飯島食堂へようこそ。天海祐希さんと、
副菜ごはん。

写真:小川拓洋

その7天海さんの中の「ゆりちゃん」。

糸井
土井善晴さんと話をした時
対談が終わってからとんかつの話になったんです。
ぼくはとんかつが好きで、
最近、あちこちで食べているんだけれど、
肉、揚げ方、パン粉‥‥
「いったい何がとんかつを決めるんだろう」
ということが疑問だったの。
「いいとんかつ屋って、なんだろう?」って。
そうしたら土井さんは
「とんかつそのものは簡単な料理なんですよ」と。
それはそうですよね。
だけど、その周辺のことを
ちゃんとやり続けるのが難しいんですよ。
店の清潔感とか。
天海
どんどん油っぽくなりますもんね。

▲飯島さんの「かつ丼」は、こちらにレシピがありますよ。(写真:大江弘之)

糸井
うん。店主のエプロンが汚れている店って嫌じゃない?
だから、土井さんは、プロの料理人よりも
素人においしいとんかつを教えて、
その人が店をやったほうがいいんじゃないか、
っていう言い方をしてた。
それは、何にでもちょっと言えるようなところがあって。
天海
うわ、深い!
糸井
ちょっと興味あるでしょ?
歌手が、芝居とかものすごく上手いじゃないですか。
天海
上手です。お笑いの人とかも上手いんですよ。
飯島
そもそも、人前に出る度胸がありますよね。
糸井
誰よりありますよね。
飯島
本当の素人だと、出た時点で
緊張するところがありますものね。
糸井
役者さんって、
本当は引っ込み思案の人、多いでしょう?
天海
そうですね。
糸井
でも、歌を歌う人で引っ込み思案の人って、
あんまりいないですよね。
天海
それはそうかもしれないですね。
糸井
ジャニーズ系の人、みんな芝居してるよね、結局。
そんなこととつながって、
「とんかつ屋は素人に教えたほうが面白いですね」
っていう言い方は、すごい興味があるんです。
天海
なぜでしょうね。
プロだと、慣れていってしまうんですかね。
糸井
あと、これがおいしい“はずだ”が
いっぱいありますよね。
天海
あぁ!
飯島
そうですね、そうかも!
天海
「これだけやってるんだから」とかね。
糸井
‥‥天海さん、どっちなの?
天海
わたし?! ‥‥どうですかねぇ。
糸井
ちょっとシロウトの部分を残してますよね。
天海
シロウトをあえて残してる、というよりも、
こういうお仕事をいただいている自分が
嘘みたいなんですよ。
子どもの頃の夢が“お芝居をする人”だったんです。
幼稚園の時に思っていたんですね。
それがそのままちゃんと、
お仕事をさせていただいてる。
だから、嘘みたいなの。
糸井
今もそう思っているの?
天海
はい。
ふと「私、なんてラッキーなんだろう」って思うし、
「応援してます」っていうお手紙をいただいたり、
「こないだ観ました」って言っていただいたりすると、
すごくありがたいし、とても幸せなんだけれども、
こんな私に、そんなこと言ってくださって、
って気持ちはずっとあります。
糸井
ずーっとありますか。
天海
はい。宝塚に行くまでの17年間、
今だって、何者でもないんですけど、
人様に声をかけられるような人間じゃなかった時代の
自分をものすごく覚えていて、
その時の自分が、半分残ってますね。
飯島
すごいことですね。
糸井
それは、似たことを、
初期の頃の木村拓哉くんが言ってた。
昔からの地元の友達に
「あいつダメになった」って言われたくないって。
天海
アハハ、かわいい!
糸井
あと、キョンキョンも言ってたよ。
地元の子に「変わったね」って言われたくない、
いまも気持ちはそっちなんだっていう部分を、
みんな、上手に残してますよね。
「染まりきらないように」っていうか。
天海
私もそのことをいろいろ考えたんです。
ほんとうは全面的に染まれたほうが、
きっとラクなんですよ。
糸井
ラクですよね。
そして技術が上げられますよね。
ドキドキもしないし。そうだと思う。
天海
ラクなんですよ。でもそこが──、
本名の自分と芸名の自分の
折り合いをつけるのが難しいところで。
でも、こうやってお仕事をいただいて、
皆さんに顔を知っていただいて、
名前も覚えていただいてっていうのは、
ほんとになんか、「私なんかに」って。
糸井
あれは見た? アカデミー賞の授賞式。
天海
見れなかったです。
糸井
素晴らしいんですよ。
『ラ・ラ・ランド』の主演の女の子が、
「私はまだ途中の者で勉強中なのですが、
皆さんのおかげで──」って、

