ひどい目☆その1  武装した銀行強盗の一味と 密室に閉じ込められ 拳銃を突きつけられた件。
── これまで、TOBIさんにうかがってきた
幾多の「ひどい目」話は
どれも大変だったろうなとは思うんですが
ご本人のキャラもあいまって
どこか「悪いけど笑っちゃう」感じでした。
TOBI 本人は必死なんですけど。
── しかし、ここへ来て、
もっとも激しい印象を与えるフレーズ、
すなわち
「銃撃戦に巻き込まれた」が出ました。

これは、どういうことでしょうか。
TOBI パリ郊外、
シャンゼリゼ通りと凱旋門の向こう側に
「ラ・デファンス」という、
再開発でできた新しい街があるんです。

超高層ビルが建っていたり
巨大ショッピングモールがあったりで
昔ながらのパリの街並みとは
ぜんぜん違う近代的な地区なんですけど。
── ラ・デファンス、ええ。
TOBI あの深夜の「地下鉄カツアゲ未遂事件」から
半年ほどたったころのことです。

ぼくは、フランスに来て初めて
そのラ・デファンスへ、
日本語で言うなら「ザ・防衛」という意味の
ラ・デファンスへ出かけていきました。
── あ、そういう意味なんですね。
TOBI じつは「地下鉄カツアゲ未遂事件」の直後、
知人宅で
やや冷めた肉ジャガを食べているときには
「パリで拳銃なんて聞いたことないし、
 ニセモノだったんじゃない?」
という方向に話がまとまっていたんですよ。
── あんなに怖い思いをしたのに?
TOBI たしかに、その後のパリ生活を考えると
拳銃を突きつけられる経験って
まったく考えられない、
ものすごく特殊なシチュエーションなんです。

だから、あのときに見た左側の拳銃の、
黒ルビーみたいなまがまがしい照りのことは
ありありと覚えていたんですが
「そうだよね、あれが本物のわけない。
 パリで拳銃なんて
 あの人たちも冗談キツイなあ」
と、安心しきって暮らしていたんですよ。
── つまり、ラ・デファンスに行ったのは
パリ7日目の恐怖の記憶も
かなり、薄れていたころであった‥‥と。
TOBI そう‥‥あれは、ある晴れた冬の土曜日でした。

ぼくは、
ラ・デファンス唯一の観光スポットである
「新凱旋門」を見物したあと、
何の気なしに
近くのショッピングモールに入ったんです。

そしたら、何か聞き覚えのある音がして。

── はい。
TOBI 「パ!パ!パ!」という、乾いた音が。
── え、その音‥‥。
TOBI 続いて、どこからともなく
「火薬のにおい」が、ただよってきました。

しかし、すでに申し上げたとおり、
そのころのぼくは
「パリに拳銃なし」と安心しきっていたので
「爆竹だな」と思ったんです。
── 爆竹?
TOBI そう思い込む強い理由がもうひとつあって、
ちょうどその日は中国の旧正月、
つまり旧暦の正月に当たっていたんですよ。

パリにも中国の人たちが住んでいますから、
めでたいときなんかに、
そこらへんで爆竹を鳴らしたりするんです。
── 派手なドラゴンが舞を踊ったりとか。
TOBI そのときぼくは
巨大ショッピングモールの2階にいました。

「爆竹の音」は1階から聞こえてきました。

吹き抜けから階下をのぞいたら、
少し先で、モンワリ白煙がただよっている。
── はい。
TOBI 旧正月の催し物でもやってるのかなと思い
1階へ降りていきました。

すると、まぶしいくらいに、
こうこうと、
店内が蛍光灯で照らされた靴屋さんが
目に入ったんです。

ぼくは、まるで「光に集まる蛾」のように
その店に吸い寄せられていきました。
すると、目の前で「ウィーーーーーン」と
店のシャッターが閉まり始めたんです。
── またしても、どこかで見た展開‥‥。
TOBI そのときのぼくは
「旧正月だから、お店が早く閉まるのかな」
と、深く考えもしませんでした。

閉まりかけているシャッターをサッとくぐって
お店の中に入っちゃったんです。
── ははあ。
TOBI 背後で、シャッターが完全に降りました。
ほどなくして、店内の電気が消えました。

停電という言うわけではなさそうで
機械類には
電気が来ているっぽかったんですが
ショッピングモールの「全体の照明」が
落ちたみたいなんです。
── 不気味ですね‥‥。
TOBI シャッターも閉まってますし、
さすがに店内では
店員さんたちが、ザワザワし始めました。

異様な雰囲気のなか、
せっかくなので、靴をいろいろと物色し、
いくつか試着をしました。
── え、その状況で?
TOBI ええ、不気味な雰囲気ではあったんですが
危険が迫っている感じもなかったし、
店員さんも
状況がイマイチわからないので
ひとまず接客するしかなかったんでしょう。
── なるほど‥‥。
TOBI このラバーソール、サイズありますかとか、
いくつか出してもらって、
結局、
白バラのブーケみたいに白いスニーカーを
一足、買ったんです。

ただ、ひとつ気になったのは
何かを察知していたのか、接客してくれた
ベトナム系の若い女性店員が
小刻みにふるえていたこと‥‥でした。
── ‥‥はい。
TOBI その店員は、ふるえながらも会計を終えると
シャッターをほんの少し開けて
ぼくを外に出すと
またすぐに「ウィーーーーーン」と閉めました。
── おお。
TOBI すると‥‥あたりに「血」が見えた。
── へ?
TOBI そのショッピングモールには
大きなスーパーが入っていたんですけど、
その店のレジ付近と
さっき、ぼくが通りすぎた
吹き抜けあたりが血に染まっていました。

