ほぼ日カルチャん

ゾッキ

映画

0160

現実から10センチ。

山下

0160

かつて、ここ「ほぼ日カルチャん」で、
『音楽』というアニメーション映画を
おすすめしたことがありました。
原作漫画の作者は、大橋裕之。

同じ作者の初期作品集、
『ゾッキA』『ゾッキB』を実写映画化したのが
この作品、『ゾッキ』です。

観ました。

おもしろかったです。
観終わったあともずっと、
いくつかのシーンを繰り返して思い出し、
つい笑ってしまっています。
場所を選ばずふいに思い出すので
ちょっと困ります。

出演者の名前を挙げてみましょう。

吉岡里帆、松田龍平、石坂浩二、國村隼、
ピエール瀧、鈴木福、安藤政信、竹原ピストル、
松井玲奈、倖田來未‥‥。

そうそうたる顔ぶれです。
さらに監督もすごい。
竹中直人、山田孝之、齊藤工。
この3人による共同監督の作品です。

映画の感想に入る前に、
大橋裕之さんの漫画についてすこし。

アニメーション映画『音楽』を観て
びっくりしたぼくは、
大橋裕之さんの漫画を何冊か読みました。
衝撃でした。
こんな漫画は読んだことがなかった。
シンプルな線で描かれた画風に戸惑いましたが
それは最初だけ。
ぐいぐいと、奇妙な物語に引き込まれました。
ばかだなぁと笑ったり、
せつないなぁとしみじみしたり、
やさしいなぁとあたたかくなったり。
ページをめくりながら、
あちこちに感情が振り回されます。
独特の「間」も、たまらない。

大橋さんの作品は
「シュール」と言うこともできるでしょう。
でも、その言葉だけで評するのはどうにも足りない。
やはり、独特のストーリー運びが、
この作家のいちばんの魅力とぼくは感じています。

個人的で勝手な解釈なのですが、
大橋さんが描くのは
「現実から10センチの物語」だと思っています。
進んでいくストーリーが分岐点に達したとき、
大橋さんの漫画は
「え? そっちに行く?」
という方向に舵をきります。
でもそれはドラマチックな展開ではなく、
びっくりするようなどんでんがえしでもなく、
みごとな伏線回収でもない。
かといって逆に、
超リアルな描写というわけでもない。
なんと言うのでしょう‥‥
そう、現実から10センチ離れたところに、
ぬるりと身をかわして進む感じ。
リアルとファンタジーのあいだ、
とでも言いましょうか‥‥。
「え、そっちに行くの?」
「ここで、その描写?(笑)」
それを目の当たりにしたときに、
大橋ワールドの魅力をぼくは
最大限に感じています。

さて、
そんな大橋裕之さんの漫画を実写映画化した
『ゾッキ』の話に戻りましょう。

観る前からたのしみだったのは、
個人的な解釈、「現実から10センチ」を
実写で体験できることでした。

すばらしかったです。

そもそも、共同監督の3人、
竹中直人さん、山田孝之さん、齊藤工さんは
それぞれに「映画の不思議で微妙な可能性」を
探り続けている方々だと、
これまた勝手にぼくは思っています。
そんな3人が、天才・大橋裕之の作品を
実写で再現する。
これだけでもう、期待が膨らみます。
企画がもちあがった段階から3人の打ち合わせは、
きっとたのしかったんだろうなぁ‥‥。
そういう現場、うらやましいです。

もう一回、3人の写真を載せちゃいましょう。

原作があるものを映画化するとき、
しばしばその再現性について
きびしい評価が飛び交うことがあります。
その点、この『ゾッキ』はどうなのでしょう。
すくなくてもぼくは大満足しています。
再現性うんぬんを言う以前に、
スクリーンを見つめている時間が
まるごと心地よかった。
製作に関わった全スタッフの、
ありきたりな言い方ですが「映画愛」も
隅々から感じられました。
(『裏ゾッキ』というメイキング映画のことを、
これを書きながら知りました。観たい!)

と、ここまで具体的な映画の内容について
触れないようにぐっとこらえてきましたが、
ちょっとだけ言わせてください。

「伴(ばん)くん」がすごかった!

上の画像、上段中央が「伴くん」です。

漫画『ゾッキ』のなかでもとくに
「伴くん」の話が印象深かったので、
実写化がうれしかったです。

伴くん役を演じたのは、
これが映画初出演の九条ジョーさん。
コウテイというお笑いコンビの方なのだそうです。
もう、まさしく、伴くんでしたよ。
雨の中での土下座! すごかった‥‥。
こんなにも、
猛烈で、くるおしく、笑えてしまう、
「友情物語」は他にないと思います。

それと、竹原ピストルさん。

よかったなぁ、あのお父さん。
本業はもちろんミュージシャンですが、
竹原さんの演技、しみいりました。

松田龍平さんの
飄々とした演技にずっと笑わせられたし‥‥。

吉岡里帆さんは、
「訳ありなかわいさ」の演技が印象的で‥‥。

ピエール瀧さんが松田龍平さんに
メモを渡す場面なんか、
かなりの名シーンですよ、あれは。

ああ、ネタバレ注意ですね。
そして役者さんの話をはじめたらきりがない。

勝手な感想を書き連ねてきたついでに、
最後に、鑑賞のポイントを
ふたつ挙げさせてください。

1)
「秘密」がテーマの映画です。
短編集『ゾッキA』『ゾッキB』に
収録されている作品から
何本かを選んでのオムニバスなのですが、
ただ複数の作品がならべられるのではなく、
「秘密」というキーワードで
全体をくくった構成がさりげなく行われています。
その脚本が、とてもよかった。
これから観る方は「秘密」という言葉を、
頭の隅に置きながら見ると、
より味わい深く鑑賞できるかもしれません。

2)
笑わせる演技がありません。
『ゾッキ』は、ジャンルでいえば
コメディに含まれる映画なのでしょうが、
「おもしろいことをしています」
「ここ笑うところです」
という演技が、たぶん一度もありません。
登場人物たちはそれぞれに、
必死に自分の人生を生きている。
ただただ必死にふるまう様子を見て、
観客が笑うのです。
この「笑わせようとしていない演出」は、
ほんとうに徹底していて、
それがとても品のあることに思えました。
よかったら、このポイントについても
すこし思いながら観てみてください。

独特の「間」をたいせつにしながら、
ていねいに物語を重ねていく映画です。
スピーディーな展開を好む方には、
もしかしたら物足りないのかもしれません。
どんな作品にも「好み」はありますから。

ただ、ぼくは、自分の友だちには、
「『ゾッキ』おもしろかった」
と思ってほしいと思いました。
だから、ここでこうしておすすめしています。

観て、おもしろいと思ったら、
「ほぼ日カルチャん」へ来てください。
ネタバレを気にせず、
たっぷり内容について話しましょう。

基本情報

ゾッキ

公開時期:2021年4月2日(金)より全国公開

キャスト:吉岡里帆 鈴木福/ 松田龍平ほか
監督:竹中直人 山田孝之 齊藤 工
原作:大橋裕之「ゾッキA」「ゾッキB」(カンゼン刊)
脚本:倉持裕
音楽監督:Chara
主題歌:「私を離さないで」Chara feat.HIMI
配給:イオンエンターテイメント
©2020「ゾッキ」製作委員会

公式サイトはこちら