ゴミが地層化した練馬のアパートで空き巣と22日間同居した件。
誰かの靴の跡。
── こんにちは、TOBIさん。
TOBI ブオッフォンジューフガッハーーーッ!
── ボンジュール、と。

何かもう、
ちょっとした爆発が混じってましたね。
ありがとうございます。
TOBI どういたしまして。
── さて、本日のお話は、TOBIさんが
練馬からパリへと旅立つ直前に見舞われた
「ひどい目」だとうかがっています。

さっそくどうぞ、お聞かせください。
TOBI ぼく、昔からアンチヒーロー派なんです。
── はい、何となくそんな気がいたします。
が、それが‥‥何か?
TOBI 江戸川乱歩の「少年探偵団」で言うなら、
明智小五郎や小林少年でなく、
怪人二十面相に心を寄り添わせてしまう、
そんな幼少時代を過ごしました。

「わざわざ予告状とか送りつけないで、
 黙って盗っちゃえばいいのに!」
── 泥棒側の意見としては、もっともです。
が、それが‥‥何か?
TOBI 明智小五郎が
小林少年に女装を命じるようなところも、
幼いぼくの心をかき乱しました。

年端の行かない少年に、
アイシャドウやルージュを塗りたくって、
ロングヘアーのカツラをかぶせて
「だいぶ上手く化けるようになったな、フフ」
とかなんとか、
「え、大人がこどもに
 そんなことして‥‥いいの!?」と。
── 現在のお姿も似たようなものですよね?
TOBI ポプラ社から出ている
アルセーヌ・ルパンのシリーズも好きでした。

ルパンって、
シャーロック・ホームズとの対決では
池に飛び込み、
溺れ死んだと見せかけて、
人魚に変身したりとかしてたんですよ。
── へえ、ものすごいイリュージョンです。

怪盗稼業を廃業しても
ソレ一本で食っていけそうなレベル。
TOBI 現在のぼくの「扮装癖」は
これらの物語で、育まれたと思っています。
── ビートルズ、KISS、Queen、プリンス、
マーク・ボラン、タカラヅカなどに加えて、
「怪人二十面相」
「アルセーヌ・ルパン」もルーツであると。
TOBI ともあれ、
これみよがしに正義をふりかざす人間より、
怪盗とか大泥棒とか‥‥
まあ、自分の身の丈に合わせて言うならば
「空き巣側」の人間だったんですよ。
── なるほど。
TOBI ここで、少し脱線してもいいですか?
── 今まで脱線していなかったとでも!?
ともあれ、どうぞ。
TOBI アルセーヌ・ルパンのシリーズ第1巻が、
『奇巌城』というお話なんです。

「怪奇」の「奇」に「巌しい城」で。
── ええ。奇厳城。
TOBI ぼく、その『奇巌城』の話が好きすぎて、
いつのまにか
「奇」という漢字まで好きになってしまって。
── ははは。どういう心理ですか、それ。
TOBI 何でしょう、あの文字の造形が‥‥
つまり、トメ、ハネ、左払い、右払いなど
あらゆる書道テクニックが盛り込まれており、
しかも、
上下が「大」と「可」で割れている。

なんともビッグなポッシビリティー、
漢字の「ユニバース」のような、
無限なる宇宙の可能性を感じていたんです。
── ‥‥「奇」という字にですか。
TOBI そのため、実家の居間に
障子格子のくもりガラスの引き戸が
あったんですが、
そのくもりガラス1枚1枚すべてに
ハァーと息を吹きかけて、
大好きな「奇」の文字を書きまくって
ビッシリ埋め尽くしたんです。
── 怖い‥‥。
TOBI でも、その「奇」の文字は
すぐに乾いて見えなくなってしまったので、
安心し、調子に乗り、
すべての障子のワクに奇、奇、奇、奇‥‥。
── 何の呪い?
TOBI そう、あれは、数カ月後の大晦日の夜のこと。

その居間に親戚一同が勢ぞろいして
すき焼きをつつきながら
テレビで紅白歌合戦を観覧していたときです。
── ええ、レ・ロマネスクさんも
いつか出たいと願っている国民的歌番組を、
親戚一同、顔をそろえて。

あたたかい年越しですね。
TOBI すき焼きの湯気、酔っぱらいの酒気、
その場にいる人全体から発散される汗など、
そういった蒸気が渾然一体となり、
くもりガラスの表面を湿らし、
消えていたはずの「奇」の文字が
ボワーッと浮かび上がって、
いつのまにか、
無数の「奇」に囲まれていたんです。
── ひぃ。
TOBI 親戚一同、一気に血の気が引いて
あたたかい年越しが
すっかりホラーな年越しに変わったのですが、
誰の仕業かは1秒以内にバレ、
「なんて恐ろしい子!」と叱られました。
── アンファン・テリブル、と。
TOBI 今でも、心がザワザワするときには
無数の「奇」を書いて神経を集中させています。
頭デッカチになってはいないか、
あせって大と可が近寄り過ぎてはいないかなど、
精神的なバロメータにしているんです。

