#5
「B to H」と日本の起業
- 糸井
- ハブスポットという会社を知ったとき、
ぼくらの会社とよく似てるな、
と感じたところも多かったんですけど、
あ、ここは違うんだと思ったこともあって、
いちばんギャップを感じたのは、
仕事の対象となるお客さんのことでした。
ぼくらは一般のお客さん、消費者の人と
直接やり取りをしているんですけど、
ハブスポットのお客さんは、
企業、会社なんですよね。
- ブライアン
- そうですね。
- 糸井
- つまり、ぼくらのビジネスは
「B to C(Business to Consumer)」、
ハブスポットのビジネスは
「B to B(Business to Business)」。
つまり、会社の根本的な姿勢が違う。
どうして会社を相手にするのか、
という話になったとき、ブライアンは
「ひとりひとりのお客さんを相手にするのは
予測ができなくて、とても難しい。
その点、会社というのは、
どういうことを望んでいるのか
わかりやすいから、ビジネスがしやすい」
というふうにおっしゃってました。
このことについて、あれから考えが変化したり
深まったりしましたか?
- ブライアン
- いえ、いまでも同じように考えてます。
やっぱり、「B to C」ビジネスは
非常に難しいし、リスクも高い。
当たったら非常に大きいですけど、
まあ、宝くじみたいなものです。
消費者は気まぐれなところがありますし、
動向を読むというのはなかなか難しい。
- 糸井
- ただ、そうは言うけれども、
ぼくはハブスポットはコンシューマーを
とても意識した会社だと思っていて、
それはブライアンの発言や決断にも
表れていると思うんですよ。
たとえば、会社にいい人が入ってくれるように、
デジタルにネイティブな若い人が
働きたいと思うように企業文化を見直す、
なんていうのは、「働く人」を
「C」としてとらえていると思うんです。
- ブライアン
- ああ、そうかもしれないですね。
たしかにそうです。
- 糸井
- だから、ビジネスの枠組としては
「B to B」かもしれないけど、
本質的にはコンシューマーを
いつも視野に入れているんじゃないかな。
- ブライアン
- 興味深い指摘ですね。
そうかもしれない。
「B to B」だとしても、
けっきょく契約してくれるのは
その会社で働いている「人間」ですから。
- 糸井
- そうそうそうそう。
- ブライアン
- その意味ではみんな、消費者だから。
つまり、すべての仕事は「B to H」ですね。
「ビジネス to 人間(Human)」。
- 糸井
- ああ、うまいことを(笑)。
そのとおりですね。
「H to H(Human to Human)」でもいいね。
- ブライアン
- うん(笑)。
- 糸井
- 「B」と「C」についてのことは、
ずっと訊いてみたかったんですよ。
- ブライアン
- 今度は、私が糸井さんに訊いていいですか?
- 糸井
- もちろん。
- ブライアン
- 18年振りに日本に帰ってきて、
気づいたことがあるんです。
日本で、18年前に大きかった会社は
だいたいいまもそのまま大きい会社です。
そして、18年前に小さかった会社は
やはりいまも小さい会社のままです。
会社が大きくなったり、小さくなったり、
位置づけが大きく変わったりということが
あまりなくて、18年前の日本と変わらない。
ほかの国では、何年か経つと
上位500社のうちの半分くらいは
新しい会社と入れ替わるんです。
トップにいる会社も、なにかをきっかけにして
急に落ちてしまったりする。
だいたい世界のどこの国でもそうです。
ところが、日本ではそういうことが起こらない。
これは、なぜなんでしょう。
- 糸井
- ぼくは経済の専門家ではないので
きちんとしたデータに基づいた
理由は言えないんですが、
前々から感じていることで言うと、
日本の大きな会社が簡単に潰れないのは、
新しいものを取り込んでいるから
じゃないかと思うんです。
それって、ハリウッドの構造に
似てると思うんですよ。
ハリウッドも、大手の映画会社が
ほとんど入れ替わらずに
大きいままでいると思うんですけど、
彼らがどうして落ちないかというと、
「もう、こういう映画は古いね」というときに
それまで見向きもしなかったような人たち、
ハリウッドの文脈にいなかった新しい人たちに
ひょいと新作をつくらせたりするんです。
つまり、資本を持つ人や会社は同じなんだけど、
コンテンツをどんどん変えていきますよね。
日本の大きい会社も、
そういうことをしてるんじゃないかな。
- ブライアン
- ああ、なるほど。
たしかに、日本では、
小さい会社がスタートアップするとき、
大企業がそこに投資するんですよ。
アメリカの場合は、
ガレージでスタートするような
野心あふれる小さい会社があると、
そこにベンチャーに投資することを
専門にしている会社が投資していく。
そこは、ずいぶん違います。
日本では、大企業が投資するのは、
もとの企業をさらに大きくするため。
だから、小さなスタートアップを応援して、
下から上がっていく会社を育てていく
というシステムが日本にはない。
- 糸井
- そうですね。
だから、アメリカで起業した小さな会社は、
建国したアメリカと同じように、
なにもないところから伸びていく。
日本では、いわば為政者の側が変化していってる。
- デイヴィッド
- あと、日本の場合、
優秀な学生たちが卒業したあと、
大企業に勤めたがりますよね。
あるいは、官僚になりたがったり。
起業したい、と考える若い人たちが、
アメリカに比べるとずいぶん少ない。
- 糸井
- とくに、いい大学でいい成績をおさめた人ほど、
起業したいとは考えてないでしょうね。
- ブライアン
- アメリカでは、それが逆なんです。
- 糸井
- そこはなんなんでしょうね。
モデルがないというのは、大きいと思うなぁ。
日本でも、優秀な若い人が起業して、
アップルやGoogleのように
世界的な成功をおさめたとしたら、
意識も変わってくると思うなあ。
- ブライアン
- でも、すごく不思議に思うのは、
昔は日本もスタートアップカルチャーが
あったわけですよね?
