第二回 2016-9-8木曜日 「その奥」に、見ていたもの。

──:
村上春樹さんや吉本ばななさんなど、
たくさんの作家を担当されてきた編集者、
松家さんからすると、
星野さんって、どんな作家でしたか?
松家:
写真にしても文章にしても、
最初から
確固としたスタイルを持った人でした。

現像されてきた写真を見て、
「もう少し、こうしたらどうですか?」
なんて口を挟む余地はなくて。
──:
編集者の出番の少ないタイプ。
松家:
そう、そうなんです。

星野さんの作品を
いちばんいいかたちで伝えるためには
どんな構成で見せたらいいか、
その点については心を砕きましたけど。
──:
でも、亡くなったのが43歳ということは、
星野さんって、
かなり早い段階で「完成」していた、と?
松家:
そうだと思います。

まず、書き手としての星野さんを見た場合、
デビュー作の『アラスカ 光と風』で、
すでに、スタイルがはっきりとありました。
──:
星野さん、30代前半のころの作品ですね。
松家:
もちろん、年を経るごとに
より洗練されてはいくんですけれど、
デビューした時点ですでに、
星野さんの世界が確立していたと思います。
──:
それは、何でしょう、
持って生まれた才能ということでしょうか。
松家:
ええ、もちろん才能もありますが、
中学・高校のころから
浴びるほど読んでいた「本」によっても、
培われたんだと思います。
星野さんの書いた文章を読めば、
「大変な読書家が書いた」ということが
はっきり、伝わってきますから。
──:
星野さんの書くエッセイって、どれも、
やさしい語り口で、
だれにでもわかる文章だなと思うんですが、
その「平易さ」には、
膨大な読書量という裏付けが、あった。
松家:
たとえば、坂本直行『雪原の足あと』とか、
ピーター・マシーセン『雪豹』とか、
アルセーニエフ『デルス・ウザーラ』とか、
ネイチャーライティングの名作は
片っ端から読んでましたし、
フェアバンクスのご自宅の書斎の本棚には、
小説なども並んでました。

バスルームの手を伸ばせる窓枠には、
武満徹さんや
小沢征爾さんの本がずらっと並んでました。
──:
直子さんと結婚する前は、
「荒野にたったひとり」みたいな時間も
長かったと思うんですが、
そういうときに、読んでたんでしょうか。
松家:
ええ、厳冬期のマッキンレー山、
いまはデナリと呼ぶようになりましたが、
そのデナリを背景にしたオーロラを
誰も撮っていないからどうしても撮りたいと、
1か月以上、
単独でテントを張ったことがあるんです。

そのとき、
零下40度の真っただ中で読んでいたのが、
南極探検とその遭難を描いた
『エンデュアランス号漂流』だったそうです。
──:
ご本人に直に接した松家さんからすると、
星野さんの文体には、
やはり、お人柄が出ていると感じますか?
松家:
はい。それはもう、まちがいなく。

とくに、
代表作のひとつ『旅をする木』は「書簡体」、
つまり「手紙」として書かれている
章もありますから、
読んでいると、
星野さんの声が聞こえてくるようです。
──:
あの語り口調の文体って、
文章の技術や巧みさを競うような世界とは、
まったく別のものですよね。
松家:
そうですね。

文章が文章を生むような技巧的な文章、
流麗なレトリックには、
関心がなかったんだと思います。
──:
他方で、アラスカの大自然と格闘する
冒険家のドキュメンタリー、
みたいな大げささも、感じません。
松家:
デビュー作の『アラスカ 光と風』の
ひとつのハイライトは、
さきほどの、零下40度の厳冬期に
アラスカ山脈のなかで1か月、
単独でテントを張ってオーロラを待ち、
ついに撮影に成功したしたときの
くだりなんですが‥‥。
──:
はい。
松家:
そんな寒いところに1か月もいたら、
どんなに注意していても
みるみる凍傷になっていくんですね。

