もくじ

第1回 ひとつのモチーフは、死。

──
前々作の『奇跡』には、
おじいちゃん役の橋爪功さんがつくった
「かるかん」というお菓子を
お兄ちゃんが
はなれて暮らす弟に食べさせるという
シーンがありました。
是枝
ええ。
──
そのことを
家に帰っておじいちゃんに報告したとき、
「何ちゅうちょった?」と聞かれ、
「あいつにはまだ早いわ」というふうに
答えたお兄ちゃんに向かって
橋爪さんが、アドリブで
「つっかえ棒を外された」みたいに
「フッ」と吹き出すのを見て
「ああ、このおじいちゃん、
 こういう人だったんだってわかった」
と、監督がおっしゃっていて。
是枝
はい。
写真
──
あと、前作の『そして父になる』でも
リリー・フランキーさんが
福山雅治さんの頭を叩くシーンで
リリーさんの判断で
ちょっと軽めに叩いたそうなんですが、
そのことが、リリーさん演じる
田舎の電気屋の人柄をよく表していた、
というようなお話を
以前のインタビュー記事で読みました。
是枝
そうですね。
──
そういう、
撮影現場で役者さんから出てきたものを
監督が受け止めて、
物語がより深まっていくようなことって
『海街diary』にも、ありましたか?
是枝
役者さんの演技を見て変えたシーンは
いくつかあります。

たとえば、綾瀬はるかさん演じる
長女の幸(さち)が
勤務先の病院の待合室で
風吹ジュンさんと再会するところ。
──
あ、覚えてます。
是枝
ふたりのやりとりを見てたら
ぼくが思ってたより、距離が近かった。

その‥‥「親密」だったんです。
──
そうなんですか。
是枝
何というか、ぼくの想定より
あのふたりは、仲が良かったんですよ。

なので、彼女たちのやりとりを見て、
風吹さんの食堂に
四姉妹がごはんを食べに行くシーンを
書き足したんです。
写真
──
「想定より」って、おもしろいですね。
「現場は生きもの」だってことですね。
是枝
それまでは
そういうシーンってなかったんですけど、
こんなふうに
親密なやりとりをするからには、
彼女は絶対に行くはずだと思ったんです。

風吹さんの食堂に、妹のすずを連れてね。
──
なるほど。
是枝
で、そういう流れがあるなら
ラスト、ああいうシーンで終われるなと。
──
ネタバレにならない程度に言うと、
ラストってお葬式のシーンなんですけど
ようするに、はじめは
そうじゃなかったってことですか?
是枝
脚本の第一稿は、原作にあるように、
四姉妹の父親の一周忌で
山形に戻るところで終わってました。
──
そうなんですか。
是枝
撮影をはじめたころには、
今のかたちに変わっていたとは思うけど
自分自身、本当に納得がいったのは、
たぶん、
あの食堂のシーンを書けたからです。
写真
──
おもしろいです。
是枝
もともと仲良しなんですよ、あのふたり。
──
あ、綾瀬さんと風吹さんが。
是枝
その関係性が
自然に出たってことでもあるだろうし、
風吹さんは、自分の母親を
綾瀬さんに看取ってもらってるから‥‥。
──
ええ、そういうお話でした。
是枝
そんな時間の積み重ねの先に、
あの待合室での会話があるんだってこと、
綾瀬さんと風吹さんが、表現してくれた。

ふたりの役者さんの洞察力が
ぼくの書いたものより深かったんですよ。
──
映画というのは、
そうやって、できていくものなんですか?
是枝
いや、ふつうは
そんなこともないと思うんですけど(笑)、
ぼくは、比較的よくやります。
──
現場で偶発的に生まれたことを受けて
作品が針路を変えていくって
なんだか、すごく、おもしろそうです。
是枝
いやあ、おもしろいですよ。
そんなことがあるから、楽しいんです。
──
あらためて、映画監督というお仕事は
どういうところが、おもしろいですか?
是枝
いや、いろんな瞬間、おもしろいなあ。

頭のなかで役を演じわけながら
セリフを書いている時間もおもしろいし、
今の話みたいに、
現場で、自分の想定とはちがう、
でも、もっといい展開を見つけた瞬間も、
おもしろいしね。
写真
──
なるほど。
是枝
ああでもないこうでもないって言いながら
撮った素材を編集するのは
まるきり「肉体労働」なんですけど、
でも、そうしているうちに、
だんだん
「ああ、そうか。
 こんなことをやりたかったのか、俺は」
って見えてくる瞬間があって
そんなときも相当、おもしろいです。
──
出来上がったときは、どうですか?
是枝
出来上がっちゃうと、
じつは、そんなにおもしろくない(笑)。
──
え、そうなんですか。
是枝
もう、次に行きたくなっちゃうから。
──
ご自身の作品を観かえしたりとかは‥‥。
是枝
滅多にしないです。
──
そうですか。そんなものですか。
是枝
うーん‥‥ぼくは、しないなあ。

昔の写真を見たときにさ、
「どうして、こんな妙な柄のセーターを
 着てるんだろう、俺」
みたいな気持ちになるからかも(笑)。
──
そんな(笑)。
是枝
時代のせいだったり、自分の若さだったり、
当時の彼女の趣味だったりでね(笑)。
──
なるほど、わかりました(笑)。

最後に、撮影監督の瀧本幹也さんについて、
ちょっとおうかがいします。
是枝
はい。
──
映画のカメラマンとしては
前作からのお付き合いだと思うんですが
『海街diary』を
「ずっと見ていたいなあ」と思ったのは
瀧本さんの映像の雰囲気もありますよね。
是枝
もちろん、そうですね。
写真
──
どんなふうに、思われていますか?
瀧本さんご本人や、その作品については。
是枝
尊敬してる。
──
尊敬。
是枝
カメラとか、レンズとか、フィルムとか、
そういったものに対する‥‥
んー、なんて言ったらいいんだろう、
たとえば、
ぼく、アートディレクターの葛西薫さんに
映画のポスターを
お願いすることが多いんですね。
──
ええ。
是枝
葛西さんって、この活字で、このインクで、
この紙で、あそこの印刷所に頼んだら
こんなふうに仕上がってくるということが、
完全にイメージできる人なんです。
写真
──
すごい。
是枝
つまり、自分の表現をするにあたって
使うべき道具に対する、
身体的な理解力がすさまじいんですよ。
──
なるほど。
是枝
瀧本さんにも、同じものを感じます。

年はまだ若いけど、
このレンズで、このフィルム感度ならば
こういう色で上がるはずだという、
その部分の精度が、圧倒的に高いと思う。
──
たしかに、瀧本さんの写真って
「美しくて、澄んでいて、透明感がある」
のに加えて、
「緻密」というイメージもあります。
是枝
あとは「撮ることに対する貪欲さ」かな。

自分が撮りたいと思うものを撮るために、
やってることが、おそろしい。
自力で移動車をつくってみたりとか(笑)。
写真
──
以前、取材させていただいたときには
射点の間近で
スペースシャトルの打ち上げを撮影すべく、
爆音に反応するように
ご自身で無人カメラを改造してました。
是枝
いいなあ(笑)。
そういうところが、とっても素敵。

<おわります>
2015-07-29-Wed