スーパーのレジ自体も破壊されていて
お金が盗られている感じで‥‥
なんだか大変なことになっていたんです。
── お洒落な靴を物色しているあいだに。
TOBI でも、血は見えてるんですが
具体的に何が起きたのかはわからないままで
「爆竹が誤爆して怪我したのかな?」
くらいなことを、まだ思っていたんです。
── ええ。
TOBI そのときでした。

遠くの方から、ものすごく緊迫した声で
「そこで何してる! 出てけ!」
「はやく、いますぐここから出て行け!」
と怒鳴られたんです。

まわりを見たら、
さっき、ぼくに靴を売ってくれた店員も
すっかり逃げて誰もいない。
── また、ひとりぼっちに。
TOBI そう、非常灯だけが青々と光る
近未来的な巨大ショッピングモールに
ぽつんと立っていたんです。

何がなんだか、よくわからないままに。

そして誰かに「出ろ!」と言われるがまま
建物の外へ出ると
バズーカ砲のような武器を構えた人たちが
モールを包囲していたんですよ。

── 仮にも市街地で「バズーカ砲」って‥‥。
TOBI いや、バズーカ砲というのは
対戦車ロケット弾を発射する武器ですから
実際には
バズーカ砲のはずないんですが
その時点では、そんなふうに見えたんです。

ガンダムみたいな、近未来から来たみたいな、
いやに銃口が広かったので
見た目的には「空気」が出そうな武器でした。
── とにかく、かなりの「非常事態」ですね。
TOBI バズーカ砲を構えていたのは
月面着陸に成功した宇宙飛行士みたいな服の、
SF映画のような格好をした、
機動隊だか警察隊だかの人たちでした。

そして、その人たちを取り囲むように
テレビ局のクルーがカメラを回していました。
── はあ。
TOBI すぐに機動隊だか警察隊だかの人に囲まれて
ボディチェックを受けたのですが
身分証を見せて「私は観光客です」と答えると、
包囲網を抜けることができました。

そして、何が起こっていたのか
具体的にわからないまま、帰宅したんです。
── 白バラのブーケみたいに白いスニーカーを
抱えて。
TOBI

そう、で、あれは何だったんだろう、
飛行機でよく見る海外のドッキリ番組だろうか、
あるいは刑事ドラマの収録だろうかと
もんもんとしながら
ねずみ色をした、
12型の、四角いブラウン管テレビをつけたら
緊急ニュースをやってたんです。

「本日、ラ・デファンスで
 不良少年グループ間の抗争が勃発し、
 白昼、銃撃戦が起こった模様。
 本日、ラ・デファンスで
 不良少年グループ間の抗争が勃発し、
 白昼、銃撃戦が起こった模様」

── ‥‥つまり、それに遭遇した。
TOBI ニュースによれば、事件の概要はこうでした。

「拳銃・金属バット・ナイフなどで武装した
 両グループ合わせて300人近い10代の若者が
 1月27日の午後4時に、
 ラ・デファンスのショッピングモールに集結、
 激しい乱闘となった。
 騒ぎに乗じ若者たちの一部が暴徒化、
 各店のレジから現金を強奪。
 ショッピングモールの出入口はすべて封鎖され、
 モール全体を機動隊が取り囲んだ。
 7人が負傷、一般客に怪我人はない模様 ‥‥」
── TOBIさん、よく生きて帰りましたね‥‥。
TOBI ほんとですよね。
でもまあ、死者が出なくてよかったですよ。

で、あのモールを包囲してる人が持ってた
バズーカ砲みたいな武器、
あれは催涙ガスかなんかを撒いてたみたい。
── そういうもろもろを、ニュースで知ったと。
TOBI で、ビックリしたのは
オドオドしながら建物から出てくるぼくの姿が、
ニュース映像にうつったことでした。
── 白バラのブーケみたいに白いスニーカーを
抱えて。
TOBI そして、もっと衝撃の事実がわかったんです。

その、パリ郊外に住む不良少年のグループは
語学学校の1階の銀行を襲ったり、
パリの地下鉄で
カツアゲ行為を繰り返したりしてたらしいんです。
── え!
TOBI で、今回の銃撃事件で
その不良少年グループのメンバーどもが
一網打尽に捕まったんですって。
── 銀行襲撃、地下鉄カツアゲ、銃撃戦‥‥。
TOBIさん、
そのすべての事件に巻き込まれてる。
TOBI ある意味で、感慨深かったです。

拳銃を向けられ、カツアゲされそうになって、
銃撃戦にまで巻き込まれて、
最後、逮捕されるところまで立ち会ったので。
── すべての事件が一本につながるというか、
パリの不良少年グループと
一人のアジア人が
3度も運命の糸を絡ませ合ったんですね。
TOBI ヘタしたら「共犯者」ですから。
── そう間違われても、おかしくないですよね。
なにしろ「すべての現場にいた人間」だし。

「黒幕はピンクだった!」‥‥とか。
TOBI ははは、ま、こやうってお話しすると
さすがに自分でもビックリしますが、改めて。
── 第1回目から
ディープすぎる「ひどい目」エピソードを
ありがとうございました。
TOBI いえいえ、こちらこそ。
── 次の「ひどい目」も、楽しみにしていますね。
ここまで危険な物件は出ないでしょうが‥‥。
TOBI そうですね、ここまでのことは‥‥‥‥‥あ。
── はい?
TOBI 大西洋上で漂流したときも
ずいぶん危ない目に遭ったなあと思って‥‥。

<これにて第1部は終了です。
 第2部は、5月頃から開始する予定です。
 どうぞ、お楽しみに!>

2014-03-31-MON

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