三菱もトヨタもそういうふうにスタートして
大きくなったじゃないですか。
ゼロからスタートして世界的な会社になった
成功例がかつてはたくさんあったのに、
どうして文化が変わっちゃったんだろう。
- 糸井
- やっぱり、日本では大きい会社にいたほうが、
冒険的なこと、実験的なことができるんですよ。
実際にそうかどうかはわかりませんけど、
そういうふうに見えるんでしょう。
撮りたい映画がある新人監督にとって、
資本のあるハリウッドの大きな映画会社のほうが、
自由に作品をつくれている、
というふうに思えるんでしょう。
- ブライアン
- なるほど。おもしろいです。
- 糸井
- でも、大きい会社が大きくなるだけじゃ
つまらないですよね、やっぱりね。
- ブライアン
- 日本に新しいスタートアップが少ない理由として
もうひとつ、思い当たることがあります。
日本は、「移民が少ない」ですよね。
アメリカの場合、移民してきた人たちが
スタートアップすることが非常に多いんです。
とくに、移民の二世代目が起業することが多い。
- 糸井
- あーー、なるほどね。
- ブライアン
- 私の祖母はアイルランドからの移民で、
トイレを掃除してお金を稼いでいました。
その下の世代が、そういうことから抜け出して
成功したくて、起業する。
それがアメリカのやり方です。
テスラやスペースXの社長を務める
イーロン・マスクも南アフリカからの移民です。
移民であるということは、
守るもの、失うものが少なく、
リスクを取って、挑戦できるということです。
それが移民のいいところなんです。
- デイヴィッド
- ブライアンとともに
ハブスポットをつくった共同創業者は
インドからの移民なんですが、
彼の場合は二世や三世ではなくて、
インドで生まれてアメリカに移ってきた、
まさに「移民」なんです。
- ブライアン
- ダーメッシュという、
私のすばらしいパートナーです。
私の人生に起こった最大のすばらしいことは、
彼にMITのビジネススクールで会ったことですね。
- 渡辺
- それについては、私、そのパートナーの
奥様から聞いたおもしろい話があるんです。
じつは、ハブスポットをスタートするように
ブライアンを説得したのが
そのインドから移ってきた
ダーメッシュだったんですって。
- 糸井
- へーーー。
- ブライアン
- 移民の人の考え方はとてもおもしろいんです。
アメリカに移ってきて、
勉強していい大学を出たあと、
大企業に就職すると、
やっぱり、英語は完全にネイティブではないし、
態度や物腰もふつうのアメリカ人とは違うから、
馴染めないんだそうです。
だとしたら、自分でやりたいことをはじめたほうが、
むしろリスクが少ない。
大企業に勤めるほうが、移民にとっては
リスクがあるように思えるんですね。
- 糸井
- ああー、そうか、そうか。
日本ではそこの景色がみんな同じだからね。
つまり、アメリカでは、ある種の差別的な環境が、
そこからジャンプさせる理由になっているんだね。
- ブライアン
- 必死になるんですよね。
日本は豊かだから、
いまの環境を失うかもしれない、ということが
大きなリスクになってしまっている。
- 糸井
- うーん、そうだねぇ。
どうすればいいんだろうね(笑)。
- ブライアン
- 門戸を開けて移民を入れれば、
いろんな問題を解決するとは思いますけどね。
スタートアップの問題も解決しますし、
たぶん、少子化問題も解決します。
大きなベンチャーキャピタルの会社を
日本でオープンすることだってできるでしょう。
もしも私が日本の統治者になったら、
楽天やソフトバンクの社長に勲章でも与えて、
王様のように扱いますね(笑)。
- 糸井
- なるほど(笑)。