指の先なんかも黒くなってしまって、
針でプツッと突ついたら、
黒いものがドロっと流れた、なんて書いてます。
──:
うわ‥‥。
松家:
でも、リアルでドキッとする描写をしながらも、
決して「センセーショナル」じゃない。
筆致が、どこか淡々としているんです。
──:
はい、そんな感じがします。
松家:
そもそも、周囲の人に止められてるんです。

厳冬期のアラスカ山脈で、テントを張って、
たったひとりでオーロラを待つなんて、
「正気の沙汰じゃない。
そんなことしたら、おまえ死ぬぞ」って。
──:
無謀とも言える挑戦だったんですか。
松家:
でも、それが自慢話になっていない。

これ、書く人が書いたら
「どうだ、俺は
これほどの大冒険をやってのけたぜ」
みたいになっても、おかしくないですよね。
──:
その感じは、まったくないです。
松家:
でしょう? また別のときには、
テントの外側をざらざらした「何か」が
押してきたので、
寝ぼけまなこで押し返したら「クマ」で、
クマは慌てて、逃げていったという。
──:
テント越しの遭遇!
松家:
その話にしたって
「あやうく、クマに襲われそうになった」
という書き方もできます。

「生死を分けた瞬間、
奇跡的に命拾いをした!」とか。
──:
ビックリした経験だったら、
なおさら、大げさに書きたくなるかも。
松家:
でも、星野さんの文章は
むしろ、淡々としています(笑)。

どこか
ユーモラスな感じさえするんです。
──:
たしかに‥‥。
松家:
それは、わざと無理してるんじゃなくて、
そのように感じることのできる
星野さんの人柄が出ているんじゃないか、
という気がするんです。
──:
あっちだってビックリしてるんだ、
野生のクマだって、
人間のことが怖いんだよっていう事実も、
伝わってきますね。

ただ「命拾いした!」と騒ぐだけよりも。
松家:
そのとおりです。クマも人間が怖いんだと。

いっぽうで、アラスカ山脈で1ヶ月、
ずっと待ち続けていたオーロラが出たとき、
撮影に成功しながらも、
星野さんは
「恐怖を感じた」と、書いているんです。
──:
感動の前に、恐怖?
松家:
「今、この巨大なオーロラを見ているのは
世界で自分ひとりだけかもしれない。
そのことに対して感じた恐怖」なんだと。
──:
おお。
松家:
オーロラという自然現象に対する畏怖の念を、
そんなふうに表現できるのは、
やっぱり才能だし、
星野さんの自然観の表れでもあると思います。
──:
オーロラvs自分。
松家:
そう、そのイメージを読者に喚起させる力。

夜空に音もなく揺れる巨大な存在と
自分ひとりが向き合ってるんだと考えたら、
たしかに「恐怖」を感じますよね。
──:
では、その星野さんの「写真」については
どんな特徴があると思われますか。
松家:
ぼくは写真の専門家ではないですが、
少なからず
星野さんの作品に接してきた経験からすると、
とにかく
強引に撮った写真は1枚もないと思う。
──:
あ、そんな感じ、します。
松家:
ひとつ象徴的なのが、フィールドに出るとき、
ライフルを携行しなかったこと。

アラスカの大学には
ライフルの授業というのもあるそうで、
それは、言うまでもなく、
フィールドでは
身の危険に晒される危険性があるから。
──:
ええ。
松家:
でも、星野さんは、ごくごく初期には
教えられたとおり
ライフルを持っていったそうですが、
すぐに持つのをやめてしまう。

それは、
「俺はライフルなしでやっていけるぞ、
どうだ、すごいだろう」
という意識では、もちろんなくて、
ライフルを持ってしまったら、
見えるものが見えなくなってしまう、と。
──:
動物との関係性が、
圧倒的に、変わってしまいますよね。
松家:
アラスカの大自然に分け入ってゆく。
カリブー、ムース、グリズリーといった
野生動物が、そこで生きている。
そのフィールドに身を置いて、
光景全体が見えてくるのを待つんです。

