── | パリ生活7日目、 強盗事件の被害者だと思っていた男から 知らぬ間に 銃口を向けられていたTOBIさん。 |
---|---|
TOBI | はい、それも二丁ね。 |
── | そのとき‥‥どういう気持ちでしたか。 |
TOBI | 不思議なことに、怖くなかったんです。 ぼくのおなかに向けられているのは たしかに「拳銃」というものなんだろうけど その「使用目的」にまで あんまり頭が回らなかったといいますか。 |
── | ‥‥どういうことですか。 |
TOBI | うーんと、なんて言ったらいいのかなあ。 そのときは目の前の人のフランス語を 聞き取れないことがショックで、 脳のすごく浅いところで、 「はいはい拳銃ですね」ということは 認識してたんですが、 そこで「終了」しちゃった感じなんです。 |
── | ものすごい勢いで 意味不明の言語を浴びせかけられている状況が 「拳銃」の意味を薄れさせた‥‥? |
TOBI | とにかく焦っていたことはたしかです。 日本でも、英語しゃべれないのに 道ばたで外国人に 「フジヤマ、ドッチデスカー」と聞かれたら 焦るじゃないですか。 |
── | たしかに。ただ、いまのは日本語ですけどね。 |
TOBI | ようするに「いまオレ危険」ということが、 サッパリわかってなかったんですよ。 |
── | その状況、どうやって切り抜けたんですか。 |
TOBI | 怒れる男ふたり組が ぼくに銃口を向けたまま意味不明な言葉を叫び、 ぼくが 「ジュ・ヌ・パルル・パ・フランセ」と言う。 そのやりとりを何度か繰り返していると、 通用口がバッと開き、 屈強な黒人の警備員がものすごい形相で、 両腕をガーッと高く掲げて 「ウェーーーオゥゥ!」と恐ろしい声を出しながら こっちへ走ってきたんです。 |
── | エリマキトカゲみたい‥‥。 |
TOBI | そうそう、まさしく。 通用口から、黒いエリマキトカゲが いわば、エリマキを全開にしている状態で、 ワーッと威嚇しながら ぼくらのほうへ、走って来たんですよ。 |
── | そしたら? |
TOBI | その異形にさしもの強盗団も驚いたのか、 いきなりバーッと駆け出して 建物の中庭へ抜け、 なんか裏手のほうへ逃げていったんです。 で、やつらが中庭へ抜けるときに 「パ!パ!パ!」と、乾いた音を出した。 |
── | 銃声? |
TOBI | そう、映画とか漫画に出てくる 「ズキューン」みたいな銃声とはぜんぜん違う、 軽くて短い音でした。 「ン」がなくて「パ!パ!パ!」という。 |
── | じゃあ、初歩的なフランス語を音読中の TOBIさんが聞いた「パ!」という破裂音も‥‥。 |
TOBI | 銃声だったんでしょう、いま思えば。 さらに、火花が散ったのも見えました。 銃弾が植木に当たったんです。 |
── | こわい! |
TOBI | 逃げて行ったふたりの強盗団を追って 黒いエリマキトカゲも エリマキを全開の状態にしたまま、 ぼくの目の前を通り抜けて行きました。 とつぜん静かになったロビーには どこからともなく 火薬のにおいが、ただよってきました。 |
── | そして、誰もいなくなった? |
TOBI | そう、その間ぼくは ほとんど呆然としていたと思うんですが ひとりぼっちになってはじめて、 とてつもない恐怖が襲ってきたんです。 銃声の記憶、火薬のにおい、白煙‥‥ 拳銃の「使用目的」がようやくわかった。 |
── | 怖かったでしょう。 |
TOBI | それは、もう。全身に震えが来ました。 感覚的には、かなりの長いあいだ、 その場にひとりで 取り残されていた感じなのですが それは、もしかしたら 「2秒」くらいだったかもしれない。 |
── | ようするに、記憶が断片的。 |
TOBI | そう、でも、だんだん 「いま、ぼくの目の前で起きたことを 誰かに言っとかないと なかったことにされちゃうんじゃないか?」 という、よくわからない焦りを感じてきて。 |
── | へえ、何でですかね? |
TOBI | わからないです。 そして、銀行窓口のおばちゃんのことが ものすごく気になりはじめました。 もしかしたら、その‥‥殺されてるとか‥‥、 このシャッターの向こうで 大変なことになっていたらどうしようと。 |
── | だんだん、まわりが見えてきた。 |
TOBI | でもね、何か声をかけようにも‥‥。 |
── | フランス語しゃべれませんもんね。 |
TOBI | そうそう、その時点では 「ジュ・ヌ・パルル・パ・フランセ」 だけしか。 大変な状況の人に 「わたしはフランス語が話せません」 「わたしはフランス語が話せません」 と声をかけてもね。 |
