練馬で捨てたはずのステージ衣装がなぜか船便でパリに届き白塗りの人と何度も共演するはめになった件。
午後の王子、穢れ、深夜の王子。
── レ・ロマネスクの第2回パリ公演の舞台は
不法占拠された建物で、
無料のチラシ配り・告知活動に駆り出された挙句、
MIYAさんなど、黒人の不良少年に
二の腕をキツくツネられてしまった‥‥と。
TOBI 他方で、ベルサンが
地下のワイン貯蔵庫を勝手に改造した「劇場」は
おそろしいカビ臭さに満ちていました。

廃墟で換気もされておらず、湿気がすごいんです。
壁に手をつくと、ボロボロ剥がれ落ちてくるし。
── それで「私は劇場を持っている者である」とは‥‥。
TOBI ただ広いだけのフロアには
「拾ってきた本棚を解体して再構築した」という
安定性の悪いベンチが置いてあり、
天井には、裸電球がふたつ下がっているだけ。

肝心の「音響設備」としては、
ゴミ捨て場から拾ってきたスピーカーとアンプが
スタンバイしていましたが
マイクは「なかなか捨てられてない」とのことで
ありませんでした。
── 最重要アイテムですよね、それ。
TOBI ようやく、公演スタートの前日になって
モンマルトルの丘のガード下に
マイクとマイクスタンドが捨ててあったのを
ベルサンが見つけてきて
はじめて、通し稽古をすることになりました。

朝から劇場に集まり
照明や音響や扮装などの打ち合わせを済ませ、
「じゃあ明日」と帰ろうとしたら
「第2部の<穢れ>のところ、
 リハーサルをやって細部を詰めておきたい」
というので、見学することにしました。
── 公演タイトル
「午後の王子、穢れ、深夜の王子」の
まんなかの部分ですね。
TOBI ぼくたちのライブを見て
ベルサンが
「インスピレーションを得た」という演し物が
いったいどんなものなのか、
興味があったのですが‥‥驚愕しました。
── ‥‥どのように?
TOBI まず、髪の毛まで白塗りにした全裸の美大生が
忍者を捕まえるワナみたいな、
なにか極太の綱でできた網に捕らえられて
天井から「宙吊り」にされ、
ワナワナ震えながら
「ウゥ‥‥ウウウウゥ‥‥」と唸ってるんです。
── は、はあ。
TOBI 全裸の白塗り美大生の身体からは
またもや、天ぷらコロモのような白い液体が
ポタポタとしたたり落ちています。

その光景はまるで
180度の油で揚げられる寸前のムキエビの受難、
 あるいは天ぷらダネの悲哀」

を表現しているかのようでした。
── 何かもう、テーマが深すぎて。
TOBI そこへ、白っぽい着流しのような格好をした
白塗りスキンヘッドのベルサンが、
客席の後方から、仰々しく登場してきます。

よく見ると、その着流しのようなものは
「黄ばんだ白いレースカーテン」なんです。
── そのカーテン‥‥さては「無料」ですね。
TOBI もちろんです。で、その黄ばんだ白の全身に
桜吹雪の動画を映写しようとしているんですが
完全に失敗しているんです。

ただ、ユニット名の「Souillure」には
「穢れ」の他に「汚れ」という意味もあるので
思惑どおりだったのかもしれませんが。
── わからない‥‥。
TOBI BGMはお琴の「さくらさくら」でした。

CDには
図書館の貸出シールが貼ってありました。
── 意地でも「無料」なんですね。
TOBI ベルサンは
エビ天女子の入った網の真下で仁王立ちとなり、
白いレースカーテンをはらりと脱ぎ捨てると
今度は白いふんどし一丁となって
ニセモノの日本刀をブンブン振り回しています。
── 白塗りの人は、どうして
みな、ふんどし一丁になりたがるんでしょうか。
TOBI ベルサンは、ひとしきり大立ち回りをしたあと、
エビ天女子の入った網を
刀で「すぱっ!」と切って落とす予定でした。
── 予定?
TOBI 振り回していたのはニセモノの日本刀ですから、
ぜんぜん切れないんですよ。

