン」みたいな銃声とはぜんぜん違う、
軽くて短い音でした。

「ン」がなくて「パ!パ!パ!」という。
── じゃあ、初歩的なフランス語を音読中の
TOBIさんが聞いた「パ!」という破裂音も‥‥。
TOBI 銃声だったんでしょう、いま思えば。

さらに、火花が散ったのも見えました。
銃弾が植木に当たったんです。
── こわい!
TOBI 逃げて行ったふたりの強盗団を追って
黒いエリマキトカゲも
エリマキを全開の状態にしたまま、
ぼくの目の前を通り抜けて行きました。

とつぜん静かになったロビーには
どこからともなく
火薬のにおいが、ただよってきました。
── そして、誰もいなくなった?
TOBI そう、その間ぼくは
ほとんど呆然としていたと思うんですが
ひとりぼっちになってはじめて、
とてつもない恐怖が襲ってきたんです。

銃声の記憶、火薬のにおい、白煙‥‥
拳銃の「使用目的」がようやくわかった。
── 怖かったでしょう。
TOBI それは、もう。全身に震えが来ました。

感覚的には、かなりの長いあいだ、
その場にひとりで
取り残されていた感じなのですが
それは、もしかしたら
「2秒」くらいだったかもしれない。
── ようするに、記憶が断片的。
TOBI そう、でも、だんだん
「いま、ぼくの目の前で起きたことを
 誰かに言っとかないと
 なかったことにされちゃうんじゃないか?」
という、よくわからない焦りを感じてきて。
── へえ、何でですかね?
TOBI わからないです。

そして、銀行窓口のおばちゃんのことが
ものすごく気になりはじめました。

もしかしたら、その‥‥殺されてるとか‥‥、
このシャッターの向こうで
大変なことになっていたらどうしようと。
── だんだん、まわりが見えてきた。
TOBI でもね、何か声をかけようにも‥‥。
── フランス語しゃべれませんもんね。
TOBI そうそう、その時点では
「ジュ・ヌ・パルル・パ・フランセ」
だけしか。

大変な状況の人に
「わたしはフランス語が話せません」
「わたしはフランス語が話せません」
と声をかけてもね。
── 迷惑なだけですよ。
TOBI といって、頼みの綱の
『はじめてのフランス語会話表現』には
「銀行強盗に遭遇したときの例文」が
載っていなくて。
── そうでしょう。
TOBI そのような不安感は、そのうちに、
「ぼくが犯人に間違われたらどうしよう」
という心配に変わっていきました。

警察に詰め寄られたりしても
「私は目撃者で、犯人ではありません」
という意味のことを
フランス語で表現するのは無理だ‥‥と。
── ええ、ええ。
TOBI ですので、誰にも何にも言わずに
立ち去ることもできず、
かといって、
電話で通報とかレベル高すぎですから
むやみにウロウロしたり
階段を上がったり下りたりして‥‥。
── いかにも怪しい感じに。はからずも。
TOBI そうそう、でも、そうしてたら
浪人生みたいなチェックのシャツを着て
下はジーパンにスニーカー、
背中にはリュックサックを背負った
「屈強な男」が20人くらい、集団で‥‥。
── は?
TOBI ようするに、警察が変装して来たんです。

ほら、銀行の2階が語学学校だから
そこの生徒に化けたつもりなんでしょうけど
おっさんいるわ、ムキムキの人いるわ、
みんな同じ格好してるわ、
「フランス語の語学学校に通う生徒」
という設定なのにフランス語ペラペラだわで、
もう、完全にバレバレなんです。

おしりにはトランシーバーささってるし
胸のあたりが盛り上がっていて
物騒なものを隠し持っているようすだし‥‥。
── はー‥‥。
TOBI その屈強な男たちは
いかにも授業に遅刻してきましたみたいな
サル芝居で入ってきて、
さり気なくシャッターをガラガラと開けて、
窓口のおばちゃんを救出してた。
── TOBIさんに対して取り調べとかも‥‥?
TOBI いや、ぼくは、その警官たちを見て
とっさに階段の後ろに隠れちゃったんです。
── なんでまた、そんな怪しい行動を。
TOBI そう、ほんと、思い返すと怪しいんですが
なぜだかそのとき、隠れてしまった。

何か聞かれてもうまく説明できないことが
すごく不安だったんだと思うんです。
── なるほど‥‥わかるような気もします。
TOBI で、隠れたら隠れたで、
いま出て行ったら強盗の一味だと勘違いされて
撃たれるんじゃないかと思って
今度は、出て行けなくなっちゃって。
── 蜂の巣にされるかもしれない、と。
TOBI だから、息を潜めて
階段の後ろに隠れてこっそり見ていたら、
よくわからないけど
「ひとり、目撃者がいたらしいぞ」的な
雰囲気になってきたんです。

正直、もうダメかと思いました。

見つかって警察に撃ち殺される、
共犯と間違えられて蜂の巣だ‥‥と。
── TOBIさん、何ひとつ悪いことしてないのに‥‥。
TOBI そう。
── 意思を伝えることができない状況とは、
人を、こんなにも動転させるんですね。
TOBI そのとき、でした。

語学学校の終業のベルが鳴ったんです。
間を置かずして、
何も知らない学生たちが
一斉に、ブワーッと階段を下りてきたんです。
── TOBIさんの潜んでいた、その階段を?
TOBI そう、アジア人の学生も、たくさんいました。

そこでぼくは、その人波にまぎれて
「ええ、ハイ、語学学校の生徒ですけど何か?」
的な顔をして、現場を去ったんです。
── そして?
TOBI そのまま、帰宅しました。
── え、家に帰ったんですか? その後は?
その後の、警察関係からの接触とかは?
TOBI 何にもないです、別に。

防犯カメラがあったら写ってたでしょうし
窓口のおばちゃんも
ぼくの顔とか見ていたでしょうけど、
まあ、実害はなかったんで
事件としては終わりになったんですかね。

そのへんは、わからないですが。
── はー‥‥まさに「ひどい目」と言うか、
なんとなく
ジャッキー・チェンの映画の展開みたいな、
マヌケ風味の漂う、すごい活劇譚。
TOBI ただね。
── ええ。
TOBI 警察の人とはそれっきりだったんですが、
銀行強盗団の一味というか
やつらの仲間には、
ぼく、また出くわしてしまったんですよ。
── え!
TOBI 3日後に。
── 3日後?
TOBI そう、それから3日後、地下鉄の車内で。
<つづきます>
2014-03-29-SAT

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