映画やCMに登場する料理をつくる
フードスタイリングという仕事。
設定は現代のこともあれば、昔のこともあり、
家族構成も、経済状況も、気持ちも、まちまち。
そのシーンで料理がどんな意味をもつのか、
そしてそれはどんな料理なのかを考え、つくり、
器やテーブルセッティングをふくめて提案する──。
そんな仕事を、飯島奈美さんは続けています。
そんな飯島さん、じつは、
NHK・Eテレのミニ番組
「365日の献立日記」に出演しています。
何度も再放送のある番組ですから、
ごらんになったかたもいるんじゃないかなと思いますが、
顔がうつることはないので、
飯島さんだとは気付かないかも?
この番組でうつるのは、
料理をしている飯島さんの手もと。
それでも、映像作品において
「裏方」に徹してきた飯島さんには、
とても珍しいタイプの仕事です。
料理は、いまはなき昭和の大女優・沢村貞子さんがのこした
26年半にわたる「献立日記」をもとに、
飯島さんが「自由に」再現したもの。
なぜ「自由に」なのかというと、
「献立日記」には料理の名前が書かれているだけで、
レシピはほとんど書かれていないから、なのだそうです。
きっと、沢村さんだったら(そして、いま、生きていたら)
こんなふうにつくるかもしれないな、という、
いわば、沢村さんと飯島さんの、
時を超えたコラボレーションなのですね。
![](./images/bg01.png)
写真=大江弘之(飯島さん撮影)/ 画像提供=NHK「365日の献立日記」
ききて=「ほぼ日」武井
![365日の献立日記](./images/bg02.png)
365日の献立日記
- NHK Eテレ
- 毎週火曜 午後10時45分
- 再放送
- 毎週日曜 午前8時55分
- 番組ホームページ
- https://www.nhk.jp/p/ts/DGZMN8GNRZ/
沢村貞子さんの献立日記は、
以前から、書籍化されているものを読んでいました。
いまの私のスタジオと、
沢村さんがかつてお住まいだった家が、
歩いて10分ほどの距離にあることを知って、
まったくお目にかかったことがない方なのに、
親近感のようなものも、感じていました。
そのこともあったのかもしれませんが、
直観的に「これは必ず引き受けよう」と感じることが
ときどきある、これはまさにそんな仕事のひとつでした。
![沢村貞子さん](./images/image01.jpg)
![](./images/bg03.png)
番組の企画は、制作会社・テレコムスタッフの
根岸弓プロデューサー。
妻であり母親でもある根岸さんは、
家事と忙しい仕事のなかで「5分くらいで癒されたい」と、
映画やドラマのなかの料理シーンを見ることが多く、
それが発想の原点になったという。
あらゆる料理エッセイを読むのが好きな根岸さんは、
もともと、沢村貞子さんのファン。
通勤電車でよく読む本のなかに、
文庫化された沢村さんの著書
『わたしの献立日記』があったことが、
この企画にむすびついたという。
役者ではなく、飯島奈美さん自身に登場してもらったのは、
役者を立てることでフィクション性がつよくなることを
避けたかったから。
![](./images/bg03.png)
「献立日記」に書かれているのは、
ほとんどが、料理の名前だけです。
たとえば、この日記がはじまった最初の日、
昭和41年4月22日金曜日の献立(晩ご飯)は、
と、あります。
もうこれだけで、おいしそうなのですけれど、
具体的なつくりかたは書かれていません。
![](./images/bg03.png)
![](./images/01.jpg)
![](./images/02.jpg)
沢村さんは、この献立日記を始めた経緯を、
「仕事をもつ主婦のほんのちょっとした思いつき」
と、エッセイに書かれています。
夫婦ともに忙しく、健康でいるために、
おいしく食べることが大事。
そこで日々の献立を考えるにあたり、
忙しさにかまけて、うっかり、同じ料理が続かないように、
「そうだ──前の日の走り書きのメモを
チャンと残しておけば、参考になる‥‥」と、
無地の大学ノートを買い、横4段に仕切り、
毎晩の献立と日付を、
2冊目からは朝晩の献立と日付を
書くようになったんだそうです。
![](./images/03.jpg)
![](./images/bg03.png)
沢村貞子さんの「献立日記」は、
57歳のときから84歳のときまで綴られた。
大学ノートがすべて埋まると、
愛用していた民芸カレンダーの
芹沢銈介の絵の部分で表紙をつくり、
表紙の右端に日付を書いた。
![](./images/04.jpg)
![](./images/bg03.png)
最初の打ち合わせで制作のみなさんが
「飯島さん、自由につくってくださいね」
と仰ってくださいました。
わからない部分を私なりにおぎなってよい、
それごと、番組として放送しましょう、と。
そこで、私がふだんしている仕事と同じように、
その料理の背景や、季節を考えながら、
レシピを組み立てていきました。
私が大事にしたのは、
見た人に「わたしもやってみよう」と
思ってもらえるような工夫を入れることです。
沢村さんのような大女優だったら