ちょっと泣けてくるんですよ。
本気で言ってるのが分かるから、
思わず「俺もそうだ」って思った。
天海
すごい人ほど、「まだまだだ」っておっしゃいますよ。
糸井さんも今おっしゃいましたけど、
「まだまだだ」っておっしゃる。
糸井
まだまだって言わない人も確かにいますよね。
天海さんはまだ?
天海
私は「全然」ですよ。
糸井
だいぶ本名の「ゆりちゃん」なんですか。
天海
はい、もう。
糸井
だから、初めてのことにドキドキもするんだ。
天海
そうかもしれない。
宝塚時代に急に役がついて、
ワーッと人に声をかけられるようになった時に、
自分の中でそれと折り合いがつけられなくて。
半分怖いのと、
「もう、本当に私のことは放っておいて」
みたいな感じだったんですね。
飯島
「放っといて」って言って、
放っておいてくれるんですか?
糸井
くれないよね(笑)。
天海
宝塚は、劇場周辺で
普通にみんな歩いているでしょう?
それをファンの方が見てくださっている。
声援をくださる。
もちろん皆さんちゃんと
良識もって見てくださっていますが、
マネージャーさんが付くわけでもなく、ひとりで
うろうろしていた、すごく若い時は、
どう対処していいか分からなかったんです。
徐々に段階を踏んで、対処のすべも覚えて、
学年的なことも上がっていって、
内容も上がっていって、
自分の内面も上がっていって、
その時だったら、
ついていけたかもしれないんですけど‥‥。
糸井
急だったものね。
天海
もう、ありがたいことに、
ポンポンポンって行っちゃったもので、
そこと折り合いをつけるのがとても大変でした。
糸井
でも、その時に天海さんが、自分で考えて
「ああしよう、こうしよう」ってやったことが、
あとの人に聞くと、みんなこう言ってくれているよ、
「天海さんがやってくれたおかげなんです」って。
つまり、あなたがいらっしゃった時と今では、
だいぶ時も流れてますから、
その時に見てた人じゃないわけですよ。
飯島
言い伝えられてるんですね。
糸井
そう、言い伝えになってるんだ。ほんとなんだよ。
僕はそれを直接聞いて、
しばらく会ってない天海さんのことを、
「ちょっと僕は知ってるんですよ」って
得意な気持ちになったもん。
天海
ほんとですか?
糸井
うん。例えば、全体の予算が決まってる中で、
主役の衣装がどうのこうのって時に、
そこのところはそんなに頑張らなくても、
私の衣裳の予算を削ってみんなに回せば、
こっちにすれば、全体に良くなるからって。
「私たちがまだいなかった時に
そういうことした天海さんがいたおかげで、
今も──」みたいなこと。

「だから私もそうしたい」とか、
そういうのが生徒さんの間にずっと残ってるんだって。
天海
嬉しいー! ほんとですか。
糸井
すごいでしょ?
飯島
すごいですね!
たいへんなことをなさったんですね。
糸井
マネージャーさんが考えたことじゃなくって、
自分が考えたことでしょ?
だから「ゆりちゃん」が考えたことなんですよ。
建築をやってたお父さんの態度みたいなのをさ、
娘が、のちに、やるわけだよ。
つまり、先輩から後輩へのきつい態度みたいなことも
嫌だと思ってたろうし、
そういうのを、“私の代はしない”って
決めてたわけでしょ? そういうのが今も、
「その時に天海さんがやってくださったんです」
っていうふうに僕は聞いて、泣きそうになったよ。

(つづきます)

2017-05-22-MON

メニュー

  • ねぎぬた
  • じゃこと油揚げの炊き込みごはん(おにぎりにして)
  • おからサラダ
  • 鮭の焼き漬け
  • グラタンコロッケ

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木曜ドラマ『緊急取調室』

4/20にはじまったテレビドラマ
『緊急取調室』セカンドシーズン。
天海祐希さんは主役である
警視庁捜査一課・緊急事案対策取調室の刑事
「真壁有希子」を演じています。
ちょうどこのコンテンツの収録時、
撮影の真っ最中だった天海さん、
楽屋ばなしもたくさん聞かせてくださいました。

木曜ドラマ『緊急取調室』番組サイト

『LIFE 副菜2 もうひと皿!』

飯島奈美さんの最新刊は、
食卓にうれしい副菜を56品あつめた
かんたんなレシピ本。
副菜、と言ってますけれど、
ちゃんと「ごちそう」なのです──その意味は、
今回、天海さんと糸井重里が食べた料理を
ごらんいただければ、わかるはず!

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