東京都美術館で開催中の吉田博展が、
とてもよかったのでご紹介させてください。
吉田博(1876-1950)は、明治から昭和にかけて、
木版画の分野で活躍した洋画家です。
はじめは油彩や水彩で絵画を描いていましたが、
1920年代から本格的な木版画をこころざします。
彼の版画の魅力は、なんといっても色彩にあります。
本当に版画なのか、と見紛うようなグラデーション。
平均で一つの作品に三十数回の摺り重ねをほどこし、
あざやかな画面を現出させています。
もと洋画家ということもあって、
西洋の写実と日本の木版画技術のハイブリッド
と言ってもいいでしょう。
前半の作品は、抒情的な画面構成と色使いで、
見ていてうっとりとしてしまいます。
中でも『瀬戸内海集 帆船』の連作は、
時間帯によって移り行く空気の温度が、
和紙の隙間から滲み出てくるようでした…。
それが後半になると、
作風が写実的な方向へシフトしていくような気がしました。
それもただの写実ではなく、版画でここまでやるのか、というレベルの。
『陽明門』という作品では、
実に96回の摺り重ねで、細かい部分の色まで丁寧に表現しています。
気の遠くなるような過程です、ひええ…。
版画は絵師だけでなく、
彫師と摺師の技術もあって完成するものですが、
その三つの役職すべてがトップレベルの技を発揮した作品たちが、
この展覧会には集まっています。
また、旅が好きな方だったらしく、
アメリカやインド・東南アジア、
そして日本各地の風景を描いた版画がずらりと並んでいます。
このご時世で「旅不足」をこじらせている人は、
その代わりのつもりで、
展覧会に足を運んでいただくのもおすすめです。
西洋画が到来し、写真が発明された後にあっても、
版画における写実の可能性を追い求めた画家、吉田博。
その挑戦の跡を、みなさまもぜひご覧ください。
きっと後悔はしません、
めちゃめちゃ綺麗ですから!