世田谷文学館で開催中の
「イラストレーター 安西水丸展」を
おすすめします。
展示室の中にいるときから
軽快な興奮がずっとつづいて、
いまも「よかったなあ」という
心地よい余韻が残っています。
安西水丸(あんざいみずまる)さんは
1970年代から、
本の装丁・装画、絵本、漫画、
雑誌、小説、エッセイ、
広告、立体制作など
文字どおりジャンルをこえて
たくさんのお仕事を手がけました。
世田谷文学館での今回の展示は
2016年から全国を巡回した展覧会の
集大成として位置づけられていて、
幼少期から晩年までの足跡を
600点以上の展示でめぐります。
あまりに多作なお仕事に圧倒されつつ、
構成と作品の展示のしかたも
この展覧会のおおきな魅力でした。
会場内は迷路のように
木の壁が立てられていて、
なにがあるんだろう、とわくわくしてきます。
のぞき穴があって
かがむように中を見たり、
ポスターにじぶんも入れるような
「顔はめ」スポットがあったり、
おおきなイラストがどーんと現れたり、
和室(!)があったり。
遊び心がたっぷりの会場で、
もしも、ご自身が展覧会をつくったとしても
こんな雰囲気になっていたんじゃないか、と思うほどでした。
ここですこし、
個人的な思い出話を挟みます。
ふりかえれば、
『がたん ごとん がたん ごとん』(安西水丸作 1987年)や
『ふわふわ』(村上春樹文・安西水丸画 1998年)で
幼いころからその絵にはふれていました。
でも、安西水丸さんという作家を
はじめて意識したのは
青山にあるギャラリー
「スペースユイ」で開催されていた
和田誠さんとの2人展でした。
和田誠さんも、安西水丸さんも、
お元気に活躍されていた頃です。
そのときの記憶で、
いまでも覚えている感情があります。
水丸さんの絵の魅力と
「水丸」というお名前のことです。
さっぱりしていて、
なんだかおしゃれで、
かわいらしくて、親しみやすい。
水丸さん。みずまるさん。
さわやかでいい響きだと思うと同時に、
絵の印象とすうっと一致した気がしたのです。
水丸さんの絵に出合って、
最初に感じたことはそれでした。
ですから、ここでも敬意をこめて
「水丸さん」と書かせていただきます。
水丸さんの作品が並ぶ展覧会には
あかるい愛が溢れていました。
モチーフえらびや
色彩の組み合わせからも
たのしんで描いた様子が伝わりますし、
ことばと絵が組み合わさったエッセイからは
水丸さんが感じた
「うれしい」「おいしい」や
「おどろき」が届いてきます。
なにより、幼いころからずっと変わらずに
描くことが好きだったんだろうということが
まっすぐ伝わってくるイラストレーションばかりです。
絵そのものから伝わってくる
水丸さんの肯定的な感情は、
キャリアを積んでいってからも
変わることがありません。
やわらかな枝葉を支える根っこには
何十年もイラストに向き合ってきた
水丸さんのつよさや本気があることも、
同時にもちろん感じます。
ただ、しかめっ面をして絵に向かう水丸さんなんて
想像できないのです。
不思議な感想かもしれませんが、
こんな親戚のおじさんがいたら! と想像しました。
訪ねるたびにおもしろい話を聞かせてくれる。
いっしょに絵を描いてくれる。
みんなに慕われていて
古くからの親しい仲間も多い、
やさしい笑顔の「水丸おじさん」です。
イラストレーションやことばから
そんな様子まで思い浮かんでくるって、
なかなかないことだと思います。
作品のすばらしさはもちろんですが、
この展覧会を見ていたら
水丸さんという人のことを
さらに好きになってしまったのでした。
水丸さんと親交の深かった
3人の作家、
嵐山光三郎さん、村上春樹さん、和田誠さんとの
公私にわたった関わりを特集したコーナーも
水丸さんの人柄や仕事ぶりが
よくあらわれているように感じました。
お互いにリスペクトしあいながら、
つねにユーモアも忘れない。
息のあった仲間との仕事は
たいへんでもきっとおもしろいし、
たのしいアイディアやいい作品は、
そういう場からうまれるんだと思います。
わたしが水丸さんと出合ったきっかけの
和田誠さんとの共作のシリーズも
展示されていました。
1枚の紙に2人が絵を描く、という
ユニークな試みです。
真っ白な紙の半分をあけて、
さいしょの線を描くとき。
半分が描かれた状態で受け取って、
この隣になにを描こうと考えるとき。
相手の絵を考えながら
じぶんの絵を描いていくという
完成までの過程に思いをはせて、
やっぱりわたしはこのシリーズが好きだなあと感じます。
もうあらたな絵がうまれないことを
さみしくも感じながら、
いまある作品を愛おしく
じっくりと眺めました。
最後に、
「ああ、水丸さんだ」と思った
水丸さん自身のことばをご紹介します。
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こんな風に生きたいと
おもっていることがある。
絶景ではなく、
車窓の風景のような人間で
いたいということだ。
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魅力のある絵というのはうまいだけではなくて、
やはりその人にしか描けない絵なんじゃないでしょうか。
だから、そういうものを描いていきたいと思います。
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水丸さんと比べるなら
あらゆることについて、
わたしはまだまだです。
水丸さんのお仕事の数々を思うと、
まだまだ、というのも
おこがましいような気さえします。
それでも。
こんなおとなになりたい。
こんなふうに仕事をしてみたい。
水丸さんの展覧会で感じたのは
あかるい憧れの気持ちでした。