落ち着いて、冷静に、
これを書かなければと思っています。
なぜならぼくは、
デイヴィッド・バーンの、
そしてこの人物がフロントマンだったバンド、
トーキング・ヘッズの
いわゆる「往年のファン」だからです。
そうした人物からのおすすめというものは、
しばしば思い入れが過剰で
おしつけがましくなりがちです。わかっています。
だから、落ち着かなければ。
デイヴィッド・バーンや
トーキング・ヘッズを知らない人にも、
興味を抱いてもらわなければ。
おすすめをはじめます。
「アメリカン・ユートピア」は、映画です。
映画ですが、
内容は約107分の音楽ライブステージです。
デイヴィッド・バーンというアーティストによる
ブロードウェイで大評判だった伝説のショーを、
スパイク・リーという監督が
完全映画化した作品です。
(スパイク・リーについても話し始めると
熱く長くなってしまうので、
すばらしい実績は各自お調べください)
伝説と称されるこのショーの最初の方で、
デイヴィッド・バーンが客席に問いかけます。
「ステージ上から一番大切なもの以外
すべてを排除したら? 何が残る?」
なるほど、ステージにはなにもありません。
「残るのは我々と皆さんだけ」
たしかに。
と思っていると、
楽器を手にしたパフォーマーたちがあらわれる。
全員がシルバーグレーのスーツを着ている。
「それがこのショーです」
演奏が、はじまる。
‥‥か、かっこよかったなあーっ!!
はっ。
いけません。
冷静にレポートしなければ。
シルバーグレーのスーツに身を包んだ
12人のパフォーマーはみんな裸足です。
足の裏の肉がステージを叩くリズムと振動が、
生々しく直に伝わってくるような気がします。
それぞれが持つ楽器からは
コード類が一本も出ていません。
思うがまま自由に動くこともできるし、
複雑なフォーメーションで
(綿密なリハーサルが必要と思われます)、
流れるように移動することもできる。
コードのないダンスは、ほんとうに見事でした。
ショーの構成・演出は、
演劇的に思えました。
幕が上がると、
「人間の脳」の模型を手にした
デイヴィッド・バーンが
淡々と語りはじめます。
いきなり「脳」です。
ギョッとします。
でもここですでに観客は心をつかまれています。
以降、このショーを観ているあいだずっと、
(すくなくともぼくは)
脳のイメージが頭から離れませんでした。
「このショーを観て、聞いて、
肌で感じていることはすべて、
脳に届いて脳が処理をしている。
さらに言えば、
パフォーマーたちが発しているすべても
それぞれの脳がうみだしたものだ」
というような
ややこしいことを思うのですが
じっくり考える暇はなく、
ステージからは刺激的でスタイリッシュで、
それでいてあたたかい、
きらめくエンターテイメントが
次々と降り注いできます。
ずーっと、すばらしい。
もう、なんなんでしょうか、この体験は。
すごい! ほんっとうにすばらしい!!!
‥‥落ち着きます。
(コップの水を半分飲む)
一般的なコンサートと同様に、
曲間ではヴォーカリストが
短いトークをはさみます。
デイヴィッド・バーンの語りは、
年齢的なこともあってか(69歳)
十分に肩の力が抜け、ウィットに富み、
自然体でやわらかく、
思いつきで喋っている瞬間さえ
あるように見えました。
でもやがて、
それらはすべて細やかな計画の
一部であることがわかります。
曲に移ると、
直前に話していた内容が、
実に独特な広がりかたで膨らんでいくのです。
見たことがないパフォーマンスに乗って。
セリフではじまり、
それを音楽で広げていくという意味では、
ミュージカルのようだとも思いました。
一曲ごとに演出があります。
マーチングバンドの
フォーメーションが美しい曲があれば、
照明の効果が印象的な曲もある。
デイヴィッド・バーンの
パントマイムのような奇妙な動きに
釘付けになる曲もありました。
強いメッセージを真面目に(でもスマートに)
伝える曲が披露されたかと思うと、
ヒットナンバーの演奏で
盛大なロックショーを
炸裂させる時間も用意されています。
様々な演出が重層的に重なって、
ショーがどんどん厚みをましていく‥‥。
このうねるような展開は
36年前に公開された
デイヴィッド・バーン率いる
トーキング・ヘッズの映画、
「ストップ・メイキング・センス」に
通じるものがあると思いました。
この映画でカルチャーに目覚めたり
進む道が変わったという人は、
決してすくなくないはずです。
ああ、ああ、
「ストップ・メイキング・センス」!!!
‥‥またです。失礼しました。
とりわけ「ストップ・メイキング・センス」
の話になると冷静さを欠いてしまいます。
熱くなったついでに言ってしまえば、
36年前にぼくは
大学の先輩にすすめられて渋谷の映画館で
「ストップ・メイキング・センス」を観ました。
前知識はゼロでした。
トーキング・ヘッズは名前しか知らなかった。
映画だと思ったのに、コンサートの映像だった。
でも、たのしめた。
いや、たのしめたどころか!
とんでもないカルチャーショックを受けました。
これまで何度繰り返して観たことか。
ですから、
なにも知らない人にこそ観てもらいたい作品です。
一曲も知らなくたって、大丈夫。
「ストップ・メイキング・センス」で感動した
ぼくのような「往年の~」な方々については、
おすすめするまでもないでしょう。
「いつ観に行くか」を考えはじめてくださいね。
観る前にハードルを上げても平気です。
そのハードルを軽々と超える満足があるはずです。
ただし、ご注意。
ぜひ、映画館で鑑賞してください。
上映が終わってしまう前に、映画館で。
音がいい、大きなスクリーンがすばらしい、
という一般的な理由もありますが、
この映画にはもうひとつ、
映画館でなければという理由があります。
「脳」という、
閉ざされた個のイメージから
このショーははじまりました。
考えたり、経験したり、鍛えたり、
個が「脳」にたくわえたものは
いったいなんのためにあるのか?
それはもちろん、つながるためです。
デイヴィッド・バーンが、
「動き回ろう」と歌います。
映画を観終わって、
客席から外に出る足取りは、
いつもと違う感じになっていることでしょう。
あふれる多幸感・肯定感を抱えて、街へ!
ですからぜひ、映画館で。
※こういう状況下ですが、
開いている映画館は今、
できる限りの安全を施して
お客様を待っているはずです。
来館者も気をつけて、
すばらしい作品が観られる空間を
いっしょにつくりましょう。
ご協力をお願いいたします。