ベルサン的には「すぱっ!」と
鮮やかに切り落としたかったんだと思いますが
まったく切れないので、
しかたなく太い綱をゴリゴリやりだしたんです。
── 地道な作業ですね。
TOBI 網は杭一本で天井から吊られていたんですが
囚われのエビ天女子は
女性とはいえ「50キロ」はあるでしょうから
ゴリゴリやるたびにミシミシと揺れ
徐々に杭が抜けてきてしまったんでしょう。

ついに、綱を切る前に杭が抜け、
エビ天女子は
空中で受身の姿勢をとろうにも間に合わず、
背中から舞台に叩きつけられました。
── うわ。
TOBI 湿った地下室全体に
「ドスン」と「ベチャッ」が混じったような
「ドッチャン」という音が響き渡りました。

エビ天女子は
しばらく立ち上がれなくなっていましたが
意識はハッキリしており、
というか激怒しており、
全裸で寝転がったままカッと目を見開き
「こんな危険な演し物はゴメンだ」とか言って
ベルサンとケンカしはじめたんです。
── もっともな意見だと思います。
TOBI ええ、まあ、もっともなんですけど、
どうして今になるまで
一回も試してないのかと思いました。
── その点、たしかに。
TOBI 白塗りのエビ天女子は
床に打ち付けた背中や腰がよほど痛いのか
立ち上がりもせず、
依然、仰向けで「気をつけ」の姿勢のまま
両目を剥き、ふんどし一丁のベルサンに
「こんなの絶対に無理」とか
ののしるような口調で挑みかかっています。

すでに落下から2時間ちかくが経過、
「ぼくら、そろそろ‥‥」とも言い出せず、
結局、終電を逃してしまいました。
── はい。
TOBI 深夜2時を過ぎたあたりで
だんだん、全裸で床に横たわったまま
ふんどし一丁の白塗り老人と口論することに
ウンザリしてきたんでしょう、
エビ天女子が妥協案を提示してきました。

「じゃあ、もう、吊られてるフリをするから
 アンタも切ってるフリをしてよ」と。
── どういうことですか?
TOBI 頭から網をかぶった白塗りのエビ天女子が
舞台後方から
天井に吊られているフリをしながら出てきて
それを、ふんどし一丁の白塗り老人が
切れない刀で
「すぱっ!」と切るフリをする、という。
── 吊られてるフリに、切ったフリ‥‥。
TOBI もともとの設定もかなり意味不明でしたが
いまや、すべてが崩壊しきった演目、
第2部<穢れ>が、ここに完成したんです。
── それが、深夜の2時過ぎですか。
TOBI そんなわけでしたから十分なリハもできず、
翌日、ほぼ「ぶっつけ」で本番がきました。

ベルサンに勝手につけられたとはいえ、
第1部<午後の王子>というタイトルに沿って
演じなければならない義務感から
「肖像画に描かれた王子さまの歌謡ショー」
という設定で、歌いはじめました。
── 具体的には、どのような?
TOBI 額縁を両手で持って中から顔面を突き出し、
そこだけにスポットライトを当て、
あたかも
気味の悪い肖像画が歌っているような体で
「僕の美貌は凶器」という曲を。

1番と2番のあいだの間奏のときに
おもむろに
肖像画が額縁からヌウっと抜け出す‥‥。
── 不気味です。子どもを泣かすのに充分なほど。
TOBI 裸電球がふたつだけの照明ですから
客席のようすは
よくわからなかったのですが
1番から盛り上がっている雰囲気でした。

2番、満を持して額縁から出ていこうと、
顔面を前方へ付き出した瞬間‥‥。
── ええ。
TOBI ドーーーーーーーーーーン!
マイクが火を噴いたんです。
── ええ?
TOBI ぼくの鼻先数ミリのところでマイクが爆発、
バチバチバチーーーーッという感じで
炎がケーブルを這っていきました。

劇場の危機を察したのか、
黄ばんだカーテンにくるまれた白塗り坊主が
網をかぶった白塗り女学生をともなって
猛然と奥から走り出てきて
燃え盛る火を踏みつけて消そうとしたのですが
ふたりとも裸足なのを忘れていたのか
「熱ッ、熱ッ!」と、盛んに飛び跳ねています。
── それじゃまるでエビ天じゃないですか。
TOBI しかたがないので
金の額縁から顔面を付き出したままのぼくと
アシスタントのMIYAさんが
手分けして厚底ブーツで鎮火していきました。