では、今回の「ひどい目。」の話を‥‥。
── お願いします。
TOBI ぼくが渡仏する前の数年を過ごしたのは、
練馬の桜台駅からほど近い、
木造2階建ての1Kのアパートでした。

4年ほど、そこに住んでいたんですけど、
その間、
就職しては就職先が潰れるという
出口の見えない
倒産スパイラルに巻き込まれておりまして、
気付いたときには
本やら衣類やらゴミやら何やらが
ミルフィーユ状に地層化していたんです。
── ははあ。
TOBI 当時は掃除機を持っていませんでしたが、
そもそも、
掃除機をかけるスペースがありませんでした。
── テレビでよく見る、ゴミ屋敷みたいな?
TOBI いいえ、元来の性格がきれい好きなので、
弁当のカラ容器や
使用済みの割り箸などは流しで洗剤で洗って
十分に乾かしてから積み重ねていました。

その上に、洗い終えた空き瓶と空き缶が載り、
その上に、読み終えた古新聞と古雑誌が載り、
その上に、洗濯済みの下着が載り、
その上に、証明写真と履歴書の束が載り‥‥。
── ゴミを「整然と」溜め込んでいたから
ゴミ屋敷とは違う、と?

でも、どうして捨てなかったんですか。
TOBI 捨てられなかったんです。どうしても。

そのアパートは
朝の7時半から7時50分の間に
ゴミを出さなきゃならないルールがあって。
── ものすごいタイトですね、それ。
TOBI 当時は、次々と就職活動に応募しながら
朝から近所の古本屋で
猛烈にアルバイトをしていたんです。

「棚」を任せられるほど、猛烈にね。
── それで、ゴミ出しを逃しまくっていた?
TOBI そうなんです。

室内にゴミが溜まりはじめると
いくら整然と積み重ねていたとはいえ、
徐々に動ける範囲がせばめられ、
地層化した地面が日に日にせり上がり、
ほどなく居場所がなくなりました。
しかたなく、
キッチンの上の窮屈な物置スペースに、
布団を敷いて寝るように‥‥。
── 部屋の主人が。
TOBI ただ、「洋式トイレの便器の前」と
「シャワーの真下」には
まるで磨き上げたようにピカピカの
ふたつの「丸」がありました。
── そこが「定位置」というわけですね。足の。
TOBI カビのおそろしさを身を持って知りました。

あ、何かカビてきたなと気づいてから
四方をカビで包囲されるまでに、
ひと月も、かからなかったと思うので。
── 湿気の多い日本のカビ、なんたる繁殖力‥‥。

それにつけても、
幼いころにはに四方を「奇」に囲まれ、
大人になったら
リビングでは「大量のゴミ」に囲まれ、
浴室では「全面のカビ」に囲まれ。
TOBI 当時の友人たちの間では
「あいつの家は汚すぎる」ということで
ある種の観光名所と化していました。

としまえんプールや石神井公園など、
練馬方面へ足を伸ばしたときは、
ちょっと覗いて
「うわ、汚ねえ」とだけ言って帰っていく、
そういう場所になっていたのです。
── 迷惑な話です。
TOBI 一度など、友人がトイレを貸してくれと
部屋に寄ったのですが、
土足のまま、上がり込んできたほど‥‥。
── 外国の方ですか?
TOBI いえ、日本人が、あまりの部屋の汚さに
「靴、脱がなくてもいいよね」と。

さすがに憤慨して
靴を脱いでから上がってくれと言ったら、
その友人、何て言ったと思います?
── どうでしょう。
TOBI 「足の裏から病気がうつるかもしれない」
── それほどの「瘴気」が立ち上っていたと。
TOBI そんな、ある日のことです。
── はい。
TOBI 玄関を入ってすぐ、
ゴミの山からこぼれ落ちていた
ネイビーのポリエステルのホットパンツに、
「靴の跡」がついていたんです。

つま先だけの跡が、ちょこんと。
── へえ‥‥。
TOBI それは、あたかも
「知らずに踏んでしまった」という感じでした。
── 土足のご友人が踏んじゃったんですかね。
TOBI いいえ、ハッキリと覚えているのですが、
その友人が
土足で上がった靴とは別の靴でした。

彼の靴はゴツいブーツのような感じでしたが、
その跡は、もっと、こう‥‥
運動靴、スニーカーっぽい感じだったんです。
── なるほど。
TOBI ぼく自身は、
当然きちんと玄関で靴を脱いでいましたから、
何か、ちょっと、妙だな‥‥と。
── たしかに、ほのかな違和感を感じます。

でも、それほどのカオスのなかに潜んでいた
ほんの些細な違和感を発見するとは、
さすがは、そのカオスのまっただ中に住む人。
TOBI にわかに、イヤな予感に襲われました。

なにせ、当時のぼくはといえば
就職活動でも古本屋のバイトでも使える
「黒い革靴」を、
一足しか、持っていませんでしたから。
── つまり、知らない誰かの靴の跡が‥‥。
TOBI ええ、ついていたんですよ。

ネイビーのホットパンツの「股間」の部分に、
靴のつま先で踏んだ跡が、
ちょこんと‥‥でも、ハッキリと。
<つづきます>
2016-04-13-WED

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