ずかずかと探しまわって
見つけ出して撮るという写真ではなく、
動物が現れそうな場所で、気長に待つ。
──:
たしかに、星野さんの写真からは
力こぶも感じないし、
剥ぎ取られた断片、という印象も受けません。
松家:
星野道夫という写真家は
カリブーや、ムースや、グリズリーたちが
アラスカの自然環境のもとで
どんなふうに生きているのか‥‥
その空気というか、
「全体」を捉えようとしていたような、
そんな気がします。
──:
決定的瞬間、ではなく。
松家:
自然の流れに任せながら、包み込むように。
──:
「追う」より「待つ」と言うか。
松家:
そう、ひたすら「待った」んですよね。
たぶん、ものすごく、星野さんは。

なにせ、オーロラを撮るために
厳寒のなか、1か月も待った人だから。
直子:
いつだったか、言ってたことがあります。

カリブーならカリブーの生態を
「追う」という気持ちは、ないんだって。
──:
それは、ご本人としても、明確に。
直子:
ですから、私が思うのは、
自然や野生動物たちと向き合いながらも
その奥に、もっと広いものを
見ていたんじゃないかなあ‥‥って。
──:
奥に、もっと広いもの?
直子:
そこにカリブーが写っていたとしても、
それだけではなく、
カリブーが、アラスカの人々と
どういったつながりの中で生きているのか、
そんなことを考えながら‥‥。
松家:
はい。
直子:
つまり、そこに写っているものの奥に、
命であったり、暮らしであったり、
もっと広い意味をとらえて、
そのことを撮っていたんじゃないかなって、
そういうふうに、思うんです。

<つづきます>

( 2016-9-8木曜日 )

オリジナル・プリントも 販売します! 2016年9月8日(木)- 9月19日(月・祝)HOBONICHIのTOBICHI② 星野道夫さんの傑作、100点を一挙に展示!作品によっては購入も可能です!

TOBICHI2の2階に
テーブル大の巨大ライトボックスを設置し、
今回のために選び抜いた
星野道夫さんの「35mmフィルム」を、
100枚、並べます。 
ご来場のみなさまには、ルーペを使って、
作品と1対1で向き合うように、
ご鑑賞いただきます。
また、そのうち9点の作品は
プリント・額装の上、ご購入いただけます。
さらに、TOBICHI2の1階には
カレンダーや一筆箋などのグッズの他、
現在、入手できる星野さんの著作を
できるかぎり取り揃えます。
没後20年の大回顧展『星野道夫の旅』とは
がらりと雰囲気を変えた内容です。
販売するオリジナル・プリントも、
「旅」展とは、別のもの。
この特別な空間に、ぜひ足を運びください。

「星野道夫の100枚」展で
購入できるオリジナル・プリント

  • 1, グリズリーの親子 

  • 2, 北極海沿岸に、アザラシを求めて
    さまようホッキョクグマ

  • 3, ホッキョクグマ 

  • 4, 雪解けのツンドラをさまようカリブー

  • 5, 秋のツンドラに佇むカリブー

  • 6, 秋色に染まるツンドラに、
    水を飲みながら憩うムースの親子

  • 7, 山岳地帯に生きるドールシープの親子

  • 8, クジラの骨の遺跡と
    ベーリング海に浮かぶ半月
    (ロシア、チュコト半島)

  • 9, 蘚類(せんるい)に
    覆われたレインフォレスト

価格
54,000円(税込・配送手数料別)
サイズ
六つ切り
限定数
なし
お届け
最終日(9月19日)より2か月以内

作品自体のサイズ:
縦162mm × 横244mm(1~7)
縦193mm ✕ 横241mm(8,9)

額装をしたサイズ:
縦358mm × 横434mm(すべて共通)

※「キャビネ、大四つ切、半切、全紙、全倍」など
「六つ切り」以外のサイズをご希望の方は
会場のスタッフまでお問い合わせください

会期
9月8日(木)~ 9月19日(月・祝)
会場
TOBICHI2
住所
東京都港区 南青山4丁目28−26
時間
11時~19時