── | 迷惑なだけですよ。 |
TOBI | といって、頼みの綱の 『はじめてのフランス語会話表現』には 「銀行強盗に遭遇したときの例文」が 載っていなくて。 |
── | そうでしょう。 |
TOBI | そのような不安感は、そのうちに、 「ぼくが犯人に間違われたらどうしよう」 という心配に変わっていきました。 警察に詰め寄られたりしても 「私は目撃者で、犯人ではありません」 という意味のことを フランス語で表現するのは無理だ‥‥と。 |
── | ええ、ええ。 |
TOBI | ですので、誰にも何にも言わずに 立ち去ることもできず、 かといって、 電話で通報とかレベル高すぎですから むやみにウロウロしたり 階段を上がったり下りたりして‥‥。 |
── | いかにも怪しい感じに。はからずも。 |
TOBI | そうそう、でも、そうしてたら 浪人生みたいなチェックのシャツを着て 下はジーパンにスニーカー、 背中にはリュックサックを背負った 「屈強な男」が20人くらい、集団で‥‥。 |
── | は? |
TOBI | ようするに、警察が変装して来たんです。 ほら、銀行の2階が語学学校だから そこの生徒に化けたつもりなんでしょうけど おっさんいるわ、ムキムキの人いるわ、 みんな同じ格好してるわ、 「フランス語の語学学校に通う生徒」 という設定なのにフランス語ペラペラだわで、 もう、完全にバレバレなんです。 おしりにはトランシーバーささってるし 胸のあたりが盛り上がっていて 物騒なものを隠し持っているようすだし‥‥。 |
── | はー‥‥。 |
TOBI | その屈強な男たちは いかにも授業に遅刻してきましたみたいな サル芝居で入ってきて、 さり気なくシャッターをガラガラと開けて、 窓口のおばちゃんを救出してた。 |
── | TOBIさんに対して取り調べとかも‥‥? |
TOBI | いや、ぼくは、その警官たちを見て とっさに階段の後ろに隠れちゃったんです。 |
── | なんでまた、そんな怪しい行動を。 |
TOBI | そう、ほんと、思い返すと怪しいんですが なぜだかそのとき、隠れてしまった。 何か聞かれてもうまく説明できないことが すごく不安だったんだと思うんです。 |
── | なるほど‥‥わかるような気もします。 |
TOBI | で、隠れたら隠れたで、 いま出て行ったら強盗の一味だと勘違いされて 撃たれるんじゃないかと思って 今度は、出て行けなくなっちゃって。 |
── | 蜂の巣にされるかもしれない、と。 |
TOBI | だから、息を潜めて 階段の後ろに隠れてこっそり見ていたら、 よくわからないけど 「ひとり、目撃者がいたらしいぞ」的な 雰囲気になってきたんです。 正直、もうダメかと思いました。 見つかって警察に撃ち殺される、 共犯と間違えられて蜂の巣だ‥‥と。 |
── | TOBIさん、何ひとつ悪いことしてないのに‥‥。 |
TOBI | そう。 |
── | 意思を伝えることができない状況とは、 人を、こんなにも動転させるんですね。 |
TOBI | そのとき、でした。 語学学校の終業のベルが鳴ったんです。 間を置かずして、 何も知らない学生たちが 一斉に、ブワーッと階段を下りてきたんです。 |
── | TOBIさんの潜んでいた、その階段を? |
TOBI | そう、アジア人の学生も、たくさんいました。 そこでぼくは、その人波にまぎれて 「ええ、ハイ、語学学校の生徒ですけど何か?」 的な顔をして、現場を去ったんです。 |
── | そして? |
TOBI | そのまま、帰宅しました。 |
── | え、家に帰ったんですか? その後は? その後の、警察関係からの接触とかは? |
TOBI | 何にもないです、別に。 防犯カメラがあったら写ってたでしょうし 窓口のおばちゃんも ぼくの顔とか見ていたでしょうけど、 まあ、実害はなかったんで 事件としては終わりになったんですかね。 そのへんは、わからないですが。 |
── | はー‥‥まさに「ひどい目」と言うか、 なんとなく ジャッキー・チェンの映画の展開みたいな、 マヌケ風味の漂う、すごい活劇譚。 |
TOBI | ただね。 |
── | ええ。 |
TOBI | 警察の人とはそれっきりだったんですが、 銀行強盗団の一味というか やつらの仲間には、 ぼく、また出くわしてしまったんですよ。 |
── | え! |
TOBI | 3日後に。 |
── | 3日後? |
TOBI | そう、それから3日後、地下鉄の車内で。 |
<つづきます> |
2014-03-29-SAT |