さぞや贅沢をなさっていたんじゃないかと思うと間違いで、
沢村さんは、女優である前にひとりの生活者で、
ご自身を「庶民」と位置づけている。
撮影のときもほとんど家でごはんをつくり、
撮影所にはお弁当を持って行き、
外食することはあまりなかったと聞きます。
宝石のような贅沢品を買うのだったら、
たまにでいいから、いいお肉を買いたい、と、
そんな感覚をずっとお持ちだった。
どの献立をとりあげるかは、
番組のプロデューサーやディレクターと
相談しています。
![](./images/bg03.png)
番組のスタイルは、ナレーションを担当する
鈴木保奈美さんが「主人公」として進む。
料理をしているのも「主人公」。
沢村貞子さんの献立日記を参考に料理をしている、
というかたちになっている。
ですから、飯島さんならではのレシピや食材、
調味料のくふうも、番組にはたくさん登場する。
ちなみに──、鈴木保奈美さんは飯島奈美さんの料理のファン。
番組に登場した料理を実際に作ることもあるそう。
![](./images/bg03.png)
メニューが決まったら、試作です。
撮影前には何度かつくります。
たとえば、「牛肉のバタ焼き」。
沢村さんだったら、きっと、
ヒレ肉を使われると思うんだけれど、
それじゃちょっと贅沢すぎるから、
やわらかめのモモを使うことに。
だいこんおろしも、消化にいいから、
つけてたんじゃないかな、と想像したり、
メニューには書いていない部分を、
かなり、自由に、補っています。
![](./images/05.jpg)
![](./images/bg03.png)
「ほぼ日」といっしょに『LIFE』をつくったとき、
飯島さんは事前に「みんながおいしいと感じる味」を
研究し、何度もレシピを精査した。
また、映画やCMを手がけるときの参考になること、
たとえば近現代の人びとが日々の暮らしのなかで
なにをどんなふうに食べてきたのかということについて、
つよく興味をもって、文学作品、映像作品、
あるいは戦前戦後の婦人雑誌を集めたり、
日本のみならず海外にでかけての情報収集をしている。
そんな「スタイリスト」と「研究者」の
交通整理のような仕事が、
この「365日の献立日記」なのかもしれない。
![](./images/bg03.png)
調理の手順や、ちょっとした工夫については、
テレビのいいところで、
見ていただければ、すぐわかるようになっています。
料理番組のように詳しく説明はしていませんが、
映画のワンシーンのように切り取られています。
たとえば「牛肉のバタ焼き」で
バターを溶かしてお肉を入れるタイミングは、
熱したフライパンの上で、
バターが半分くらい溶けて、半分くらい固形の状態で、
お肉を入れています。
これは、溶けきってから入れると焦がすことがあるので、
溶けかけのときに入れるといいですよ、という提案です。
![](./images/06.jpg)
失敗したかな? というところも、
そのまま放送されていたりするので驚いてしまうんですよ。
沢村さんは、にぎりずしを家庭でつくっていたというので、
私も本番前にけっこう練習を積んだんですけれど、
「上手にできる」ところまでは行かなかった。
そのまま収録に入ったんですが、
最初の方はなんだかぎこちなくて、
でも最後のほうはちょっとさまになった。
きっと放送では最後のほうだけ使うんだろうな、
と思っていたら、
主人公が「だんだん上手にできるようなった」
という説明で、最初から使われていました。
![](./images/07.jpg)
![](./images/08.jpg)
![](./images/bg03.png)
番組のロケは、飯島奈美さんのスタジオ。
道具類は、ほとんどが飯島さんがふだん使っているものだ。
制作チームは、収録のためにセットを組むことも考えたが、
番組のイメージにぴったりということで、
飯島さんのスタジオが選ばれた。
![](./images/bg03.png)
もともと持っていた北欧の道具や家具と、
私が住宅建築で有名な建築家、
吉村順三さんに憧れて、
昭和のテイストに改築をした
キッチンまわりの造作が、
番組のイメージに合うということで、
選んでいただきました。
何年か前から伝統工芸品の仕事をさせてもらっていて、
おひつとかお重、お椀なども揃っていたのもよかった。
![](./images/09.jpg)
調理道具や器のことは、
沢村さんの生きた時代を再現するのではなく、
「いま、沢村さんだったら、どうなさるかな」
というふうに考えています。
庶民として生きられたかたですから、
いかにも作家もの、というよりは、
作家ものではないけれど、ちゃんと作られたものを
中心にえらびました。
献立日記には、料理名だけでなく、
物の値段やお客さんの記録が短く書かれているんです。
そういう言葉も、参考にしています。
放送は、春夏秋冬でテーマを分けています。
いま、ちょうど「夏」のメニューを、
9月下旬からは「カレーライス」や「栗赤飯」など
「秋」のメニューを放送するので、
のんびり、リラックスしながら
ご覧いただけたら、とても嬉しいです。
![](./images/10.jpg)