── | こんにちは、TOBIさん。 |
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TOBI | ブオッフォンジューフガッハーーーッ! |
── | ボンジュール、と。 何かもう、 ちょっとした爆発が混じってましたね。 ありがとうございます。 |
TOBI | どういたしまして。 |
── | さて、本日のお話は、TOBIさんが 練馬からパリへと旅立つ直前に見舞われた 「ひどい目」だとうかがっています。 さっそくどうぞ、お聞かせください。 |
TOBI | ぼく、昔からアンチヒーロー派なんです。 |
── | はい、何となくそんな気がいたします。 が、それが‥‥何か? |
TOBI | 江戸川乱歩の「少年探偵団」で言うなら、 明智小五郎や小林少年でなく、 怪人二十面相に心を寄り添わせてしまう、 そんな幼少時代を過ごしました。 「わざわざ予告状とか送りつけないで、 黙って盗っちゃえばいいのに!」 |
── | 泥棒側の意見としては、もっともです。 が、それが‥‥何か? |
TOBI | 明智小五郎が 小林少年に女装を命じるようなところも、 幼いぼくの心をかき乱しました。 年端の行かない少年に、 アイシャドウやルージュを塗りたくって、 ロングヘアーのカツラをかぶせて 「だいぶ上手く化けるようになったな、フフ」 とかなんとか、 「え、大人がこどもに そんなことして‥‥いいの!?」と。 |
── | 現在のお姿も似たようなものですよね? |
TOBI | ポプラ社から出ている アルセーヌ・ルパンのシリーズも好きでした。 ルパンって、 シャーロック・ホームズとの対決では 池に飛び込み、 溺れ死んだと見せかけて、 人魚に変身したりとかしてたんですよ。 |
── | へえ、ものすごいイリュージョンです。 怪盗稼業を廃業しても ソレ一本で食っていけそうなレベル。 |
TOBI | 現在のぼくの「扮装癖」は これらの物語で、育まれたと思っています。 |
── | ビートルズ、KISS、Queen、プリンス、 マーク・ボラン、タカラヅカなどに加えて、 「怪人二十面相」 「アルセーヌ・ルパン」もルーツであると。 |
TOBI | ともあれ、 これみよがしに正義をふりかざす人間より、 怪盗とか大泥棒とか‥‥ まあ、自分の身の丈に合わせて言うならば 「空き巣側」の人間だったんですよ。 |
── | なるほど。 |
TOBI | ここで、少し脱線してもいいですか? |
── | 今まで脱線していなかったとでも!? ともあれ、どうぞ。 |
TOBI | アルセーヌ・ルパンのシリーズ第1巻が、 『奇巌城』というお話なんです。 「怪奇」の「奇」に「巌しい城」で。 |
── | ええ。奇厳城。 |
TOBI | ぼく、その『奇巌城』の話が好きすぎて、 いつのまにか 「奇」という漢字まで好きになってしまって。 |
── | ははは。どういう心理ですか、それ。 |
TOBI | 何でしょう、あの文字の造形が‥‥ つまり、トメ、ハネ、左払い、右払いなど あらゆる書道テクニックが盛り込まれており、 しかも、 上下が「大」と「可」で割れている。 なんともビッグなポッシビリティー、 漢字の「ユニバース」のような、 無限なる宇宙の可能性を感じていたんです。 |
── | ‥‥「奇」という字にですか。 |
TOBI | そのため、実家の居間に 障子格子のくもりガラスの引き戸が あったんですが、 そのくもりガラス1枚1枚すべてに ハァーと息を吹きかけて、 大好きな「奇」の文字を書きまくって ビッシリ埋め尽くしたんです。 |
── | 怖い‥‥。 |
TOBI | でも、その「奇」の文字は すぐに乾いて見えなくなってしまったので、 安心し、調子に乗り、 すべての障子のワクに奇、奇、奇、奇‥‥。 |
── | 何の呪い? |
TOBI | そう、あれは、数カ月後の大晦日の夜のこと。 その居間に親戚一同が勢ぞろいして すき焼きをつつきながら テレビで紅白歌合戦を観覧していたときです。 |
── | ええ、レ・ロマネスクさんも いつか出たいと願っている国民的歌番組を、 親戚一同、顔をそろえて。 あたたかい年越しですね。 |
TOBI | すき焼きの湯気、酔っぱらいの酒気、 その場にいる人全体から発散される汗など、 そういった蒸気が渾然一体となり、 くもりガラスの表面を湿らし、 消えていたはずの「奇」の文字が ボワーッと浮かび上がって、 いつのまにか、 無数の「奇」に囲まれていたんです。 |
── | ひぃ。 |
TOBI | 親戚一同、一気に血の気が引いて あたたかい年越しが すっかりホラーな年越しに変わったのですが、 誰の仕業かは1秒以内にバレ、 「なんて恐ろしい子!」と叱られました。 |
── | アンファン・テリブル、と。 |
TOBI | 今でも、心がザワザワするときには 無数の「奇」を書いて神経を集中させています。 頭デッカチになってはいないか、 あせって大と可が近寄り過ぎてはいないかなど、 精神的なバロメータにしているんです。 では、今回の「ひどい目。」の話を‥‥。 |
── | お願いします。 |
