旅する人、堀内誠一さんは、
絵で、文章で、写真で、旅を表現しました。
そして地図でも。
こんな地図を見たら、
もしそこが「いつか行きたいところ」だったら、
そのあこがれがますます大きくふくらむよう。
「もうすぐ行く街」や「行ったことのある街」なら、
まるでそこを歩いているような気持ちになりそうです。
それが、堀内さんの地図です。
『an・an』などに掲載された旅のおはなしには、
たのしい、うつくしい絵や文章とともに、
ひきこまれてしまいそうに緻密な
地図のページがありました。
堀内さんがみずから歩いた街の地図には、
細い路地までていねいに描かれ、
通りの名前や建物などが書き込まれています。
そえられたイラストは簡略化されているのに
きちんと意味がわかります。
ひとりごとのような短い文章は、
的確な道案内であり、
堀内さんがナイショでおしえてくれる
旅のヒントです。
広い範囲の地図も、小さな通りの地図も、
彩色された地図も、モノトーンの地図も、
その場所の雰囲気がつたわる色彩とタッチで、
名所や歴史、たべものや観光のエピソードまでが
イラストや、短い手書きの文章で書き込まれて、
これだけでひとつの「ガイドブック」のようです。
おなじパリの街でも、ちょっとずつタッチが違ったり、
タイトルのレタリングで遊んだり。
地図を描くのが楽しくて仕方がない!
机に向かう堀内さんは、
もしかしたらそんな気持ちだったのかなぁ、
と思います。
堀内さんの地図には、
表面だけの形容詞や過剰な情報はありません。
「網羅しよう」ということもない。
地図はかくあるべしだというような常識とらわれず、
堀内さんにとっておもしろいもの、うつくしいものが、
惜しみなく、さりげなく、まるで旅の仲間に語るように、
たっぷりと、地図の上にひろがっています。
堀内さんがこの地図を描いたときから、
ずいぶん時間が経っていますけれど、
いまだに夢中になって顔を近づけたくなるんです。
むさぼるように絵を、線を、文字を追いかけたくなる。
堀内さんは、旅するときには
旅程とともに行き先の地図を描きました。
地名と、列車や車など移動手段をあらわす線。
単純だけれど、すごくわかりやすい!
こんなふうに、絵を見ることを目的とした旅では、
列車でたどる線と所要時間、
そこで行きたい美術館と見たいものが、
★つきで書き込まれています。
堀内さんの地図で、おどろくことがもうひとつ。
ぼく(武井)は、堀内さんのマネをして地図を描くとき、
手元に「正確な地図帳」が必要です。
彫像をデッサンするのと同じで、
もとの地図を見ながらじゃないと、
「縮尺」というか、距離感がおかしなことになるのです。
けれども堀内さんには、どうやら絶対音感ならぬ
「絶対距離感」みたいなものがあったらしい。
記憶だけで、かなり正確な地図が
再現できちゃうみたいなんです。
そういえば堀内さんはカメラマンの隣で撮影を見ていると
その写真が(現像する前に)頭に入ってしまうので、
すぐにレイアウトにとりかかることができる、
というエピソードがありました。
地図や路線図も、きっと、そうだったんだろうなあ。
そして、冒頭でも紹介したような、
カラフルに彩色された地図ですが、
ほとんどが、一発描きです。あんまり下絵の跡も見えません。
そもそも、ふつう、印刷するために描く地図は、
(旅行ガイドブックをつくったことがある経験から言いますと)
「道版」「その道の色版」「標識・マーク版」「文字版」など、
要素を別々に書いて(描いて)、組み合わせます。
いちばん下に道版をつくって、
トレーシングペーパーを重ねて、
ずれないように書き込んでいきます。
印刷する工程でそれを重ねてもらうんですね。
(いまは、コンピュータでしょうけれど。)
もちろん堀内さんにもそうした地図はあります。
ありますが、それもまた「ぜんぶ自分で描いちゃう」。
しかも修正液の跡がない‥‥。
(描き直したほうが速い、とおっしゃっていたとか‥‥?)
つくづくおそろしい人だと思います。
さて次回は地図の続きで「挿し絵」の話です。
おたのしみに!