ステージから完全に火が消えた瞬間、
会場からは、大きな拍手が沸き起こりました。
── 清掃作業の次は、鎮火作業で大絶賛‥‥。
TOBI ただし、
マイクやアンプ、スピーカーなど音響系が
すべてダメになってしまい、
ライブを続けることは困難となりました。
── そんな、1曲目の途中で?
TOBI あれだけ必死にチラシ配りをし、
MIYAさんなど
二の腕をツネられながら無料告知したのに
あとにも先にも
レ・ロマネスク史上最短記録となる
わずか「1分20秒」で
ぼくらの公演初日は幕を下ろしたんです。
── 本当に、おつかれさまです。
TOBI 翌日からは
もう機材を拾いに行っている時間もないので
結局、ぼくらが自腹で
マイクとマイクスタンドとケーブルを購入し
アンプとスピーカーは
白塗りのエビ天女子の私物を貸してもらって
残りの公演をやり切りました。
── じゃあ、その後はトラブルもなく、ぶじに?
TOBI ぶじに‥‥そうですね、
落下事故や爆発事故などは起きませんでしたが
たとえば
「ここは、顔面を照らしてほしい」という場面で
照明係がパッと照明を消したりするんですよ。
── そのことについては以前、聞いたことがあります。
「いいと思った」ってやつですよね?
TOBI そう、音響係も
「3曲目の最後がちょっと長いから
 短くしたほうがいいと思った」とかって言って、
勝手にフェイドアウトしたりする。
── さすがは芸術の都パリ、それぞれの係員が
「自分のアート表現」をしてしまうと。
TOBI ですから、
「君のアート表現は
 きちんと最後まで顔面を照らしてから
 やってくれ」と
キツく釘を刺しておく必要がありました。
── そういう細かい苦労がチョイチョイあったと。
TOBI アンコール用の「銀のカツラ」が盗難に遭い、
カツラ街へ走ったこともあったし。
── え、楽屋泥棒?
TOBI 開演直前、どこをさがしても見当たらないので
バスに飛び乗り、慌てて買いに行ったんです。

そしたら、リヴォリ通りの端っこのあたりで
見慣れた「銀のカツラ」が
街路樹の枝に引っ掛かってプラプラしていて。
── そこで「やっぱいらない」と思ったんですかね。
楽屋泥棒の人も。
TOBI ふと冷静になったら
「まったく使いようがない」ってことに
気づいたんでしょう。

ぼくは、すぐさまバスを降り
そよ風に揺られる銀のカツラをピックアップし、
全速力で劇場へ取って返しました。
── 銀のカツラを手にパリの目抜き通りを激走する、
厚底ブーツで全身ピンクの王子さま‥‥。
TOBI そんな感じで、いろいろさんざんだったのですが
公演自体は大盛況で、4公演が追加になりました。
── え、よかったじゃないですか。
TOBI いえ、ぼくらとしては、
キツい公演の終了を2週間も引き伸ばされて
すべて終わったときには
心身ともに、激しく疲労困憊していたんです。
── <穢れ>のようなものを
毎週末ごとに見せられたら‥‥そうでしょうね。
TOBI ともあれ、これら一連のできごと以来、
今でも、エビ天丼のフタを開けた瞬間に
あの白塗りの人たちの顔が
稲妻のようにフラッシュバックするほど。
── ムキエビ男、白塗り女学生、白塗り老人。

都合3名の「白塗り」と、
それだけステージをともにすればね。
MIYA ‥‥Mais, J'adore EBITEN♡
(‥‥でも、エビ天は好き♡)
TOBI そして、このスクワット公演のすぐあとに
レ・ロマネスクの「ひどい目。」史に
ドンヨリと垂れ込める
「地獄の4ヶ月公演」がスタート、
まさかの「観客0人」なども経験するんですが
長くなりましたので
そのあたりのお話は、また次の機会にでも。
── わかりました。楽しみにしています。
ちなみにベルサンは、その後‥‥?
TOBI 風のうわさで「行方不明」と聞いています。
── さずがは、パリの前衛アーティスト。
TOBI もしもあなたが、スーパーの試食コーナーや
無料Wi-Fiスポットなどで
「ふんどし一丁の白塗り老人」を見かけたら
それが、ベルサンかもしれません。

決して、後をついていってはいけませんよ‥‥。

<終わります>
2015-01-08-THU

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©hobo nikkan itoi shinbun