TOBI | ぼくが渡仏する前の数年を過ごしたのは、 練馬の桜台駅からほど近い、 木造2階建ての1Kのアパートでした。 4年ほど、そこに住んでいたんですけど、 その間、 就職しては就職先が潰れるという 出口の見えない 倒産スパイラルに巻き込まれておりまして、 気付いたときには 本やら衣類やらゴミやら何やらが ミルフィーユ状に地層化していたんです。 |
── | ははあ。 |
TOBI | 当時は掃除機を持っていませんでしたが、 そもそも、 掃除機をかけるスペースがありませんでした。 |
── | テレビでよく見る、ゴミ屋敷みたいな? |
TOBI | いいえ、元来の性格がきれい好きなので、 弁当のカラ容器や 使用済みの割り箸などは流しで洗剤で洗って 十分に乾かしてから積み重ねていました。 その上に、洗い終えた空き瓶と空き缶が載り、 その上に、読み終えた古新聞と古雑誌が載り、 その上に、洗濯済みの下着が載り、 その上に、証明写真と履歴書の束が載り‥‥。 |
── | ゴミを「整然と」溜め込んでいたから ゴミ屋敷とは違う、と? でも、どうして捨てなかったんですか。 |
TOBI | 捨てられなかったんです。どうしても。 そのアパートは 朝の7時半から7時50分の間に ゴミを出さなきゃならないルールがあって。 |
── | ものすごいタイトですね、それ。 |
TOBI | 当時は、次々と就職活動に応募しながら 朝から近所の古本屋で 猛烈にアルバイトをしていたんです。 「棚」を任せられるほど、猛烈にね。 |
── | それで、ゴミ出しを逃しまくっていた? |
TOBI | そうなんです。 室内にゴミが溜まりはじめると いくら整然と積み重ねていたとはいえ、 徐々に動ける範囲がせばめられ、 地層化した地面が日に日にせり上がり、 ほどなく居場所がなくなりました。 しかたなく、 キッチンの上の窮屈な物置スペースに、 布団を敷いて寝るように‥‥。 |
── | 部屋の主人が。 |
TOBI | ただ、「洋式トイレの便器の前」と 「シャワーの真下」には まるで磨き上げたようにピカピカの ふたつの「丸」がありました。 |
── | そこが「定位置」というわけですね。足の。 |
TOBI | カビのおそろしさを身を持って知りました。 あ、何かカビてきたなと気づいてから 四方をカビで包囲されるまでに、 ひと月も、かからなかったと思うので。 |
── | 湿気の多い日本のカビ、なんたる繁殖力‥‥。 それにつけても、 幼いころにはに四方を「奇」に囲まれ、 大人になったら リビングでは「大量のゴミ」に囲まれ、 浴室では「全面のカビ」に囲まれ。 |
TOBI | 当時の友人たちの間では 「あいつの家は汚すぎる」ということで ある種の観光名所と化していました。 としまえんプールや石神井公園など、 練馬方面へ足を伸ばしたときは、 ちょっと覗いて 「うわ、汚ねえ」とだけ言って帰っていく、 そういう場所になっていたのです。 |
── | 迷惑な話です。 |
TOBI | 一度など、友人がトイレを貸してくれと 部屋に寄ったのですが、 土足のまま、上がり込んできたほど‥‥。 |
── | 外国の方ですか? |
TOBI | いえ、日本人が、あまりの部屋の汚さに 「靴、脱がなくてもいいよね」と。 さすがに憤慨して 靴を脱いでから上がってくれと言ったら、 その友人、何て言ったと思います? |
── | どうでしょう。 |
TOBI | 「足の裏から病気がうつるかもしれない」 |
── | それほどの「瘴気」が立ち上っていたと。 |
TOBI | そんな、ある日のことです。 |
── | はい。 |
TOBI | 玄関を入ってすぐ、 ゴミの山からこぼれ落ちていた ネイビーのポリエステルのホットパンツに、 「靴の跡」がついていたんです。 つま先だけの跡が、ちょこんと。 |
── | へえ‥‥。 |
TOBI | それは、あたかも 「知らずに踏んでしまった」という感じでした。 |
── | 土足のご友人が踏んじゃったんですかね。 |
TOBI | いいえ、ハッキリと覚えているのですが、 その友人が 土足で上がった靴とは別の靴でした。 彼の靴はゴツいブーツのような感じでしたが、 その跡は、もっと、こう‥‥ 運動靴、スニーカーっぽい感じだったんです。 |
── | なるほど。 |
TOBI | ぼく自身は、 当然きちんと玄関で靴を脱いでいましたから、 何か、ちょっと、妙だな‥‥と。 |
── | たしかに、ほのかな違和感を感じます。 でも、それほどのカオスのなかに潜んでいた ほんの些細な違和感を発見するとは、 さすがは、そのカオスのまっただ中に住む人。 |
TOBI | にわかに、イヤな予感に襲われました。 なにせ、当時のぼくはといえば 就職活動でも古本屋のバイトでも使える 「黒い革靴」を、 一足しか、持っていませんでしたから。 |
── | つまり、知らない誰かの靴の跡が‥‥。 |
TOBI | ええ、ついていたんですよ。 ネイビーのホットパンツの「股間」の部分に、 靴のつま先で踏んだ跡が、 ちょこんと‥‥でも、ハッキリと。 |
<つづきます> |
2016-04-13-WED |